カリユシ-30(高砂電器産業)/裏モノ連チャン機編-36-【4号機】(パチスロ連チャン機烈伝 第36回)
4号機裏モノ「カリユシ-30」
2大モンスターマシンの横で死んでいた、高砂の「小役カット」地獄
■世紀のクソ台、という評価
高砂電器産業が送り出した、世紀のクソ台。これが私のこの台への正直な評価だ。いや、ここまで言い切ってしまうと、当時この台を好きで打っていた人には申し訳ないが、私の中では本当にそれくらいの評価に留まる台だ。パチスロというものは、結局のところ「勝てば面白い、負ければクソ台」という非常に身も蓋もない評価になりがちな遊技機なのだろう。特に裏モノなんてものは、その傾向がさらに強い。出れば神台、出なければクソ台。連チャンすれば「最高の裏モノ」、ハマれば「こんな台を作った奴は誰だ」となる。打ち手なんて、所詮は現金を突っ込んでいる側の人間であり、勝敗によって評価がコロコロ変わるのは仕方がない。裏モノなんて、結局のところ勝てば官軍だ。どれだけ通常時が退屈でも、どれだけ出目がつまらなくても、どれだけ訳の分からない挙動をしていても、いざ連チャンが始まってドル箱が積み上がれば、そんな細かいことはどうでもよくなる。「いやぁ、この台は最高だな」と手のひらを返してしまう。それが裏モノを打つ人間の悲しい性だ。だから、私がこの台をここまで酷評しているのも、単純に「負けたから」という理由だけなのではないか、と言われてしまえば、それまでなのかもしれない。実際、私はこの台で気持ちよく勝った記憶がほとんど無い。「今日は出るかもしれない。」「そろそろ来るんじゃないか。」「このハマりを抜けた先に、きっと爆発が待っている。」そんな淡い期待を抱きながら打ち続け、結局何も起こらない。追加投資を重ね、気がつけば財布の中身だけが軽くなっている。そういう展開を何度も経験すれば、そりゃあ台に対する評価も悪くなる。「俺が負けたからクソ台だと言っているだけじゃないのか?」そう言われれば、完全には否定できない。しかし、それだけでは片付けられない事情も、確かにあったのだ。この台には、私が個人的に「どうにも好きになれない」と感じてしまう要素がいくつもあった。裏モノ特有の荒々しい出玉性能を期待して座ったにもかかわらず、期待しているところで期待通りに動いてくれない。かと思えば、こちらが完全に諦めたようなタイミングで妙な挙動を見せる。まるで「まだ帰るな」と言わんばかりにこちらの財布を掴んで離さないくせに、最後までこちらを気持ちよくしてくれない。それが一番腹立たしい。裏モノなら裏モノらしく、派手に出るなら派手に出てほしい。負けるにしても、「今日は仕方がなかった」と思わせてほしい。ところが、この台に関しては「何だったんだ、今の時間は」という虚無感だけが残ることが多かった。もちろん、これはあくまで私個人の感想だ。この台を愛した人もいるだろうし、実際にこの台で大勝ちして、今でも良い思い出として記憶している人もいるはずだ。そういう人にとっては、私の「世紀のクソ台」という評価こそが、世紀の暴言なのかもしれない。それでも、私にとってはやっぱり、この台は「世紀のクソ台」なのだ。パチスロというものは、スペック表や機械割だけでは語れない。打ち手がその台と過ごした時間、財布から消えていった金額、そしてその時に味わった感情まで含めて、一台の評価が決まるものだと思っている。そして私のこの台に対する評価を形成したのは、勝利の記憶ではなく、積み重なった敗北と、「今日こそは何か起こるんじゃないか」という期待を何度も裏切られた記憶だった。だから私は、今でもこの台を思い出すと、懐かしさより先にこう思ってしまう。「高砂電器産業さん、よくぞこんな台を作ってくれましたね」と。まあ、もちろん冗談半分ではある。しかし、半分は本気だ。それくらい私の中では、この台は強烈な印象を残した一台だったのである。
パチスロ連チャン機烈伝 第36回 カリユシ-30(高砂電器産業)/裏モノ連チャン機編-36-【4号機】
※ 2026年07月25日02時44分
■第一章:設置場所という不運
前回語った南国物語や、ハナハナの裏モノと一緒に設置されていたことも、この台にとっては悪材料だった。私が通っていた店では、2大モンスターマシンの隣に、このカリユシ-30が置かれていたのだ。当然、カリユシだけが閑古鳥を鳴かせる結果になっていた。南国物語もハナハナも、マイルドさと発狂のバランスが非常に優れた台だった。それだけに、小役カット仕様の台がハマってショボい連チャンを繰り返しているだけでは、嫌われるのも当然の結果だったと、私は今になって冷静に振り返っている。強い台の隣に弱い台を置くという設置そのものが、遊技者の目にはあまりにも残酷な対比として映る。南国物語やハナハナの連チャンを横目に見ながら、カリユシ-30が単発で終わっていく様子を見せつけられれば、誰だってその台を避けたくなるだろう。この設置バランスの悪さは、台自体の実力とは別に、遊技者の心理に与える印象を大きく左右していたのだと、私は今振り返って確信している。もし、このカリユシ-30が単独で、他に目立った競合機のいないシマに置かれていたら、また違う印象を持たれていたかもしれない。人間の評価というものは、絶対的な基準だけでなく、常に「何と比較されているか」という相対的な文脈に左右される。南国物語やハナハナという圧倒的な実力を持つ台が隣にあったからこそ、カリユシ-30の物足りなさが、実際以上に際立って見えてしまったのだろう。この現象は、パチスロという遊技に限らず、あらゆる商品やサービスの評価においても、しばしば見られることだと思う。
■第二章:高砂の18番のはずなのに
私が気になって仕方がなかったのは、このメーカーの本来の実力についてだ。本土版機種に裏モノを仕込むことこそ、高砂電器産業の18番の仕事ではなかったのか。この台を打ちながら、私は何度も目を丸くしていた。このレベルの裏モノを世に出してくるとなると、もはや悪意すら感じてしまうレベルだった。実際に、私は何度もこの台を打ちながら、同じ違和感を覚え続けていた。これはもしかすると、このメーカーの裏モノの信用を意図的に失墜させるために、わざと出来を悪くしているのではないか、そんな疑念すら頭をよぎったほどだ。普通に考えれば、メーカーが自社の評判を落とすような台をわざわざ作るはずがない。しかし、当時の私はそれほどまでにこの台の出来の悪さに困惑させられていた。この違和感は、単なる負け惜しみだけでは説明がつかないほど、根強く私の中に残り続けている。今振り返ってみると、この種の「なぜこのメーカーは、この程度の出来にしてしまったのか」という疑問は、パチスロという趣味を長く続けている人間なら、一度は抱いたことがあるのではないだろうか。同じメーカーの中でも、会心の出来と呼べる台と、明らかに手を抜いたとしか思えない台が混在していることは、決して珍しくない。開発チームの体制、予算配分、あるいは市場投入のタイミングなど、私たち遊技者からは見えない事情が、こうした出来の差を生んでいるのだろう。カリユシ-30もまた、そうした「見えない事情」の産物だったのかもしれない。
■第三章:沖スロ裏利権という戦場
当時の沖スロにおける裏利権のシェアは、パイオニア、オリンピア、そしてその他の小規模メーカー数社にとって、極めて重要な稼ぎの場だった。高砂が本気でこの市場を荒らしにくることを恐れて、あえて駄作を作り、ユーザーの人気を操作しようとしていたのではないか。そう疑いたくなるくらいに、南国物語やハナハナと比べて、カリユシ-30の出来には大きな差がついていた。南国物語とハナハナの完成度を見た後で、このゲーム性で本気で戦おうとしていたとは、正直なところ私には到底思えなかった。裏モノを製造していた発注先そのものが、いつの間にか変わっていたのではないかとも私は推測していた。本土版の裏モノを手掛けていた裏基盤業者が摘発されたことで、発注先が変わったのではないか。そんな推理を、私は打ちながら何度も巡らせていた。もちろん、真相は分からない。あの台で本気で覇権を狙っていた可能性も、完全には排除できない。本土版の裏も、高砂電器産業の裏モノも、当たり外れは常に存在していた。本気で作っていた可能性は、依然として否定しきれないのだ。この点こそが、高砂という会社を語る上での、一つの大きな謎として、私の中に残り続けている。こうした謎めいた業界の力学を想像しながら台を打つのも、裏モノという文化の面白さの一つだったと、今にして思う。単に出玉の良し悪しだけでなく、その背後にある業界内の駆け引きや事情まで想像してしまう。この「裏読み」の楽しさこそが、裏モノという存在が持つ、独特の魅力だったのだろう。
■第四章:本土版裏モノメーカーの生き残り
高砂電器産業は、本土版裏モノメーカーの生き残りだったと私は理解している。エーアイ、マックスアライド、大東音響といったメーカーが摘発された後、本土版の裏モノは全体として衰退していったと私は見ている。その後の裏モノ市場における覇権を握ったのが、パイオニアだった。本土にも沖スロのシマが設置されるようになり、連日大盛況を博していたと記憶している。その市場開拓を担っていたのが、パイオニアの連チャン機だったのだ。自らが開拓したそのシマを、みすみす他社に奪われるという凡ミスを、パイオニアが犯すとは私には思えなかった。高砂以外にも、山佐の沖スロの裏モノを打った経験は私にもあるが、こちらも人気は無かった。闇が深い世界だなと感じながら、私は当時、台の前に座り続けていた。レキオという台で、沖縄における覇権をトリプルクラウンから奪い取った山佐でさえ、本土の沖スロという牙城を崩すことはできなかった。本土版裏モノ界の大御所である高砂ですら、パイオニアの牙城を崩せなかったのかと、私は打ちながら何度も唸らされた。この構図を見ていると、一度確立された市場の覇権というものが、いかに崩しにくいものであるかがよく分かる。技術力や資本力があっても、先行者が築いた地盤を後発が覆すのは容易ではない。パイオニアが沖スロという市場を開拓した先行者利益は、それほどまでに強固なものだったのだろう。
■第五章:以降、名機は現れなかった
この台以降、高砂が裏モノ業界で名機と呼ばれるような台を発表することはなかった。それどころか、私自身、その後の高砂の裏モノを見た記憶が一切ない。これはあくまで、私の下衆の勘繰りに過ぎないのかもしれない。高砂の裏モノも、表舞台には出てこないまま、細々と生き残っていた可能性は十分にある。しかし、爆裂AT機が裏モノの代わりに導入されるケースも、この頃から徐々に増えていった。こうして少しずつ、裏モノという存在そのものが、市場から姿を消していったのだ。もしかすると、私がこのカリユシ-30を打てたこと自体が、終焉に近い時期の高砂電器産業の裏モノに触れられた、貴重な体験だったのかもしれない。当時は「クソ台」としか思っていなかった台が、今になって振り返ると、実は貴重な記録だったのではないかと思えてくる。こうした「当時は評価が低かったものが、後になって貴重な記録として見直される」という現象は、パチスロという趣味に限らず、様々な分野で見られることだと思う。当時は誰も見向きもしなかった建物が、取り壊された後になって「貴重な近代建築だった」と惜しまれることがあるように、カリユシ-30もまた、当時の評価とは裏腹に、今となっては「あの時代の終わりを見届けた記録」としての価値を持つようになったのかもしれない。
■第六章:一つの時代の終焉を見届けたということ
もし私が、一つの時代の終焉を目の当たりにできていたのだとしたら、それはありがたい体験だったと言えるのかもしれない。もっとも、この見立て自体、間違っている可能性の方が高いとも思う。実際には、高砂電器産業がもう少し粘っていた可能性の方が高いのだろう。単に私がそれを知らないだけなのかもしれない。裏モノという文化の歴史は、パチスロという趣味の公式な史実の中では、ほとんど語られることなく、闇へと消えてしまった分野だ。だからこそ、こうしてどこかに記録として残しておくことができれば、少なくとも一部の人々の記憶には留まり続けるだろう。私がこの連載を通じて集めていきたいのは、裏モノという文化への愛が強かったユーザーたちの、生の声なのだ。そういう記録の場として、この連載をこれからも充実させていきたいと思っている。このように、勝てなかった台についてまで、こうして詳しく語り続けることには、少し不思議な意味があるのかもしれない。勝った台の記憶は、放っておいても自然と語り継がれやすい。しかし負けた台、しかも周囲の名機に埋もれてしまった台の記憶は、意識して記録しない限り、跡形もなく消えてしまう。カリユシ-30という台について、こうして今、文章として書き残しておくことこそが、私にできる小さな供養なのかもしれない。
■第七章:負け続けた台にも価値がある
改めて振り返ってみると、カリユシ-30という台は、私にとって純粋に「勝てなかった台」という記憶に留まっている。それでも、こうして詳しく語る価値があると私が感じているのは、この台が単体で存在していたのではなく、南国物語やハナハナという「モンスターマシン」との対比の中で、初めてその不遇さの意味が浮かび上がってくるからだ。もしカリユシ-30が、周囲に強力なライバル機のいない環境に設置されていたら、また違う評価をされていたかもしれない。閑古鳥が鳴くこともなく、それなりの稼働を保っていた可能性すらある。設置場所という、台自体の性能とは無関係な要素が、一台の評価をここまで左右してしまうという事実は、パチスロという商売の難しさを、私に改めて教えてくれた出来事だった。
■謎のまま終わった高砂という会社
カリユシ-30という台を振り返るとき、私の中に残るのは、勝てなかったという悔しさよりも、高砂電器産業というメーカーそのものへの、消化しきれない謎の感覚だ。本土版裏モノの実力者だったはずのメーカーが、なぜあの時期にあれほどの出来の差を見せたのか。故意だったのか、それとも本気だったのか。真相は今も分からないままだ。それでも、この謎を抱えたまま語り続けることこそが、裏モノという記録されにくい文化を、少しでも後世に残していく作業になるのだと、私は信じている。こうして改めて一台のコラムとして書き起こしてみると、負けた台、評価の低かった台にも、語るべき価値がきちんと存在するのだと実感する。勝った台の記憶は華やかに語られやすいが、その裏側で静かに埋もれていった台にも、それぞれの時代背景や、メーカーの事情が刻まれている。カリユシ-30という一台を通じて、私は高砂電器産業という会社の栄枯盛衰、そして裏モノという文化そのものの終焉を、垣間見ることができたのかもしれない。
本稿は個人の体験と記憶に基づく考察コラムです。裏モノ(違法改造台)を推奨・助長するものではありません。
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パチスロの往年の名機を機種毎に、思い出と共に語り尽くすノスタルジックなコラムを全話お楽しみ頂けます。現在は裏モノ連チャン機編を随時執筆中で…
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