KAGI
KAGI
「おまえ、ワタシになんか言いたい事あんだろ?あ?」
バシッ!
「おまえさ、なんか言えよ!」
バシッ!ビタッッ!
「ちょっと上野さんやめましょ。何してるんですか。落ち着いて」
「おまえ!おら!はなせよ!ワタシはこいつに話があんだよ」
僕は、突然、ビンタされた。父さんにもぶたれた事ないのに。
「嶋崎さん。上野さんちょっといま興奮状態だから出ましょうか」
「いや、僕もびっくりして。突然どうしたんだろう。お店閉めるから色々溜め込んでたんですかね〜」
「それよりも、あんなすごいビンタ見たの久しぶりでしたよ。痛くなかったんですか。よくキレなかったですね」
「自分でも不思議ですよ・・・ね。結構自分頭に血が昇りやすい方なんですけど、彼女のは違うんです。なんか・・・不甲斐ないです。Mじゃないですよ。そこは否定しておきます」
栄田と名乗った初対面のその人は、僕を部屋の外に連れ出してくれた後、荷物も持ってきてくれた。カジュアルだがこ綺麗な格好をしているこの人は、なにをしている人だろう?
「上野さんが嶋崎さんにって。鍵です。入る時はこれ使えって。この後上野さんは寝かせて、みんなで飲み直しましょう。中で上野さんの介抱してる人にも伝えておきました。少し待ちましょう。嶋崎さんも時間ありますよね」
栄田さんはイタズラっぽくニカっと笑った。僕と栄田さんは、上野さんの介抱組が出てくるのをマンションの外で待った。大通りを走る車はほとんどなくなり、たまに行き交うタクシーをぼんやりと目で追っていた。時計を見ると午前2時をまわっていた。
「すみません。お待たせしました。栄田さん!いつものところにしますか」
「いやー凄かったですね。荒れてた」
「この時間からだとあそこしかないかな〜。嶋崎さんもいっしょだし」
少しすると介抱組の四人が出てきた。おそらく歳も僕に近いので栄田さんの部下なんだろう。栄田さん達の行きつけらしい店に行く事になった。
「こんばんはー。あれ?しまっちゃったかな?・・・すみませ〜ん」
「栄田さん!なんですみませんだけ小声なんですか」
「すみませ〜ん」
「まだやるんすか」
「何よ。うるさいわね。やってるわよ。いらっしゃい」
髪の毛をうず高く盛って固めた、厚化粧のおじさん・・・いや、ママなんだろう。
「あ、良かったー。やってた。潰れちゃったかと思った」
「潰れてないわよぉ。失礼ね」
ぼくは初めてのオカマバーで緊張して、コントのようなやり取りをしている栄田さんと、その部下たちのやり取りを後ろから恐る恐る見守っていた。奥から出てきたママらしきその人は手際良くカウンターにおつまみを並べて僕たちを案内してくれた。
「あら!あなた初めてでしょ。この人達はどうでもいいからあなたこっちの席ね。ほらっ!あんたはそこどきなさいよ。いつもあっちに座ってるでしょぉ。隅の方にちっちゃくなって」
「ママきついな〜」
栄田さんは相当常連のようで、ボトルキープされていたボトルや他よりも盛られたおつまみが僕の目の前に置かれた。戸惑う僕を察してか、栄田さんが隣に来ておせっかいを焼きにきた。
「彼さ、ご傷心だからさあ、あ、みんなは適当に飲んでね」
「なになに♪そうなの?こっち?こっち?ご傷心なのねぇ」
ママの目がキラキラと輝く。
「いや、僕は全然。ご傷心というか」
「す〜ごかったんだよ!ママ!俺あんなビンタ初めて見たよ」
栄田さんは子供の様にあった事をママに報告し始めた。
「なになに〜♪ビンタされちゃったの〜誰に誰に〜♪」
「前にさ、つれてきたことあるじゃん。あの気の強そうな。そうそう。あそこでお店やってる娘。お店閉めるからみんなで飲み会しようって飲んでて、二軒目良いところなくて、その娘の家で飲んでたんだよ」
「何それ!レディの部屋に、こんなむさ苦しい野郎どもがこんなに上がり込んだの??やめなさい。あんたたち。失礼よ。何考えてんの?ねぇ」
確かに。こういうところか。と僕は自分を情けなく思った。
「まあまあ、流れでしょうがなく・・・なあ」
「まあ、そうですねぇ。」
「あなたがしっかり言わなきゃダメじゃない!これ、なんでしょ」
「これ、ではないですけど・・・すみません」
「そういう問題じゃないのよ。私に謝ってもしょうがないじゃない。んで?どうなったの」
「それで、彼女の部屋で飲んでて、お酒まわってきたら、彼女目が座ってきて。で。彼、嶋崎くんね。彼に突然絡み出してビンタ3発。すごい音でみんな、えっ?てなって。彼が冷静に対応してたから。」
栄田さんは言い訳する子供の様に答えている。
「あ〜それはねぇ・・・あなたもよく我慢したじゃない。あなたたちは付き合ってるんでしょ?」
「そうそう!それ聞いてない。どうなの?付き合ってんのかと思ったけどちょっと違うなと思ってたんだよな」
「付き合ってはないです。もともと会社の先輩だったんです。年下だけど」
いい歳こいたおっさんとおかまのママが、キラキラしながらこちらを見ているので、僕は上野さんとの出会からを話す事にした。
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一年前。
「ワタシ、あんたみたいなやつ一番嫌いなんだよね」
「・・・えっ?僕ですか」
「えっ?あんたしかいないじゃない」
入ったばかりの仕事で1週間くらい経った頃、残業前に一息つこうと休憩室でコーヒーを飲もうとした時だった。唐突に後ろから、謂れのない非難の声をかけられなんと返したらいいか思考がぐるぐるしてしまった。振り返ると、ショートヘアでハスキーボイスの気の強そうな女性が笑顔で手招きをしていた。意味がわからなすぎて余計にぐるぐるしてしまった。ただ不思議と嫌じゃない・・・?
「ほらコーヒー飲むんでしょ。こっちきなよ。」
「じゃあ、失礼しまーす。お疲れ様です」
「あんたってさ、できるでしょ。できるのに、はいっ!はいっ!ってさ。できるんだからさ、もっとバンバンやればいいじゃん」
「僕まだ入ったばっかじゃないですか。でしゃばってもいい事ないし。何もわかんないんで教えて下さい!って言えるのも若いうちじゃないですか」
「ふーん。今日あんた何時まで?飲みに行くから付き合いなさいよ」
「いいですよ。飲みいきましょ。後30分位で終わろうと思っていたんで。ここにくればいいですか」
「いいね!あんたノリいいね。じゃあ待ってるから。いこ」
嬉しそうに喜んでいる。なんなんだこの人。話していて思い出した。上司といつも仕事のオペレーションの事でバチバチにやり合ってる上野さんって人だ。めちゃくちゃ怒られるのかとビクビクしたが、あの人のコミュニケーション方法なんだろうか。僕自身も、イラッと来なかったし、話した感じもどこか既視感のある、話した事があるような、昔から知っている人のような感じがした。
「じゃあ、嶋崎さんの歓迎会という事で!かんぱーい!」
「お疲れ様でーす!アンド、ありがとうございま〜すかんぱーい・・・てか、すげーショッキングなファーストコンタクトされて、ここで乾杯してんのって不思議っすね。えーと、上野さんでしたよね」
凄い勢いでジョッキのビールがなくなっていく。酒強いんだろうな。
「ワタシ上野涼子。あんたがヘコヘコやってんの見てたら頭きちゃってさ、絶対言ってやろうと思ってたら、ちょうど嶋崎さんが目の前に来たからさ。言っちゃった。へへへ。他の奴ら飲みに誘ってもノリ悪いからさ〜」
「上野さん、いつも上司とバトってて怖いイメージしかなかったから。他の人も恐れてんじゃないですか。昨日のも凄かったですよ。」
「うそー。こんなに可愛くて優しいのに?昨日?あー。あんなの日常茶飯事。コミュニケーションだから。」
なんだ?この感じ。すげー楽かも。
「そんなんだから、誘っても来てもらえないんですよ。恐れられて」
「あんた来たじゃない」
「怖いからですよ。断れないじゃないですか」
「何それ〜ひどくな〜い」
上野さんはコロコロと表情は切り替わり、ケタケタ笑っている。
「いやいや、冗談ですけど。面白そうだなって思ったんですよ。虎穴に入らずんば〜ってやつです」
「なんだそれは。まあいいや。嶋崎さん話しやすいし。まあ、また飲み行こうよ。仕事のフラストレーション発散しに」
どうなる事やら不安だった飲みも、終わってみれば上野さんいい人でホッとした。
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ママはグラスを磨きながら黙って聞いていた。栄田さんは眠いのかグラスを手に持ったまま、船を漕いでいる。
「ふーん。ドラマみたいな出会いでいいじゃない。わたしはあの娘一回しか見てないけど、そんな感じじゃなかったわよ。あの娘。そんなに気を使わなくてもいいじゃないってくらい周りに気を遣って、ちゃんとしてたし。静かだったわよ。あなたに甘えたいのよぉ。きっと」
ママのジト目にどうしたらいいかわからなくなる。
「そうそう。今日は俺の知っているいつもの上野さんではなかったですからね〜。嶋崎さんがいるからかな〜とか考えて見てましたよ。付き合ってるのかな〜って」
結構酔いが回っているのか、栄田さんは左右に揺れながら話している。
「え?え?そうなんですか?そんなふうに見えました?栄田さん寝てなかったんですね」
「俺くらいになると、寝ながらでも大事な話は聞いてるんだよ。若いっていいねぇ。ママ。そっから2人は始まったわけだ。」
「ツンデレね。そして若さね。でも。そこからいきなりビンタ3発もないじゃない?なんかあったんでしょ?なかなか貰えないわよぉ〜」
上野さんを介抱したメンバーは栄田さんのボトルを抱えてカラオケを続けている。呂律も回っていない歌にならない歌をBGMに、僕は完全にママと栄田さんのつまみになっていた。
「特に何もないんですよ。一年後上野さんは会社を辞めて独立する事になって、僕もいずれはその方向に進みたかったので、率先して上野さんを手伝ったんです。休みの日はほとんど上野さんのお店に行って何かを手伝ってました」
「健気ねぇ。それって付き合ってるみたいなもんじゃなぁい」
「特に何があるわけでもなく、お店に行って、仕事手伝って、お互いの仕事の悩み相談みたいな事をしあって、飲みに行って。そんな感じです。それが2年くらい続いてそして今日です」
「付き合ってる様なもんよぉ。それ」
後ろではカラオケが盛り上がっている。
「そこなんじゃなぁい?はっきりしない!あなた達は。嫌いじゃないんでしょお互いに?お似合いそうなのに」
ママの語気が強まる。
「そこ、自分でも不思議なんです。きらいじゃないんですよ。むしろ好きです。居心地いいし、話し合うし、でもその境界超えたら全部が壊れちゃいそうで、それは上野さんとも結構議題になってて、付き合ったら絶対上手くいかないねって結論にいつもなってました・・・。彼女、自分の友達僕に紹介してくれたりもしたし。何も起きませんでしたけど」
「あ〜〜。わかってないわねぇ。あなた次第だったんじゃなぁい?」
「そうなんですかね。踏み込みたいけど踏み込んだらダメだって言ってる自分もいて。大切だから。どうしたらいいのかわからないってのもあります。ハリネズミのジレンマってあるじゃないですか、あんな感じなんです。」
「彼女は待ってると思うけどねぇ。まあ、いろいろあるわよ〜ね〜」
「意味深すね。栄田さん潰れちゃいましたね。そろそろ上野さんの部屋に戻ります。1人残して来ちゃって心配だし、部屋も飲み会の後片付けしないでそのまま出てきちゃったから。ありがとうございました。おいくらですか」
「あら、もう帰るの?そうね早く戻った方がいいわね。お代はこのおっさんにつけておくから気にしなくていいわよ」
ママはしっしっと、手を振った。
「なんか申し訳ない」
「こういう時は若者の特権なんだから」
「お言葉に甘えます。今日はありがとうございました。栄田さんにもよろしくお伝えください」
「頑張ってね〜」
外に出ると、新聞配達のバイクが1台目の前を通り過ぎていった。ため息の代わりにタバコに火をつけ、深く吸った煙をは〜〜〜っと大きく吐き出した。ママと栄田さんに言わなかった事があった。
僕にビンタしている上野さんが、ビンタされる僕よりも痛そうな顔をしていた事を。溜め込んでいた事をぶつけられたような、それがビンタの痛みよりも痛かった。
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静かに鍵をあけ部屋に入ると、上野さんは青白い顔で飲み会の残骸を眺めて座っていた。
「戻りましたよ〜。まだ起きてたんですか。酔いは覚めました?」
「おかえり〜どこ行ってたの?あの人達と飲んでたの?あ〜〜悪酔いしたわ」
短い髪をかき上げて、髪の毛がボサボサだ。
「明日、お店の掃除なんですから。寝ないと。風呂入りました?もう寝ますか?ここは僕が片付けておきますから」
「あ〜〜。風呂入ってくるわ」
よろよろと立ち上がり風呂に入って行った。僕は散らかったピザの箱やポテチの袋をまとめ、食器を洗い、テーブルと部屋を綺麗にしながら、上野さんへの想いと、なぜか踏み出せない自分の気持ちをぼんやり考えていた。
「上がったよー。嶋崎さんもどうぞ〜。あ、めっちゃ綺麗になってる。よくやるわ〜。奇特な人ね〜」
上野さんはTシャツにスウェットパンツ、僕からすると結構無防備な格好でお風呂から出てきた。
「大体、僕がくると掃除してますよね〜。汚いから仕方なくなってるんですよ」
僕が風呂から上がるとすでに寝息を立てて床の上で寝ていた。横にチューハイの缶がまた一本転がっていた。
「上野さん!こんなところで寝ちゃ風邪引くから。ほら、ベッドに持って行きますよ」
「う〜ちゃんと運びなさいよぉ〜〜」
「う〜じゃなくて、ほらっ重っ」
潰れた上野さんを抱き上げてベッドに持っていった。上野さんの体温がめちゃくちゃ伝わってきた。酒臭い。
「わかってんの?」
至近距離で目があった。上野さんが放った一言に僕は何も返せなかった。黙って上野さんをベッドに寝かせ僕はその下で寝落ちした。
朝起きると、上野さんはもう出かける準備をしていた。
「あ、起きた。遅かったから起こしちゃ悪いかなって思って。起きたなら行くよ!ホラホラ!」
「おはようございます。まだ寝起きっすよ。遅くまで飲みすぎちゃいました。上野さん大丈夫なんですか?」
「何言ってんの〜。ワタシは24時間飲める女なんだから!てか、今日中にお店の掃除終わらせないといけないんだから。はやくはやく」
お店の掃除はあっけなく終わってしまった。前日までにほとんど済んでいたんだろう。占いの話に付き合わされつつ夕方には、ガランと何もない空間になってしまった。しばらく、何もなくなったお店の窓から見える夕陽を見ながら2人で無言になっていた。頭の中で上野さんの事や何もできていない自分の事が、昨日の飲みすぎたお酒と共にグルグル回っていた。
「ありがとうね。手伝い来てくれて。助かった。あの会社もう少し続けるんでしょ。あんたも大変だね。頑張って。また連絡するわ」
「上野さんも飲みすぎないように。僕もまた連絡します」
しみじみとして、それでいてサバサバとした言葉が、空になったお店の中で反響していた。
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「これって僕の小学校の時のアルバムじゃん!捨てたと思ってたけどこんな所にあったんだ」
「今それ見る時じゃないからね。今日中にここ全部まとめないといけないんだから〜」
「はーい。承知しました」
妻に気の抜けた返事を返しながら、ダンボールに中身を書きながら詰め込んで封をした。引越しを繰り返すたび、いらない思い出の断捨離と称してアルバムや思い出の品を処分していた。そんな僕の小学校の卒業アルバムが出てきた事で少しだけ手が止まってしまった。気を取り直し、引越しの荷造りをしながら落ち着いたら開いてみる事にして作業を進めた。
荷物が箱に詰め込まれ、部屋の中に何もない空間が増えていくにつれ、ふと、上野さんのお店の最終日のことを思い出していた。閉店作業を手伝ったの20年以上前の話だ。なぜここで上野さんが出てくるんだろう。そういえば元気にしているんだろうか。ふいに頭をよぎった彼女はまた僕の記憶のどこかへ消えて行った。
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低い太陽が、街のシルエットを燃えるような赤いオレンジで焼きながら沈もうとしている。半袖シャツでは朝晩が肌寒く感じ始める頃。買い物を終えて帰宅した部屋は少しだけモヤっと空気が澱んでいた。ベランダの窓を開けて外の空気を吸い込んだ時サッシに1匹のカメムシがいた。
この時期よく見る綺麗な緑色が、夕陽を反射して異彩を放っていた。見入っていた。動かない。息絶えてしまったのか。少しだけ動いた。太陽の方に頭の向きを変えた。
急にカメムシの色がくすんで見えた。それまで輝いていた鮮やかな緑色は急に光をはねかえさなくなった。夕陽に照らされ真っ直ぐに太陽を向いたまま。
虫の気持ちは、考えはわからない。でも僕の中で、彼はとても誇り高く生を全うしたように見えた。
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振り返ると、小さい頃から人の死に関わることが少し多かった。棺の中に花を入れることや、顔にかけられた白い布を取ること。 不思議と怖いと思ったことはなかった。むしろ、この人は何を思って死んだのだろう、どんな人生だったのだろう、そんなことばかり考えていた。虫や動物の死と、どこか似ているようにも感じていた。逆にアニメ、漫画、映画のホラー系が物凄く怖くて今でも苦手だ。
偶然見ることになったカメムシの最後の瞬間が、少しだけ過去を振り返るスイッチを押したらしい。引っ越しの時に見つけた小学校の卒業アルバムを引っ張り出してめくっていた。
ページをめくる手が止まる。急にあの時の情景が迫ってくる。全身を鳥肌がすごいスピードで抜けていく。怖さとは違う感覚に身震いだった。
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「なんで泣いてんの?大丈夫?なさけねーなー」
「#☆○×〜」
「えっ?なに?はっきり言いなよ。あ、あいつらね?ワタシが言ってきてあげるから。泣くのやめな」
目の前に、日焼けしたショートカットの上級生の娘が砂をかけられて泣いていた僕に話しかけてきた。なぜかすげー笑顔だ。いつも上級生男子にキツく当たって恐れられている、りえちゃんだ。僕はいじめられている悔しさと悲しさ、女の子に助けられている恥ずかしさが全部混ざり複雑な気持ちで、何を答えているかわからなくなっていた。
いじめてきた同級生の3人組がいる雲梯にりえちゃんは一人走って行った。3人組に凄い勢いで何かを言っている。
何やら揉めている・・・
先生がやってきてまた揉めている・・・
何か言われたのだろうか、りえちゃんは泣いている。
涙で途切れる目の前のやり取り。それを見ている僕もやり場のない気持ちをどうしていいかわからないまま、泣き止む事が出来なかったんだ。
結局いじめの事はあやふやなまま、それっきり。なにも変わらないままに。
数ヶ月後、いつも元気に見えたりえちゃんは病気で亡くなってしまいお葬式には全校生徒参加になった。
係の人が花を配っている。
「1人一本ずつでーす。自分の番になったら棺の中にお花を入れてあげてくださーい。終わったら横に退けて外に出てくださーい」
上級生の女子たちは肩を組んでわざとらしく泣いている。男子はどうしていいかわからず、しゃがんで地面を弄っている。先生達は明後日の方を見ている。
僕は1人棺の中のりえちゃんの顔を見て、花をおいて外に出た。
人形のように作られた寝顔。りえちゃんじゃない。違う人?目を瞑ると瞼の奥には助けてくれた時のりえちゃんの笑顔が見える。目の前の出来事は、全てが作為的に編集された物?瞼に焼き付いた光景は、寝る時の布団の中でも繰り返し上映されていた。
後日上級生が話しているのを聞いて知った事がある。りえちゃんが亡くなる前、全校生で寄せ書きを書いて送ったのだが、朦朧とする意識の中その寄せ書きを見たりえちゃんは全校生の名前を言った後息を引き取ったという。言葉にならないやりきれない気持ちは、誰にも話す事は出来ない。
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6年分のページをめくり終えて去来するしまい込んでいた思い出。写真の抜き取られた一年生のページ。
僕をいじめてた奴らが雲梯のところで笑っている。そこにヅカヅカと文句を言いに向かって行くりえちゃんの後ろ姿、上野さんが上司に噛みついている後ろ姿。僕に向けられた笑顔と耳に残るハスキーボイス。
今にして思えば、あの時目の前にあらわれたりえちゃんの笑顔も、僕の為にしてくれた行動も、直接伝えられなかったありがとうの言葉はそのまま僕の中に燻り続けていた。何もできないまま過ぎてしまったことがとても悔しく思う。
アルバムの中から出てきた、心の奥に落として忘れていた思い出達。その後の僕の人生に絡んできた、少し乱暴で勝手で不器用に筋を通そうとする、どこか放って置けない女性達。近くにいると少し面倒で、離れると寂しくなるそんな人たちに、僕はちゃんと、自分の言葉で伝えてこれただろうか。
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「この前買ったTシャツ、やっぱりやっちゃったでしょ」
「やっぱりって。やりそうだなーって気をつけたんだけどね〜。」
「いつもそう言ってるよね。今日時間あったからやっておいたよ。漂白」
差し出されたTシャツは、ほぼ真っ白になっていた。
「まじで?おお〜助かる。ありがとう〜」
「あ、今日、結婚記念日じゃん。いつも忘れそうになるよね」
「そうそう。もうすぐ日付変わるけどね」
「何年だっけ」
「13年だっけ?」
「まあ・・・」
「いつもありがとう」
「隣にいてくれて」 言葉にはまだ出していない。
スピンオフ作品 こっちを合わせると恋愛ネタになってしまう上野さんとの後日譚↓
