期待しない生き方 vs 期待する生き方
「期待しない生き方をしよう」
そういった言葉を、
書籍や記事などで見かけることがあります。
確かに、他人に期待しすぎることで、
ストレスを感じたり、
人間関係に疲弊したりすることもあるかとは思います。
だからといって、
「他人に期待しない生き方」を推奨できるほど、
良いことなのでしょうか?
個人的には、
他人に期待しない生き方をすることで得られるメリットよりも、
デメリットの方が大きいのではないか、と思ってしまうんです。
今回はそんな、
「期待しない生き方って本当にいいの?」
ということについて考えていきたいと思います。
「期待しない生き方」とは?
「期待しない生き方をしていこうよ!」
という主張を見てみると、
気持ちに余裕ができる
ストレス(イライラ)が減る
幸せを感じやすくなる
人に優しくなれる
自立した生き方できる
周りから好かれるようになる
といったことが言われているように思います。
「期待しない生き方」の主なポイントは
「期待することで相手への不満が溜まってしまうから、
それをやめるために期待しない生き方をしようよ」
ということだと思うんですよね。
つまり、「不満」がポイントであり、
言ってしまえば、
「エネルギーを奪われる生き方はやめようよ」
という主張だと思うんです。
で、
気持ちに余裕ができる
ストレス(イライラ)が減る
幸せを感じやすくなる
人に優しくなれる
自立した生き方できる
周りから好かれるようになる
というのは、
すべてエネルギーで考えられます。
ストレス(イライラ)が減る
これによって、エネルギーの消耗を抑えることができ、
気持ちに余裕ができる
となります。
で、気持ちに余裕ができるということは、
エネルギーを余らせることができているということ。
だから、気持ちが前向きになりやすく、
物事を否定しづらくなりますし、行動力も高まります。
そのため、
幸せを感じやすくなる
人に優しくなれる
自立した生き方できる
周りから好かれるようになる
といったことが起こります。
「あれ?やっぱり期待しない生き方って良いじゃん!」
と思いますよね?
ですが、これはあくまでも
「期待しない生き方」という側面を見ただけで、
「期待する生き方」という側面を見ていません。
「期待する生き方」は、
「期待しない生き方」に劣るのでしょうか?
「期待しない生き方」の違和感
「期待する生き方」ではなく、
「期待しない生き方」が推奨される理由は、
「期待が大きくなりすぎると、
期待に応えてもらえなかったときに
ダメージがめちゃめちゃ大きく、
エネルギーを根こそぎ持っていかれるからつらいよね」
ということ。
つまり、
「期待して傷つくのが怖いから、期待しない生き方をしよう」
という感じだと思うんですよ。
ですが、この考え方って
「好きな人と付き合えなかったらつらいから、好きな人は作らない」とか、
「友達に裏切られるのが怖いから、友達を作らない」とか、
そういったことと同じことを言ってない?って思ってしまうんですよね。
マンガでよくいると思うんですよ。
「友達に裏切られるのが怖いから、友達を作らない」
と言っているキャラクターが。
そのキャラクターは
マンガの中でどういう選択をするでしょうか?
最終的には
「友達に裏切られるのは怖いけれど、それでも友達を作ろうと思う」
という選択をするはずです。
この流れは王道パターンですが、
なぜその流れが多いかというと、
「友達に裏切られるのが怖いから、友達を作らない」
というのは気持ちはわかる、けど……みたいな気持ちにさせ、
「友達に裏切られるのは怖くても、友達を作ったほうがいい」
と多くの人が思っているからだと思うんですよね。
にもかかわらず、
「期待して傷つくのが怖いから、期待しない生き方をしよう」
という考え方が受け入れられているのは、
なんだか違和感があるんです。
「期待」と「関係性」
大きな期待を持ったけれども、
その期待に応えてもらえなかった。
これによって、
大きなストレスを受けてしまうから、
期待しないほうがいいよ。
こういう考え方はわかるし、
それも大切なことだとは思うんですが、
それでも思うところがあるんですよね。
「期待によるダメージって関係性によらない?」って。
例えば、
「あの人なら絶対に良い結果を出してくれる!」
と大きな期待をかけて大きな案件を任せたけれども、
結果は散々だった。
その場合、
「こんなに期待していたのに…」
と普通だったら落ち込むかもしれないけれど、
もし、信頼関係が構築できていれば、
「あの人で結果を出せなかったなら仕方ない」なんて、
簡単に気持ちを切り替えられるんじゃないの?
って思ったりするんですよね。
逆に、
「アイツはほんと嫌なヤツだけど、仕事だけはできるんだよなぁ…」
と思う人に大きな案件を任せ失敗した場合、
「アイツは仕事もまともにできんのか!!」
と怒りとなって、エネルギーを大きく消耗させると思うんですよね。
そのように、
もし大きな期待をかけ、それに応えてもらえなかったとしても、
相手との関係性が良好であれば、
エネルギーを大きく奪われることは少なくなるのではないかと。
「期待しない生き方」のメインテーマが
「エネルギーを奪われない生き方をしようよ」
だと思うので、
「期待する生き方」で
「エネルギーを奪われない生き方」ができれば、
期待しない生き方にする必要はないと思うんですよ。
そうやって考えてみると、
「期待しない生き方をしよう」ではなく、
「エネルギーを奪われない生き方をしよう!」とか
「もっと関係性が良くなる生き方をしよう!」
と考えた方が健全なんじゃないか、と思うんですよね。
「期待する生き方」と「エネルギー」
ここからは、
「期待する生き方」のメリットであり、
「期待しない生き方」のデメリットのお話です。
期待というのは、
自分や他者に向けて行うものですよね?
で、期待というのは
相手にエネルギーを送っているようなものだと思うんですよ。
「期待しているから頑張って!」という
応援的な気持ちが込もっているのではないかと。
そして、そのエネルギーを受け取った人は、
「よし、期待されたし頑張るぞ!」と思える。
そういう力があると思うんですね。
ですが、「期待しない生き方」であれば、
そのような応援的な気持ちを込めて
相手にエネルギーを送ることができないと思うんです。
「期待はしてないから」と言われたり、
そういう態度で仕事を渡されたら、
嫌な気分になりますよね?
感覚的な話ですが、
期待しない人たちが集まった組織というのは、
エネルギーの状態が悪くなっていくんじゃないかと思ってしまいます。
では、
「相手にエネルギーを渡すためにも期待すればいいんだ!」
と考えれば良いのでしょうか?
それはそれで違う気がするんですよね。
きちんとエネルギーを渡せるかどうかは
関係性によると思いますから。
もし、
「期待しているって言っても、どうせ口だけでしょ?」
なんて思われたら、渡そうとしたエネルギーを
受け取ってもらえません。
きちんとエネルギーを受け取ってもらうためには、
良い関係性を築けているかどうかが大切なんです。
だからこそ、
「良い関係性を築くにはどうしたらいいか?」
「相手にエネルギーを渡すためにはどうしたらいいか?」
を考えることって、とても大切だと思うんです。
「期待」と「失望」
関係性が浅かったり、良好でない場合は、
相手への理解が不足していたり、
信頼感が薄かったりするため、
期待が裏切られたと感じやすく、失望感が大きくなりやすいはずです。
ですが、深い信頼関係で結ばれていれば、
相手への理解が深まっているため、
期待が外れたとしても、
その背景や理由を理解しようとする姿勢が生まれやすくなります。
また、信頼感があるため、
一時的な失敗やミスがあっても、相手への信頼が揺らぎにくく、
失望感が軽減される可能性が高くなります。
失望感が軽減される確率が高くなるだけで、
良い関係性を築けても失望することが全くない、とは言えません。
ですが、良い関係性を築いていれば、
失望を乗り越え、関係を修復・強化するための
対話や努力がしやすくなるという点で、
良好な関係性は失望に対する回復力を高めると考えられます。
だからこそ、
「期待しない生き方」よりも、
「期待しながら関係性を築いていく生き方」の方が
健全なんじゃないかな、と思うわけです。
「期待しない生き方」と「エネルギー不足」
ここまで「期待しない生き方」を
否定しているように書いてきましたが、
「期待しない生き方」が必要なときもあると思うんですよね。
それはどういうときかというと、
「精神的に疲れ切って、エネルギーが常に足りない状態のとき」
です。
「期待する生き方」というのは、
エネルギーが余っているからこそできる生き方と
言えると思うんですよね。
他の人にエネルギーを与える余裕があり、
関係性を構築していく余裕がある。
だからこそ、
「期待する生き方」ができると思うんです。
逆に言えば、
エネルギーがない状態であれば、
「期待する生き方」というのは難しい。
だから、まずは
エネルギーの消費を減らし、エネルギーを蓄えていく。
そのためにも、
「期待しない生き方」というのは有効だと思うんです。
近年は刺激がものすごく多くなり、
エネルギーがなくなりやすい時代となりました。
だから、
「期待しない生き方」が推奨されるようになったのではないか。
そう思うんですよね。
「期待しない生き方」をすることで、
「エネルギーをできる限り使わず、貯めていきましょうよ!」
と。
個人的には、
エネルギーを貯めることができたら
「期待する生き方」にシフトして、
他の人にエネルギーを与えたり、
関係性を構築していったりして、
もっと前向きに生きていったらいいんじゃないかなと。
まとめ
「期待しない生き方」を否定的な形で書いてきましたが、
結局はバランスの問題だと思うんです。
今のエネルギー状態において、
「期待する生き方」と「期待しない生き方」の
どちらが適切かを判断して、
適した生き方をしていく。
そうすれば、
お互いの良いところを採用した生き方ができると思いますから。
常にエネルギーがないと感じたら「期待しない生き方」を、
エネルギーに余裕があると感じたら「期待する生き方」を。
そして、「期待する生き方」をするのであれば、
「期待しながら関係性を深める生き方」や
「エネルギーがあふれる生き方」を目指すと
良いのではないかと。
「エネルギー」や「関係性」という判断軸をもとに、
いまの自分に合った生き方を採用していく。
そうすることで、
人生が少しずつでも豊かになっていくんじゃないか。
個人的にはそう思うのです。
以上、「期待する生き方」「期待しない生き方」についてでした。
P.S.
雷にやられ、停電しちゃいました。
noteはデスクトップパソコンで書いているので、
停電により電源が落ちるという……。
電源が落ちたことにより、
noteに書いていた文章が消えたのかもしれませんが、
消えたのかどうかもわかっていないっていうね。
その場の勢いで書いているから、
何を書いたのか、正直覚えていません。
なので、一度書いたことは
ニ度と同じようには書けないんですよね(´▽`;)ゞ
そういえば、雷がうるさくて
「耳栓+イヤーマフ」をつけて文章を書いていました。
雷の音がほぼ聞こえなくなるので良いですね~。
……それにしても、
雷&停電のコンボを受けたけれど、
パソコンが壊れずにすんでよかったです:;(∩´﹏`∩);:
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◆ご相談やお問い合わせについて
それでは、最後までお読みいただき、
ありがとうございました!
「期待しない生き方」と「期待する生き方」、
この2つの生き方について、考え、
何かしらのヒントになるものを得てもらえたのであれば幸いです。
