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エピローグ 2/2【もしもの始まりを、忘れないうちに】

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あの日、君は目を閉じたまま、僕の言葉に返事をしなかった。
医者は「時間が経ちすぎた」と言った。
それでも、どこかで信じていた。
信じなきゃ、壊れてしまいそうだった。

僕は留学を決めた。
君といた場所を離れるためじゃない。
君が戻ってこれない場所に取り残されたくなくて。
進むしかない道を、自分に課した。

そして、祈った。

「もしも、君が目を覚ましたとき、僕がいなくても、君が元気でいられますように」
「笑って、生きてくれますように」

それが、僕の“もしも”だった。
叶うとは思っていなかった。
願いにすがるしかなかっただけだった。


──けれど、奇跡みたいに叶ってしまった。

1年前の夜。
会社の先輩に誘われて、なんとなく顔を出したあの相席屋。
そこで、君と再会した。

君は僕のことを知らず、自分の名前さえ偽って笑っていた。
でもその笑顔が、あの頃より少しだけ柔らかくなっていたことに、胸の奥が震えた。

君が、生きていた。
それだけで、充分だったはずなのに。
──僕は、また君に恋をしてしまった。

初めてみたいな顔をして、手を繋ぎ、初めてみたいに頬を赤らめる君。
少しずつ距離が縮まって、ある日ぽつりと、本当の名前を教えてくれた。

そのとき、心の奥でそっと泣いた。
“もう一度、名前を呼ばせてくれてありがとう”って。

君にとっては、初めての1年。
僕にとっては、記憶の続きをなぞるような、
2度目の1年だった。

行きたいと言った場所も、好きだと笑った味も
全部、前に君が選んだものと、まるで同じで。
だからこそ、余計に切なかった。
嬉しいのに、胸の奥がずっと、疼いていた。

そして、思い出してしまうんだ。
ふたりで訪れた、あの鍾乳洞の奥でのことを。

あれは、交際の終盤。
秋だった。紅葉は色づき始めていて、風が吹くたびにカサリと葉が落ちた。
日暮れも早くなっていて、鍾乳洞に入る頃には、すでに冷えた空気が頬を撫でていた。

冷たくて、澄んだ空気。
静かに水の滴る音。
君が「もうちょっとだけ、ここにいよう?」と僕の手を握ったとき、
なぜか泣きそうになった。

その手を、これが最後かもしれないと思ってしまった自分に、怯えた。

だけど、祈ったんだ。
"僕がいなくても、笑っていられますように"

そう祈ったあの日の自分だけは、裏切りたくなかった。
もしも裏切ったら、また振り出しに戻ってしまう気がして。

それに、仕事の引継ぎも進めてしまっている。もう後戻りはできない。

『もしも、僕がいなくても、君が元気でいられますように』
『笑って、生きてくれますように』

そして、どうか——

僕のことは、覚えていなくてもいい。
きっとまた、誰かと出会い、誰かを好きになって、
その人と並んで歩く未来が、ちゃんと君に訪れますように。

何気ない会話で笑って、朝が来るのが楽しみになるような毎日が、
君の隣に続いていきますように。

祈りが長くなってしまったのは、君より先に、君の未来を願っていたから。
そうするしかなかったから。

──そして、1年が過ぎた。


仕事のこと、家族のこと、日常のペース。
どれも君の暮らしに根づいていて、
そこに僕の居場所を差し込むのは、あまりにも不自然だった。

君が少しずつ過去を思い出しているような気がしたときもあった。
でも、「覚えてる?」なんて、訊けなかった。

僕は、もう一度恋をしたけれど、
君にはもう、悲しい結末を味わってほしくなかった。

だから、手を離すことを選んだ。


僕の“もしも”は、もう叶っていた。
君が笑って、生きていてくれたから。

これが、君がまだ知らない1年。
そして、僕だけが覚えている、最後の祈り。


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