【裏屋敷】第一話
あらすじ
人里離れた山奥に佇み、広大な敷地をもつ“桐屋敷旅館“。
実力派若手監督として脚光を浴びている音無睦月は、友人であり、この旅館の12代目当主である主人公・桐屋敷幾郎に頼み、この旅館を舞台に新作となるホラー映画を制作する。
撮影中に主演女優が大怪我を負うなど、公開前から「呪われた映画」として話題を呼ぶ映画であったが、幾郎が映画の中身を見せてもらえないまま、ついに完成披露試写会の日を迎える。
しかし、その上映中に事件が起こり、会場にいたはずの音無は忽然と失踪してしまう。
そしてその事件をきっかけに、旅館も不気味な怪現象に見舞われ、幾郎の目の前にもある亡霊が姿を現す。
第一話
○山道
木々に囲まれた山道を、一台の車が走っている。
道路はところどころ亀裂があり、車は不安定に揺れる。
車内には一組のカップルがいる。助手席のモブ女はスマホで動画見ながら、ふと顔を上げる。
モブ女「ねーぇ、本当にこの先に旅館があるの?」
モブ男「お前が”秘境の温泉宿”に泊まりたいっていったんだろ〜」
いらつきつつ不安そうに運転するモブ男。
モブ女「こんな山奥なんて聞いてないし〜」
モブ男「不安なら地図みてくれよ」
モブ女「無理〜。私いま、推しのインタビュー見てるから」
モブ男「推しぃ?」
にこ〜と笑うモブ女。嬉しそうにスマホの画面を見せる。
モブ女「音無(おとなし)監督! 3年ぶりに新作の映画が出るの!」
スマホの画面がアップになり、インタビューを受けている音無が映る。
◯映画会社・一室
若く、端正な顔だが少し陰気な男がインタビューを受けている。音無睦月(おとなしむつき)である。
インタビュアー「この度は映画『裏屋敷』の完成、おめでとうございます!」
音無「ありがとうございます」
かすかに微笑む音無。どこか陰のある笑い方である。
インタビュアー「音無監督といえば前作の『春の夢』では日本新人監督賞を受賞するなど、実力派若手監督として注目されていますよね」
音無「恐縮です」
インタビュアー「そんななかで公開される今回の『裏屋敷』は、初のホラー作品であるとか!」
音無「ホラーですか」
少し意外そうな顔をする音無。
音無「ただ、”死者が現れる屋敷”を舞台にしただけです」
インタビュアー(それはホラーだろ……)
音無の独特の受け答えに戸惑うインタビュアー。
インタビュアー「そ、それで! なんでも噂では、ある旅館を貸し切って、そちらで撮影を行なったと伺ったのですが!」
音無「……ええ。友人が経営している旅館なんです」遠い目をする「社会から隔絶されたような、山深いところにあって……」
◯山道・走っている車の中
動画でインタビューを見ていたモブ女が、音無の言葉を聞いて首を傾げる。
モブ女「ん?」
動画の音声をきいているモブ男も、耳をそばだてる。
動画の中の音無『その旅館に行くには、亀裂の入ったガタガタの道路しかないんですが、そのうち急に視界が開けるんです』
音無の言う通り、鬱蒼としていた森の前の視界が急に開ける。
驚いて目を丸くするカップル二人。
動画の中の音無『それは数え切れないほどのいくつもの建物が折り重なった、迷路のような旅館なんです』
その通りの光景がカップルの前に広がる。
動画の中の音無「“桐屋敷旅館“というのですが」
その名前の看板が、門前にかかっている。
呆気にとられるカップル。
モブ女「……ええぇぇー!!」
モブ男「ここじゃん!」
モブ女「ここだ!?」
モブ男・女「ええぇぇぇー!!」
二人の声が山に反響する。
◯旅館・門前
車を降りて門前に立つカップル。呆気に取られている。
山の斜面に並んだ建物の数々は、全貌が見渡せないほど多い。切妻や寄棟など、どれも違う形をしている。
モブ男「これ全部、ひとつの旅館…?」
深呼吸するモブ女。
モブ男「……何してんの?」
モブ女「推しの吸った空気を吸ってるの……やっぱりこれって運命かしら……」
モブ男「予約したの俺なんだけど」
幾郎「あ! ご予約の田中様でございますね!」
急に大声が聞こえて驚く二人。キョロキョロとあたりを見回すが姿が見えない。
幾郎「お待ちしておりました!」
屋根の上から飛び降りる桐屋敷幾郎(きりやしきいくろう)。手にトンカチと釘を持ち、服もところどころ汚れている。
幾郎「それではご案内いたします」
二人に微笑み、当たり前のように歩き始める幾郎。
びっくりして固まるカップル。
モブ男「あの、屋根で何を……?」
幾郎「え? あ、待っている間に屋根の修復をしてたんです。もう築200年ですから雨漏れがひどくて」
カップル(ええぇ〜…)
幾郎「ああ、お客さまのお部屋は大丈夫ですよ!」いい笑顔を見せ「昨日直しておいたんで」
カップルは青ざめる。
庭から玄関まで、幾郎の後ろをついていく二人。聞こえないよう、小声で会話する。
モブ男「絶対やばいって! ボロ屋敷だって!」
モブ女「今さら帰れないでしょ!」
モブ男「”あの”監督がホラーのロケ先に選ぶってことは、マジモンの心霊スポットかもしんねーじゃん! 俺、ユーレイとか無理だから!」
モブ男が叫ぶのと同時に、幾郎がガラリと引き戸の玄関を開く。
◯旅館・玄関
二人の予想とは裏腹に、たくさんの客で賑わい、明るい雰囲気の受付。浴衣を着て、楽しそうに談笑する客たちが歩く。
またぽかんとするカップル二人。
モブ男「ずいぶん……にぎやかですね……?」
幾郎「あ〜、地元の方が日帰りでよく来てくれるんです。なので夜はだいぶ寂しくなりますよ。ああ、もちろん、うちの風呂を気に入ってくれて何度も来てくれるような泊り客もいますけど。でもまあ……」笑って「こんな山奥のボロ屋敷によくわざわざ来ますよね〜! …いでっ」
幾郎の足を踏む女将。幾郎の祖母である女将は、すらりと細身で背が高く、ピシッと着物を着た姿に気品の良さがあらわれている。
女将「お越しいただきましてありがとうございます」
上品に微笑みながらカップル二人に挨拶する女将。お辞儀しながら幾郎の足をぐりぐりと踏む。
幾郎「いででででで」
女将「それでは私がお部屋までご案内いたします」
カップルには笑いかけるが、幾郎には鬼の形相で振り返る。
女将「じゃ、ご当主様はお庭のお掃除でもお願いいたします」
嫌そうな顔をしながら庭に向かう幾郎。
歩き始めた女将についていくカップル二人。
モブ女「あの、ご当主様って?」
女将「ああ、ここではこの屋敷を引き継いだ者はそう呼ぶんです」
モブ女「引き継いだってことは……」
女将「ええ、あれが桐屋敷旅館の12代目当主の、桐屋敷幾郎ですわ」
モブ男・女(……えぇ〜!)
モブ女(じゃああんなのが音無監督の……友達!?)
◯旅館・廊下
むすっとしながら歩いている幾郎。
幾郎「本当のこと言っただけだっつーのに〜。あ〜あ、やっぱり俺、接客向いてねーのかなあ」ぼんやりと窓から外を眺める。
近くにあった電話が鳴る。気を取り直して受話器を取る幾郎。
幾郎「はい! こちら桐屋敷旅館です!」
音無『幾郎?』
電話の向こうは東京にいる音無であった。
幾郎「むっちゃん!」嬉しそうに声をあげ「今日って完成披露試写会だろ? 電話してていいかよ」
音無『あと10分ほどで始まる。今日はお前を招待できなくて、悪かった』
幾郎「気にすんなって。公開初日に招待してくれるんだろ」
音無『……ああ、もちろん』
幾郎「?」
音無の妙な間に少し疑問を抱く。
音無『……幾郎。あらためて、大事な旅館を貸してくれてありがとうな』
幾郎「え? ああ、こっちこそ、撮影中の俺や従業員たちの宿も用意してもらっちゃって悪かったな。でもゆっくり東京観光できたってみんな喜んでたよ。それにしてもお前……そんなに見られたくない映画だったのか?」
茶化していう幾郎。
音無『……』
幾郎「むっちゃん?」
電話していた音無のもとに、スタッフが駆け寄る。
スタッフ「すみません! そろそろ時間です」
音無『もう行くよ、幾郎』
幾郎「あ、ああ。ヘマすんなよ!」
音無『お前も旅館の仕事ちゃんとやるんだな』
幾郎「や、やってるに決まってんだろ」
図星をつかれて焦る幾郎。
音無の笑い声が電話口から漏れる。つられて笑う。
幾郎「じゃあ、お前の映画、楽しみにしてるからな」
音無『ああ……じゃあな』
電話の切れる音が聞こえる。
○映画会社・一室
スマホの通話を切る音無。
音無「ごめんな、幾郎……」
スタッフの後ろについて、廊下を歩く。思い詰めた顔をしている。
○会場
完成披露試写会を行う劇場。客席には興奮した表情の客が詰め寄せている。
司会者「ーー本日は、音無監督作品最新作『裏屋敷』の完成披露試写会にーー」
舞台袖に立つ音無。司会者の声が遠くに聞こえる。
音無(幾郎、お前にだけはーー)
司会者「それでは、ご登壇いただきましょう! 音無睦月監督です!」
舞台に上がる音無。わーっと歓声が上がる。
音無(お前にだけは、見せるわけにいかない)
○旅館・廊下
電話をし終えた幾郎。嬉しそうにしている。
突然思いついたように早足で歩く。座布団を運んでいる女将とすれ違う。
女将「ちょっと! どこへ行くんです」
幾郎「姉さんのところ!」
それを聞いて、女将の顔がこわばる。
幾郎はいくつかの渡り廊下を通って、ある棟に入る。部屋の前の襖に立つ。
幾郎「姉さん、入るよ」
丁寧な手つきで襖を開ける幾郎。女将がその様子を影から見ている。
幾郎「姉さん、今日はむっちゃんの映画の完成披露試写会だよ。前にここで撮影してただろ。どんな映画なんだろうな……」
畳に敷かれた敷布団の前に座る幾郎。
しかし、布団の中には誰もいない。幾郎は一人で話し続ける。
幾郎「公開されたら、一緒に行こうな。姉さん」
廊下でそれを聞いている女将は、複雑な顔をする。
○会場
司会者「……えー、それでは最後に、監督へのご質問を受け付けたいと思います」
多くの手が上がる。
記者A「本作の見どころは!?」
記者B「なぜ今回はホラーを作ろうと思われたのでしょうか?」
盛り上がる会場。そんななか、黙って手を上げていた記者Cが立ち上がる。
記者C「本作は“呪われている“という噂がありますが、それについてどうお考えでしょうか」
会場の空気がさーっと冷える。
記者C「なんでも、撮影中に数々の不運に見舞われたとか……」
意地悪そうな記者がいやらしい笑みを浮かべる。
司会者からマイクを受け取る音無。
音無「えー……ええ、呪われていると思います」
記者C「は?」
音無「呪われたかったので」
なんでもないことのように言ってのける。
記者C「呪われたかったって……あなたそれ、井原亜耶さんに対しても同じことが言えるんですか!? 撮影中の事故による大怪我で、まだ意識が戻らない元主役の彼女に対して!」
美耶「やめてください!」
音無の隣にいた井原美耶(いはらみや)が前に出る。
美耶「今の主役は私です。姉のことは、残念ですが……役を私と代わった今、もう関係ありません」
記者C「……」
言い返す言葉を見つけられず、引き下がる記者。
司会者「……そ、それでは、そろそろ上映を始めます。皆様どうぞお楽しみください」
司会者が引きつった笑顔で退場する。会場が暗くなる。
美耶「監督、大丈夫ですか?」
隣の音無を気にする美耶。しかし、音無はスクリーンをじっと見て上の空である。
美耶「監督……?」
スクリーンの明かりに照らされる音無の顔は笑っているように見える。
美耶はそれを見てゾクリとする。
美耶(これこそ、本物の監督だわ)
配給会社などのロゴが写り終え、真っ白な画面が浮かぶ。それは霧であり、徐々に晴れていくとともに、屋敷の姿が現れる。
カメラは屋敷の門から庭へ、庭から玄関へ入っていく。
屋敷の映像とともに、テロップが流れる。
『この屋敷の建つ場所には、かつて一つの村があったーー』
『しかし村人はある晩、全員が姿を消してしまうーー』
『たった一人を残してーー』
廊下を進んでいくカメラ。廊下の奥に、赤い着物を着た少女の後ろ姿が映る。
美耶(あれ? これ、私のはずなのに……何か……違う)
少女が振り向こうとする。
『その者の名はーー』
突然、画面が大きく揺れ、耳障りな機械音とともに真っ暗になってしまう。
慌てる客たち。
客A「何? 停電?」
客B「なんで非常灯もついてないの!?」
何も見えない真っ暗闇で、パニックになる。
客C「演出じゃないよね!?」
客A「早く明かりつけろよ!」
慌てるスタッフにぶつかりながら、音無は呆然と立っている。ふと、背後に明かりを感じる。振り返ってみると、暗闇の中、月の絵が描かれた襖が、ぼうっと光っている。音無以外には見えていない。じっと見つめていると、微かに襖が開く。手が現れ、音無を手招きする。
隣の音無が歩き始めたのを感じる美耶。
美耶「監督!? どちらへ行かれるんですか!?」
音無は襖の向こうへ行ってしまう。
美耶「監督!!」
人々のざわめきに、美耶の声はかき消えてしまう。
??「……さい……います……」
ノイズの混ざった声が、スピーカーから微かに聞こえる。
客B「ねえっ、何か聞こえない?」
客C「きっ、聞こえるっ……」
怯える客。
??「………いで……さい……で……います……」
??「……いでく……さい……んで……まいます……」
徐々に他の客も声に気づき、静かになっていく。
??「……ないでく……さい……んでしまいます……」
??「みないでく……さい……んでしまいます……」
最後にはっきりと聞こえる。
??「みないでください。しんでしまいます」
客が耳をつんざくような悲鳴をあげる。
○旅館・廊下(夜)
悲鳴が聞こえたかのように顔を上げ、窓から外を見る幾郎。月明かりに照らされた廊下を歩いている。
何かに気づき、顔を正面に向ける。廊下の先に、赤い着物が見える。
驚いて持っていたタオルを落とす。ゆっくりと歩み寄る。
赤い着物を着た少女が、徐々にこちらを向く。幼い少女である。
少女の前で立ち止まる幾郎。
幾郎「……姉さん」
