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47歳、役所退職→会社立ち上げて3ヶ月雑感

7月10日付けで22年勤めたいわき市役所を退職し、7月31日付けで合同会社を立ち上げた。3ヶ月が経とうとしている今、断片的にでも頭や心によぎったことを書き留めておこうと思う。「どこかの誰かへのヒントやアドバイスになれば」ではなく、自分のための人生の節目の備忘録的日記のようなものとして。




落ち着かない。「慌てないあわてない、一休みひとやすみ」と言い聞かせる

ありがたいことに独立とともにいくつかのお仕事を頂戴した。何者でもなく、また会社としての実績も全くないのにご依頼があるというのは感謝してもしきれない。本当にありがとうございます。

割と急に辞めたので前職の残務整理も少し残っている。保険だ年金だ、あれやこれやの切り替えもあるし、なんだかよくわからないが、毎日やたら大量の郵便物が届く。そして、生まれて初めての経験である会社設立についても手探りな日々。

つまり、同時に短い期間にいろんなことがありすぎて、頭も体も、そしてなにより心が落ち着かない。

「あぁ、あれもやらなきゃ」

「あ、そうだ、これもやらないとだ」

と頭はぐるぐる、体はバタバタ、心はそわそわがずっと続いている感じ。
結果、ぐるぐる・バタバタ・そわそわしているだけで何一つ片付いていないし、何一つ進まない。そこにさらに毎日、次から次へと新たなTo Doが現れるので、タスクは積み上がり、ぐるぐる・バタバタ・そわそわは加速度的に渦を強めていく。

「俺は市役所を辞め独立した。子どもが四人もいるのに、何をやっているんだ。今日だって何も進んでいないじゃないか」と自責が強まり、酒に手が伸び、翌日のパフォーマンスが下がる。

「ギャー!もう、どうすればいいんだー!」と叫んでも、自分一人の会社なので、相談する人もアドバイスしてくれる人もいない、、

自らが望んだ「独立する」とはこういうことなんだと噛み締めつつ、泣いても叫んでも誰も解決してくれないよと少しずつ悟り、私は行き着いた。

一つ片付けばよしとする

「あれもこれもやらないと」と焦り、結果、あれもこれもどれもそれも片付かないのなら、せめて一つだけでも片付けよう。遅いと感じるかもしれないけど、5日間一つずつ片付けたら、5つのタスクが片付くじゃないか。

お前は優秀にマルチタスクをこなせる人間でもないし、独立して華々しいスタートダッシュももう望めそうもない。諦めろ。現実から目を背けるな。そして、焦らず、毎日少なくとも何か一つは片付けていこう。退職して、1ヶ月弱かかって、ようやく私はこの考えに行き着きました。


YouTubeとSNS禁止!

あれもこれも片付かずに、「やらなきゃ」が積み上がっていってしまう大きな原因の一つが、自分しかいない/セルフコントロール激ムズ問題がある。周囲に同僚や上司がいない。別に互いに監視し合ってるわけではないけど、己を律するのは己のみという環境にまだ慣れていない。

誰かからLINEやメッセージが来る。スマホで連絡をチェックする。ここで魔の手が現れる。そのまま仕事やタスクに向き合えばいいのに、SNSを見てしまう。気がつくと、縦型のリール動画やらショート動画を見ていたらもうおしまいだ。沼。時間が溶ける。少なくとも40分ぐらいは未来へタイムスリップしている。

だめ、ダメ。
集中力を増す「Focus …」的なプレイリストを聴いて、集中だ!仕事にとりかかれ!と思い、spotifyを立ち上げる、イヤホンをする。すると、なんということでしょう。今度はどのプレイリストにするかで、また時間が溶けてるではありませんか、、、

己との戦い、己を律する、己しかいないことの過酷さを、これまた40代後半で、独立して、はじめて知り、苦しみ、向き合うことになるのです。

                            

同僚がいない、というより誰もいない

働く場に自分しかいないことによる甘え、誘惑、律することの難しさもそうですが、それも含めて、ともに働く人がいない、同僚がいないというのも自分的には初めての経験です。

私のオフィスは、駅の目の前のビルにある「インキュベーションルーム」です。「この会社/組織が仕事をオファーしてくれるはずだ」という明確で太いアテがある状態で独立したわけではないので、仕事も売り上げもお金も見通しはまったく立っていません。だから、なるべくコストを抑えるべく、オフィスから少し離れた駐車場に車を停めています。

行き帰りは少し歩くことになります。オフィスの立地的に、駅前/繁華街ど真ん中なので、夜、帰る時には、皆さんが連れ立って飲み歩いている波をかきわけていくことになります。

猛烈に寂しいとは、意外にも感じていませんが、22年間市役所で常に誰かと一緒に働いてきた身としては、「あぁ、同僚がいないんだなぁ」と人波に逆らいながらの帰路で強く感じます。


領収書を取っておく。膨大なレシートを仕分けるという喜び?

22年間地方公務員で、民間経験の全くない私が、いきなり起業したので、「民間&経営」という似て非なる2つを同時に喰らっています。右も左も、上も下も、何もかもが分からない。

役所人生で全く使わなかった言葉の一つが「経費」です。経費という概念がない。そんな私がまず行ったことは、ありとあらゆるレシートを捨てないということです。

このレシートが会社の経費になるのか否かは二の次です。まずはレシートを捨てずに財布の中に入れる。頭ではなく体で覚える。お店で「領収書いりますか?」と訊かれようものなら、迷わず「はい、お願いします」と言う。

はじめは領収書やレシートをもらい、財布の中がパンパンになるのがちょっとだけ意気揚々だったなぁ。はじめだけ、、ちょっとだけ、、、


とりあえず、膨大なレシートを設立前の費用/7月分/8月分と分けてみることから始めた様子

この写真は8月19日のもの。7月31日に設立なので、3週間も経っていないのにこの量で、民間気取りも、経営気取りもどこかへ吹き飛んだ。「事務仕事、苦手だなぁ」と思い役所を辞めたのに、役所以上の事務仕事(領収書対応)、しかも頼れる人/分担できる人もおらず、自分がやるしかない(泣)

とはいえ、役所みたいに、若手係員が入力し、それを係長→課長補佐→課長がチェックし、会計/出納セクションがまたチェックするという手続きや時間は必要なく、便利なもので、レシートや領収書をスマホで写真を撮ってアップロードすれば、クラウド会計サービスがその写真を読み込んで、ある程度は「仕訳」もしてくれる。感謝、感謝。愚痴ってないで、ただ淡々とこなすだけだぞ。Just Do It、俺。

生まれて初めてのレシート集め、1ヶ月取り組んでみて分かったことがある。1ヶ月の自分の消費行動のほとんどがレシートとして手元に残り、可視化されるということだ。「俺、蕎麦ばっかり食ってるな」ということが曖昧な記憶や感覚ではなく、レシートとしてしっかりはっきり突きつけられる。

そして、前段で書いた「同僚がいない(≒ちょっと寂しい)」話を蹴散らすかのごとく、出てくるわ、出てくるわ、飲み(会)の領収書が。

何が同僚がいないだ、俺メチャクチャ飲んでるぞ

自分の(消費)行動が見える化されるという副次的効果も享受しつつ、終わりがあるわけではない、この領収書→会計入力というフロー、楽しみながら日々向き合っていきたいと思います。


何もない/一から揃える

ま、これも当たり前といえば当たり前だし、起業する前から頭の中では理解していましたが、「なにもない」。22年間の役所人生なので、コピー用紙も、コピー機も、ペンも付箋も、ホッチキスもホッチキスの針も、封筒もクリアファイルもほとんどの事務用品は職場にある環境でした。

「(そんな状況)、当たり前じゃねぇーからな」

と、極楽とんぼの加藤さんが、起業準備初日から叫んできましたw
でも、幸いなことに、私のオフィスであるインキュベートルームが入っているビルには100均ショップがある。6階のオフィスから3階の100均ショップへ何往復したか分かりませんが、本当に助かっています。100円ではないけど、ビニール傘まで売っているんですね、知らなかった。

ある程度のものがそれぞれの部署ごとに(結構なボリュームで)ストックされている役所と比べると「なにもない」環境になりましたが、100均ショップがすぐ近くにあり、「あ、ない」となればすぐ買いに行けばいい環境になったとも言えます。役所の場合だと:ない→注文する→何日か待つとなりますが、今は:何もない→必要になる→すぐ買いに行ける→解決なので、それぞれ一長一短、良し悪しではなく、環境が大きく変わったという感じです。


銀行印と実印を間違える

このnote、誰かに読んでもらいたいというより、未来の自分に向けての日記のようなものなので書きますが…、恥もかくことになります。会社のハンコをネットで3本セットで購入しました。実印・銀行印・角印の三種類です。で、無知な私の心強いパートナーGemini の教えに従い、法務局に行って、会社のハンコの印鑑登録をしてきました。

初めてのことだし、事務とかが苦手なので、一回では手続きできずに何回かかかるかもなと予め覚悟していたのですが、予想に反して、スムーズに一回で手続き完了。「法務局 印鑑カード」なるものもいただきまして、「あぁ、よかった、よかった」となったわけですが、そうは問屋はおろさないですよね。

弊社の印鑑3本セット

どのタイミングかはもう思い出せませんが、自分で気づいたか、指摘されたのか判明してしまったんですよ、俺が登録したのは実印ではなく銀行印の方だったということが。

3種類あるとはいえ、一つは四角い形の角印ですから、実質"二分の一"を間違えたということになりますし、そんなニブイチという確率の話ではなく、実印と銀行印、間違えるなよという話です。

後日、おずおず、しずしず、法務局に「改印届」に行きましたとさ。


「実績」の重み

会社のハンコができ(登録は間違えたけど)、登記が完了すると、次は会社の「口座」の開設です。お金をいただくにしても、お支払いするにしても「口座」がないと話になりませんものね。不正使用などが相次いでいるので、法人の口座開設はいろいろ大変そうだという感覚をなんとなく持ちながら、クラウド会計サービスがおすすめするネット銀行と、大手メガバンクと2つの口座開設に臨みました。

結論から言えば、思ったより大変ではありませんでした。大手メガバンクはオンラインでの面接があったことは驚いたとともに、本当に実態のある会社なのかをチェックしないといけない手間コスト、そしてこの手間をかけないといけないほどに不正使用があったからなんだなぁと感じました。こういう社会の現状の一端を身をもって知ることができるのも、退職→独立/起業の面白いところです。

二つの銀行の口座開設で、どちらからも求められたものは「会社の取引の実績」。オフィスであるインキュベーションルームの使用許可や会社の登記だけではダメで、「あなたの会社がすでに何らかの仕事を受けて、相手方と交わした契約書や、相手方に請求した請求書」などの取引の実績。ありがたいことにタイミングよく請求させていただける案件があったので、無事に口座を開設することができました。

でも、会社を立ち上げて、すぐに問い合わせや依頼が来ることばかりではないですよね。なんなら最初の一件目をどうゲットできるかが一番難しいのではとも思っています。口座を開設するのも簡単ではないんだなと感じました。

そして何より「実績」というものの重要性や重みについて考えさせられました。どこの誰だか、どこの馬の骨だか分からない人や会社を(外形的に)信用するには「実績」しかありません。どんな会社だか分からないが、少なくとも取引が既にあるとか、あの会社と取引しているなら信用できるなと判断されるわけです。

市役所にいたからこそ、余計にこの「実績の重み≒信用」について痛感させられ、考えさせられました。逆に言えば、役所/公務員の大きな力は予算ではなく、圧倒的な「信用力」なんだと思います。「いわき市役所のイガリでーす」と言えば、多くの集会所の高齢者も、介護施設も、病院も受け入れ、話をしてくれました。俺個人にではなく、「いわき市役所」の持つ信用力があってこそです。

役所を辞め、独立/起業する。これは、「圧倒的信用力」から「信用ゼロ」になるという本当に大きな変化とチャレンジでもあるのかもしれない。そんなことを、銀行口座の開設を通じて思ったのでした。そして、一つひとつ、小さくても実績と信用を積み上げていこうとも思いました。


税金を使うから払う/納めるへ

大袈裟ではなく、本当に毎日何かしらの郵便物が届くので、なんだかよく分からないままに溜め込むか開封するかしてるんですが、「ドキッ」とした記憶が残っているのが「税金」の振込通知書でした。給料から天引きされていたのと、払込用紙で払い込むのと、「払ってるなぁ」の感覚ってこんなにも違うもんなんですね。22年間、税金を使わせていただいてきましたが、これからは納税するカタチで社会に貢献できればと心新たに思いました。

そして
『社会保険料』

昨今のニュースでも、選挙の争点にもなっています「社会保険料」。
これも税金同様、天引きではなく納めるようになって、その存在を強烈に感じるようになりました。先に申し上げておきますと、私はキャリアの後半を医療/介護/福祉の領域に身を置いてきたので、社会保険料の重要性と必要性はしっかり前向きに認識しています。「高すぎる、けしからん」派ではありません。

少し話が逸れますが、「現役世代が高齢世代を支える」とか「現役世代からの仕送り/搾取されている」的な世代間の分断やあつれきを深めるような表現や言い回しって、誰のためにもならないのでは?と思っています。自分たちがしてきたこと/言ってきたことは、次は自分たちがされ/言われるようになるんじゃないでしょうか。だから、ことさらに「世代間」論争をするのではなく、ただし、持続可能な負担のあり方や構造的なムダがあれば効率化させるような取り組みはムッチャ大事なので進めていくということにしていきませんかね。

話を戻します。
天引きから直接納付へ変わり、負担している実感が強まったという話だけでなく、会社の設立に伴い、個人負担に事業主負担も加わったことで、世の中が「社会保険料(の重さ)」を口に出しているのが、より理解できてきました。

基本的に私の会社は私一人の合同会社で、私が代表社員です。分類上は「役員」になるので、給料ではなく「(役員)報酬」になります。報酬は毎年、額を決めたら一年間は、売り上げがあろうがなかろうが、その額を変えられません。今月は売り上げが少なかったら10万円、逆に先月は売り上げが超あったから100万円とはできません。

とはいえ、会社を立ち上げたばかりで売り上げが見込めるかどうか分からない≒役員報酬をいくらに設定すればいいかも分からない。なので、設立から3ヶ月の間は仮の暫定額でOK、3ヶ月以内に一年間の報酬を決めていいよというルールがあります。

だから、私もとりあえず、最初の3ヶ月の自分への報酬は5万円で仮設定しました。この5万円に対する社会保険料を見てみましょう。


freee人事労務より

「世間知らずな、源泉徴収サラリーマン公務員だった」と言えばそれまでの話ですが、月額5万円の役員報酬に対して、個人負担として11,000円、それとは別に会社として11,000円、計22,000円も負担するんですね。5万円に対して22,000円、結構な負担割合だなぁと内心ビビりました。

望まなくても病気になったり、認知症になったり、障がいを持ったり、「生老病死」はお釈迦さまの時代から変わりません。だから、いつかのために、互いが互いを支えていく社会保障は、生きていくにあたって、社会を維持していくにあたって、最も重要だと思っています。一番大事です。
にも関わらず、最近の選挙で、その負担の大きさが争点にもなっている。その理由が、独立/起業して少し分かった気がします。


役所のことが頭から消える

2004(平成14)年にいわき市役所に入りました。なので約22年ほど、市職員として働いたことになります。24歳から47歳まで、働き盛りのほとんど全てです。

ですが、退職して2−3ヶ月して、自分でも全く予想していなかった不思議なことが起きました。あれほど毎日働いていた、いわき市役所のことが、ほとんど頭に浮かんでくることも、気になることもないのです。強がりでも、誇張でもなく、ごく自然に頭から消えました。

これが一般的な感覚なのかは分かりません。
でも、毎日バタバタと働き、暮らしていると、案外、こんなものなのかもしれない。市役所にいると、「市民、市民、市民」と意識しまくりますが、市民側は忙しい日々のなかで「市役所、市役所、行政」とは意識していない。

市役所から離れ、いち市民となり、両方を行き来してみて分かった「(意識の)ズレ」。だから、いわき市だけでなく、全国の公務員の方々に伝えたいのは、「公務員が思っているほど、市民は意識していないから、意識しすぎて固くなりすぎずに、よりよい暮らしに向けて、自然体で臨んでください」ということです。応援しています。


何をやる会社か答えられない

もう、これは私の悪癖としか言いようがありません。

どのメディアやYouTubeを観ても、PR/訴求は「シンプルであるべき」というビジネス指南ばかりです。だから、私及び弊社としては

「グッドデザイン2019金賞及びファイナリスト5位を獲得した"いわきの地域包括ケアigoku(いごく)"を立ち上げた創刊編集長イガリが、独立し医療/介護/福祉の発信とブランディングに伴走します。igokuがあなたの街でも、あなたの法人でも!

といった的を絞った謳い文句とPRを発信し、営業していけばいい。頭の中ではわかっている。一人の会社だ、頭も体もひとつしかない。あれもこれもは同時にできないことは、先にも書いたとおり実感/挫折済みだ。優先順位を立てるんだ、まずは会社を軌道に乗せるんだ。お前がやりたいことは、その後だ!

わかっている、きっちりわかっている。なのに、絞ることができない。思えばずっとそうだった。大学の進学に際しても学部学科を決めることができなかった。文学部って文学しかやらないならイヤだなぁ。法学部も経済学部もしっくり来なかった。だから「国際学部」にした。国際経済/国際政治など、頭に「国際」さえ付ければ何でも学べると思ったからだ。就職だってそうだ。就職氷河期で選択肢などなかったが、それでもメーカーに入ったら、その会社のサービスや商品を売るということに心を決めることができず、市役所にした。市役所なら働く領域の幅が広いと思ったからだ。

47歳にもなって、家族がいるのに、役所を辞め、アテもなく独立起業したのに、まだ「決めれない/絞れない」あり様だ。どこかに甘えがあるんだろう。腹をくくれていないんだろう。

ありがたいことに、会社設立後、いくつか講演のご依頼も頂戴したりして、そんな機会などにメインターゲットである医療/介護/福祉の関係者の方々から「イガリさんの会社は何をされる会社なんですか?」と関心を持っていただいたり、もっと具体に「イガリさんの会社と一緒にやっていきたいけど、何を提供される会社なんですか?」や「私の関係者にアナウンスするけど、どういう会社って言えばいいの?」といったオファーに対しても、言い切れず、あやふやモゴモゴしてしまっている。先方にも自分にも悪い。

この箇所を書いている今日(11月4日)もそうだ。訪ねてきてくださった方の「で、何をなさる会社なんですか?」に答えられなかった、起業して3ヶ月も経つのに…

決める/絞るというのは、それ以外の選択肢を「捨てる」ということでもある。捨てられない、貧乏性なんだろうな。だから、自社のHPもまだできていない。何の会社か決められない/絞り込めないんだから、HPの構成もキャッチコピーも作れるわけないのだ。

とはいえ、こんな状態がいつまでも続くわけがない。受注や相談が減り、資金の底が見えてきたら、厨二病的な甘え/優柔不断などなかったかのように、焦りアタフタするんだろう。お読みいただいている方、かなりウジウジしたこの段落、大変失礼しました。

年内中には、弊社の提供サービスをシンプルに設定し、自社HPをとにかくカタチにしていきます。


請求書を送る/入金される嬉しさ

22年におよぶサラリーマン生活を送っていた身として、「躊躇→不安→恐る恐る→嬉しさ」の過程が最も大きかったのは、請求書を作成し、相手方に送り、入金されるという経験でした。

サラリーマン、ましてや地方公務員では、自分の仕事やパフォーマンスに対して誰かに請求し、誰かからダイレクトにお金をいただくなんてことはまずない。

お仕事やオファーをいただき心の底から感謝しつつも、請求書を初めて送るときはドキドキしたなぁ。そして、入金されたときは超嬉しかったなぁ。

初心なんてものは忘れるためにあるようなものなのかもしれないけど、この「感謝→ドキドキ→嬉しさ」は、いつまでも忘れずにいたいものです。それでも忘れるかもだけど、このnoteをたまに読み返し、思い出し/取り戻していこうと思います。

お仕事くださる皆さん、本当にありがとうございます。
そして、まだ見ぬ「これからお仕事をくださったり、お仕事を一緒にされる皆さん」、ご縁が生まれ、お会いできることを心からお待ちしております。


一件ずつで考えない | 総合的に考える

自分で選び、大きな一歩を踏み出した独立/会社設立だけど、「ひとり」というのは頭で思っていたより大変だし、面白い。

(まだしていないけど)営業をするのも俺、レシートを写真に撮りアップし会計処理するのも俺、クライアントワークに勤しむのも俺だし、自社事業をゆっくりとでも進めるのも俺だ。要は、基本的には全部自分で考えないといけないし、足を運び、手を動かさないといけない。

クライアントワークから自社事業、事務作業といった仕事の「幅」もさることながら、「時間軸」も自分で意識し、考えなければいけない。目の前の仕事や作業に全力で取り組みながらも、頭の中ではどこか先のことや俯瞰的な視点でも眺めないといけない。

ここまで書いてきたように、何も知らず、何もうまくできておらず、もし平均値というものがあるなら、47歳平均を大きく下回っているような体たらくな私のくせに、やりたいことだけは多い。クライアントワークだけでなく、自社によるオウンドメディアを運営していきたいと思っている。

というか、このnoteを2ヶ月もかかって書いている間に、カタチだけだが自社メディア『tile(タイル)』を11月3日にローンチした。


医療/介護/福祉を中心としながらも、それだけにとどまらない、謎の総合/総花的メディアを目指したい。特集も組むし、取材もする。WEBだけでなく、雑誌(紙媒体)の発行もチャレンジしてみる。

公務員しか経験してこなかった人間が設立し、まだ3ヶ月しか経っていない小さな小さな会社。経験も実績も自己資金もクライアントワークも売り上げも乏しい会社が、メディアを立ち上げ、取材もする余力など、どこにあるというんだ。普通に考えたら難しい。

そこで、「抱き合わせよう」となる。ありがたいことに、講演やトークイベントのオファーを、月に一本ぐらい頂戴する。日帰りできそうな案件でも、自己負担で一泊する。そして、取材する。車で行ったり、レンタカーを借りたりして、自分一人で(AIに相談しながら)アテもなく取材する場合もあれば、どなたかがアテンドしてくださる場合もある。

クライアントワークの取材やインタビューでも、一人会社では出会い、つながれないような方とつながれる。さらに、納品する記事やコンテンツとは別に、自分の思考が広がったり深まったりするようなステキなおみやげ/副産物もいただける。その新たな出会いや思考/アイデアが、自社メディアで活かせるかもしれない。

自社でメディアを持つというのは大変かもしれないが、なんでも入れれる大きな容れ物にもなるし、一つひとつの仕事を単発で終わらせずに、つなげたり、別の角度でもう一回使えたりと、複利的に「回収」してくれる装置にもなると思う。

事ここに至ると、仕事のオファーが違って見えてくる。
仕事を選べる身分ではないことは百も承知だが、それでもたとえば、ご依頼の案件の内容/方向性や金額が仮に気乗りしないものだったとしても、その依頼「単発」で判断するのではなく、別の仕事につなげたり、オウンドメディアの取材/コンテンツ化など自社事業にも引っ掛けることができるのでは?という視点や判断材料が加わる。

「すると、なんていうことでしょう」(by 「大改造!!劇的ビフォーアフター」 )

ありとあらゆるご依頼、お仕事が燦然と光り輝き始めるのです。
少し卑近でわかりやすい例をあげましたが、こういったケースだけでなく、トータルでとか「総合的に」考え、判断するということが、独立とともに求められるんじゃないかと思っています。それも、異なる時間軸を組み合わせるカタチで。

まだ緒に就いたばかりですが、大変というより、とても面白く楽しみながら考えたり、妄想したりしています。


論語とそろばん  | いい人になる

「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」

『論語と算盤』 渋沢栄一

次の段落で述べますが、大きな社会課題にチャレンジしたくて、退職し独立・起業しました。民間経験も、ましてや会社を立ち上げ経営していくのも全くの初めてのズブの素人が言うことではありませんが、目指す方針としては「長期的に稼ぐ」。"稼ぐ"というと語弊があるかもですが、なにも億万長者を目指すわけではなく、自分が生きていけて、なおかつ、会社が継続し、事業や取り組みを展開できる程度に頑張りたいと思っています。

持続可能であることと、長期的であること。
目先の売上拡大で乱暴な仕事はしたくありませんし、自社の利益を上げるために外注先やパートナーの皆さんのギャラを切り詰めるようなこともしたくありません。それらは短期的な効果/意味合いしかなく、「長く」は続かないからです。

と同時に、世界のトップを走る、少子高齢化・担い手不足・超多死社会からなる「2040年問題」を乗り越えたいという独立/会社設立の思いは、ともすれば「寝言」に過ぎないことになりかねません。社会を変える、ほんの少しでもよりよくするには、信頼も/ネットワークも/お金も/インフルエンスなども含めた「チカラ」が必要です。

妄想と紙一重ですが思いとビジョンを持ち続けること、
その実現に向けたチカラを少しずつ得ていくこと、
短期と長期のバランスを意識すること、
クライアントワークと自社(メディア)事業のバランスも見定めていくこと。

会社としてはよちよち歩きどころか、寝返りすら打てない赤ちゃんの状態で、こんな先々&壮大なことを考えています。「目の前の溜まりまくったTO DOをこなしてから言え」と、もう一人の自分が突っ込んでいますので、ここらで切り上げあしょう。


何のために辞め、独立したのか(根っこの初心)

自分でも信じらませんが、このnote、書き始めたのは8月下旬です。この段落を書いているのは11月12日です。どれだけ書くのが遅いんでしょう。こんな奴の会社がうまくいくとはちょっと思えません。大丈夫かな、俺。

気が向いた時にちょこちょこ書いて、2ヶ月半。その間に、思いついたり、つまずいたり失敗したりして気づき学んだりして、どんどん雑感が増えていき、かれこれ12,000字ちかい、超大作となってしまいました。誰が読むんだ、これ。

最後に初心を記して、この備忘録的雑感を終えよう。
この3ヶ月も無知や無恥によるさまざまなことが起きてきたが、これからも、営業したり事業を進めるにあたって、もっと色々なことが起きるだろう。笑えないようなことも起きるかもしれない。その時に支えてくれるのは、きっと初心なんだと思う。

以下の画像は退職時に、ご挨拶SNS告知に貼った画像。まぁ言わば、これが初心です。



内心、一人で勝手に焦っています。
日々刻々と、医療/介護/福祉/そして暮らしは、地域によっては静かに、地域によっては音を立てて、軋みはじめている。軋みどころか崩れはじめているところもある。そして、それはこれから2040年に向かって加速度的かつ不可逆的に進んでいく。

に対して、国も業界の巨人たちも、ほぼ誰も明確な方向性やソリューション/アプローチを指し示せていない感がある。結果、まずその皺は当事者と現場に寄せられていく。

「ごめんねぇ、人手が足りなくて、、、」
「ここに住み続けることはできません。隣の町の施設に行くしかないんです、、、」

寄せられたシワの分、誰かが利を得たり、ハッピーになるわけではない。
社会保障費≒社会保険負担は上がるか高止まりし続け、みんなの可処分所得を圧迫するし、介護のチカラが足りなければ、家族がケアに注力しなければならず、自分の仕事や暮らしにも影響する。

家族がいるだけまだマシかもしれない。独居や高齢夫婦のみで暮らしている世帯は増え続け、生涯独身の方も増え続けている。"8050"いや"9060"と呼ばれる問題も水面下でどれほど問題を抱えているのか、誰も正確には把握すらできていない。

2040年に向かってのこれからの15年、傍目で/したり顔で眺めつつ、指をくわえて、「ほうら、やっぱりこうなったか。俺の予想してた通りだ」と言ってるだけの自分と人生はイヤだなと思った。

とはいえ47歳。自分がそれを解決できるだなんて、ジャンプに出てくるヒーローのようには思わないほどの分別ぐらいは(やっと)持てている。

指をくわえて傍観しているのイヤ、とはいえ解決するチカラがあるわけではない。子どもも4人もいて、まだ誰も自立していない。

でも、結果、退職/独立/起業したわけだ。
具体にやることも、提供できるサービスもまだおぼろげだし、そもそも民間経験もないのに、いきなり起業だ。

それでも行動指針はただ一つ「やってみる」だ。
少なくともトライはした、チャレンジはしたと言えれば、それでいいのかもしれない。私にとって最悪なのは、人生を振り返ったときに「あぁ、あの時に、、、」と後悔を残してしまうことだから、多分。

ま、どうなるかは分からんが、とりあえず、やってみます。


もう一つ、社名でもある「ソラリコ」について。
「誰のため/何のため」の会社なのかを社名にしました。

我が四人の子の三番目のソラと四番目のリコは自閉症です。われわれ親が生きてても亡くなっても自分たちらしく暮らせる社会を望んでいますし微力ながら目指していきます。二人が自分らしく暮らせる社会は、きっと多くの人にとっても暮らしやすい社会のはずだと思うんです。

そんな社会にするのに必要なら、医療も介護も福祉ももっともっとつなげるお手伝いをしたいです。
そんな社会にするのに、みんなが/互いが心を開き合うことが必要なら、自分も含めみんなの心が自然にほぐれるようなアクションをやってみる。
つらい社会を少しでも明るくすることが必要なら、「面白がる」力を見せていく。
自分の暮らす街だけでは足りないなら、ご縁ある全国各地にお邪魔します。

「ソラとリコのため」と目標やターゲットをシンプルに絞ってチャレンジしたら、結果、いろんな人たちの生きやすさや暮らしやすさにつながるんだと信じています。


ソラとリコ


長くなりました。
読み進め、ここまでたどり着いた人はきっと誰もいないでしょうw
全然問題ありません。
一年後、三年後、十年後だったり、自分が「苦しいな」と感じたときに立ち戻るための備忘録的初心&雑感なんだから。

毎日、「大変だー」とか「あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ」とか叫びまくってるが、ツラいと思ったことは一度もない。毎日が刺激的で、面白くて、幸せだ。家族をはじめ、関わってくださる全ての皆さんに感謝しながら、これからも毎日、面白がりながら、Struggleしていきたいと思います。

どうぞよろしくお願いしまーす。
お仕事のお問い合わせもお待ちしてますからねw


TOP画像は入居直後の様子で、↑こちらは3ヶ月経った様子


【追記】2025.11.22
この記事を読み込ませて図解ビジュアルを指示したら、nano banana proが作ってくれました。ものの何秒かで。すごすぎる。

さらに、sunoに投げてみたら、俺が好きなブラジル音楽(ボサノバ)で、歌を作ってくれました。AIが凄すぎて、ますます、弊社に何ができるのか不安になりましたw




お読みいただきありがとうございました。
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本投稿は2025年で13本目。

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