掌編夜話集 ep1|いつもの夜
夜、老舗Barオシャンティは、雨上がりの匂いがまだ残っていた。
扉が開くと、ジェイコブはいつもの笑顔で顔を上げる。
「こんばんは。お足元、悪かったでしょう」
常連の青年が、少し疲れた顔で席に腰を下ろした。 ジェイコブは何も聞かず、氷を転がしながら穏やかに微笑む。
「今日は、ちょっと甘いのにします?」 「……ああ、そうしようかな」
一杯目が減る頃、青年はぽつりと仕事の愚痴をこぼした。 ジェイコブは相槌も大げさに打たない。 ただ、うんうんと優しく頷きながら、手元のグラスを磨き続ける。
「大変でしたねぇ。でも、ちゃんと来られたんですから、えらいですよ」
その一言に、青年の肩の力が少し抜けた。
帰り際、青年が「また来ます」と言うと、 ジェイコブはいつもの柔らかい笑顔で、 「ええ、いつでも。席、空けておきますから」 と静かに返した。
扉が閉まると、店にまた静けさが戻る。 ジェイコブは磨いたばかりのグラスを棚に戻し、 青年が座っていた席を、ほんの一瞬だけ見つめた。
ep2
笑い声が重なる夜
