軽くなる世界で、重みを語る三人|老舗BAR オシャンティ キノコで深酒 Vol.6
──ここは、街の片隅にある小さな老舗BAR オシャンティ。
私はバーテンダーのジェイコブ。
夜が深まるほど静けさが濃くなり、 グラスの音だけが、ゆっくりと時間を刻む。
カウンターの向こうで、私はいつものようにグラスを磨いていた。
さて、今夜はどんなお客様がいらっしゃるのか── そう思った矢先、扉が静かに開いた。
カラン……カラン……
どうやら、今夜も誰か来たようですね。
おお、常連さんの一人、元官僚の佐伯さん。 今夜は、お仕事仲間の若いコンサルの綾香さんと、 昔からのご友人だという職人の源さんを連れて来られたようです。
さてさて、今夜はどんな“本音”が聞けるのでしょうか。
どうぞ、こちらへ。
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佐伯
……いや、ほんとにさ。
この国はもう“縮んでいく”ことに慣れちまったんだよ。
綾香
縮むって、何がです? 経済指標ですか?
佐伯
数字の話じゃない。
“文明の気迫”みたいなもんだよ。
源
ほう……気迫ねぇ。
そりゃあ、最近の若ぇ衆見てりゃ分かるわ。
道具の手入れひとつ満足にできねぇ。
綾香
それは技術継承の問題では?
源
問題は“気持ち”だよ。自分の手で仕上げる覚悟がねぇんだ。
佐伯
官僚の世界も同じだ。
ある日な、上から“この政策の理由は?”って聞かれて、誰も答えられなかったんだよ。
綾香
理由が……ない?
佐伯
“前例があるから”
“雰囲気的にそういう流れだから”
“責任取りたくないから”
……全部そんなもんだ。
源
ははぁ……そりゃあ、道理なんざ育たねぇわな。
俺の仕事でもよ。
若ぇのが“効率化”だの“合理化”だの言ってきてな。
そりゃあ便利にはなる。
でもよ──
手が覚えるべき道理が、全部削られちまう。
結果、仕事が“軽く”なるんだ。
綾香
軽く……?
源
重みがねぇんだよ。
“自分が何を作ってるのか”っていう重みが。
綾香
……それ、分かるかもしれません。
(綾香はグラスを見つめた)
佐伯
そうそう。
でな、俺が読んでるマガジンに書いてあったんだが……
“道理を知らないまま国を運営すると、文明は縮退する”ってな。
綾香
道理……ですか。
それ、定義できます?
佐伯
定義できるかどうかじゃない。
“本来こうあるべきだ”っていう筋道のことだよ。
綾香
でも、現代社会で“こうあるべき”って危険じゃないです?
価値観は多様化してるし……
源
多様化って便利な言葉だな。
何でもかんでも“人それぞれ”で済ませりゃ、そりゃあ筋も通らんわ。
◆ 綾香
……でも、さっきの“文明が縮む”って話、正直、まだピンと来てないんですよね。
佐伯
だろうな。
俺だって現役の頃は“縮退”なんて言葉、笑い飛ばしてたよ。
(佐伯はグラスを揺らし、 琥珀色の液体を眺めながら、ふっと息を吐いた)
佐伯
で、そんな国の話をな、さっきの俺が読んでるマガジンの作者が泥酔しながらAIに語ってるんだよ。
(佐伯は急に笑い出した)
佐伯
いやほんと、あの人さ…… 吐くまで飲んで、便座の上で共同体構想語ってんだぞ。
頭はキレるのに、やってることは完全に馬鹿だ。
でも── その馬鹿さ加減が、妙に真実味を突くんだよ。
綾香
……便座の上で共同体構想……?
そんな状態で書いた文章、信用できるんですか?
佐伯
逆に信用できるんだよ。
酔ってるから、建前が全部吹き飛んでる。
“本音だけ”が残る。
源
なるほどなぁ……酔っ払いの戯言ほど、核心突く時があるってやつか。
(三人は思わず笑うが、 佐伯の目は真剣)
佐伯
でな、これは、その人の別のマガジンに書いてあったんだが…… “神を捨てた国は子を捨てる” って言葉がある。
綾香
神……?
佐伯
宗教じゃない。“道理”のことだ。
筋を通す、正しくある、そういう根っこ。
それを捨てた国はどうなるか。
(佐伯は指でカウンターを軽く叩いた)
佐伯
生存競争に負けて、貧しくなる。
貧しくなった国はどうなるか。
子どもを育てられなくなる。
老人も支えられなくなる。
最後は、子捨てや姥捨てが“合理的な選択”になる。
……そういう話だ。
源
……冗談じゃ済まねぇな。
綾香
でも…… なんか、分かる気がします。
(綾香はグラスを見つめた)
綾香
私の会社でも、数字が良ければ成功って空気があって。
……でも、数字が良くても、現場が疲弊してたり、
顧客が離れてたりするんです。
源
ほらな。数字だけ追うと、仕事が“軽く”なるんだ。
重みがねぇ。
佐伯
道理を捨てると、国も企業も、軽くなる。軽くなると、縮む。
……そういうことだ。
綾香
……読んでないのに、なんか、腑に落ちてきました。
源
読んでなくても分かるさ。
道理ってのは、本来、誰の中にもあるもんだ。
(三人の間に、静かな共感が流れた)
佐伯
そう、道理を捨てた結果、
国も企業も、縮むのが当たり前になっちまった。
綾香
でも…… もし“道理”が本当に必要なら、
どうやって取り戻すんです?
源
簡単だ。
“自分の仕事に筋を通す”ってだけだ。
佐伯
そして、筋を通す人間が増えれば、国の縮退も止まる……かもしれん。
綾香
……なんか、数字じゃ測れない話も、
たまには悪くないですね。
源
おう、綾香ちゃん。
たまには手ぇ動かしてみろ。
道理は、案外“手の中”にあるもんだ。
佐伯
そうだな。
“道理”はどこかで顔を出す。
(綾香は小さく笑った)
綾香
……じゃあ私も、便座の上で共同体構想を語るべきですかね。
源
やめとけ。
レディがやるもんじゃねぇ。
(三人の笑い声が、 静かなBarに柔らかく響いた)
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(ジェイコブ)
人は、酔うと本音が出ると言いますが──
どうやら本音は、 酔わずとも“語り合う場”があれば自然と滲み出るもののようです。
道理とは、
誰かが教えるものではなく、
誰かが押しつけるものでもなく、
こうして人と人が向き合う中で、
静かに形を現すものなのかもしれません。
文明が縮む夜でも、
本音を語る人々がいる限り、
灯りはまだ消えないのでしょう。
さて、今夜は刺し呑みならぬ鼎談でしたが、
いい話を聞かせていただきました。
またのご来店を、お待ちしております。
この記事の元ネタになっているシリーズ第一話はこちら
↓
全部、下っ端に支配された結果です1/13|読者4分裂の真相
Vol.7
毒茸につままれた夜
Vol.5
思わず聞き耳、若人三人創作談義
※2026/6/11 サブタイトルを変更しました。
旧サブタイトル「今夜の刺し呑み」
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魔法人 第4号 特集:全部、下っ端に支配された結果です
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