「ギター、弾けるの羨ましいな」——その羨ましさが、今も僕の隣で鳴ってる
先週、友達の結婚式に行ってきた。
久しぶりに会うやつらがバンド演奏をしていた。みんな、完成度が高い。あと前と違ってなんかこう、ちゃんとしっかりしてる雰囲気も加わってる。うわ、すげえな、って素直に思った。
現実は厳しいって言うけど、こんなふうに人にばんばん見せていけるやつは、いつか普通に何かが仕事になるんだろうな、って。
その中に、ひとり、特別にすごいやつがいる。
僕にギターのことを教えてくれた人で、音楽の話をするとめちゃくちゃ面白い。ただの「すごい人」じゃなくて、ただ普通に、一緒にいて面白い友達でもあった。そういう人。その人のことは記事の最後に置いておくから、よかったら覗いてみてほしい。
で、その完成度の高い空間に座ってると、ある記憶が勝手に巻き戻ってくる。
大学のとき、軽音サークルに入ってた
僕がギターを触りはじめたのは、大学から。完全に初心者だった。
入ってみたら、みんな、うますぎた。圧倒的に。新歓のとき、その友達に「いつから弾いてるの」って聞いたら、小学校から、って言われて、ひっくり返った。こっちは大学からで、向こうは小学校から。
スタート地点が、十年ずれてる。これは、対等になれないな、って感じた。勝てないとかじゃなくて、同じ土俵に並べない。怠けてたんじゃなくて、土俵がそもそも別だった。
いるの恐れ多くて、やめたいなとは時々思ってた。でも結局いたのは、辞める辞めないとかじゃなくて、みんなやさしいし、みんな普通に面白かったから。そんな感じ。
ただ、うまい人たちの真ん中にいると、何かに逃げたくなるんだよね。
僕の逃避先は、税理士試験の勉強だった
おかしな話で。学生だったから、本来そこは勉強すべき場所じゃない。サークルにいるべき時間だった。でも、ステージで勝てない引け目から逃げるみたいに、僕は税法のテキストを開いてた。逃避先として、税理士が差し出されてた、みたいな感覚。
で、何年も経って気づいたんだけど。
その「逃げた先」が、今の武器になってる。
僕はメインのステージでは対等に並べる気がしなかった。3年ほど時間と体力を使ったのに。だから、なんて言うんだろうね、場外戦法に行かざるを得なかった。本当はみんなみたいに、ステージの真ん中に立ちたかった。その羨ましさは、今でもちゃんとある。
でも、その羨ましさを抱えたまま、場外でずっと手を動かしてると、嘘から出た真みたいに、何かが生まれてくるんだよ。
逃避先だったはずの税法も、人とのコミュニケーションも、いつのまにか自分の陣地になってた。メインステージで勝てなかったやつが、場外でだけ拾えるものって、たぶんある。
結婚式でかまされた完成度と、軽音でかまされた完成度
同じ「人の凄さにかまされた」が、人生で二回起きてる。でもその二回が、僕を場外に押し出して、今の場所まで連れてきた。
で、最近ふと思ったんだけど。
寿司を握るカウンターの店長と、ステージのギターリスト。あれ、似てないか。どっちも、真ん中にいる人だ。カウンターの内側、ステージの上。自分が中心にいて、人がそれを味わいに来る。食べて楽しむ側、聴いて楽しむ側を、一身に引き受けてくれる人。
僕がずっと羨ましかったのは、たぶんギターそのものじゃなくて、その「真ん中に立てる人」なんだと思う。一方的に、渡せる人。僕はいつも、握ってもらう側、聴かせてもらう側にいた。
……で、その「真ん中」に、税理士の僕が本当に立ちにいったら何が起きるのか。電卓を叩いて計算してみた記事を、別で書いた。羨ましさを、経済学に翻訳した話。よかったらこっちも。
▶ 88万円って、安いかもしれない ─ 寿司アカデミーに行こうか迷ってる話
ギター、弾けるの羨ましいな。
たぶん、その羨ましさが消えなかったから、僕はいまだに何か作り続けてるんだと思う。
で、ここからが、この記事のいちばんできすぎてる部分。冒頭で言ってた、すごい友達。その人、今、ギターで「勉強用・作業用のBGM」を作ってるOyasumi Guitar っていう。
笑っちゃうよね。僕が逃げ込んだ「勉強」と、その羨ましかった「ギター」が、とっくに一個になってた。あのとき羨ましかったギターが、めぐりめぐって、勉強のとなりで鳴る音になってる。
聴きながらこの記事書いた。
▶ おすすめの一本(勉強用ギターBGM)
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この人のセンス、僕が保証する。
この物語が、次の物語へ繋がれてる。
そんな続きのお話です。
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