ナラティブに全部つながってた ― 未知への挑戦が、旧友との関係まで書き換えた話
最近、「ナラティブ」って言葉をよく聞く。
物語で人を動かすとか、自分の物語を語り直すとか。なんか今ちょっといい感じがする。
ただ、難しい話をするつもりはなくて。今日はひとつ、自分でも「これ、なんで繋がってるの?」って笑っちゃった話を書く。
この前、友達の結婚式に行った話を書いた。バンドの完成度にかまされて、軽音時代の引け目を思い出して、みたいな記事。
実はあの同じ結婚式で、もう一個、不思議なことが起きてた。
「しょうへい、なんかコミュ力上がったよね」って言われたんだよね。社交性あるよね、って。
いやいや待ってくれ、と。僕、めちゃくちゃ緊張しいなんだけど。その日もそんなにベラベラ喋れてたわけじゃない。なのに、なんでそうなるの、って。
そもそも僕の長年の悩みは、それだった。人前で緊張しちゃう。
税理士試験の会場でも緊張するし、お客さんの前で話すのも怖い。昔、説明会で頭が真っ白になって何も喋れなくなったこともある。緊張しいっていうのが、ずっと自分の中の弱点だった。
そんな僕が、ある日シンギュラボっていうオンラインのコミュニティに入った。
正直、入った理由はなんとなく。強いて言えば試験で緊張しないための度胸をつけるため。オンラインなら、画面の向こうだし、まあなんとかなるかな、って。一番ハードルが低いところから、そっと入った。
で、入ってみたら。
当然、緊張する機会だらけだった。それどころか、予想もしてなかった種類の緊張があった。オンラインの座談会の司会とか。機会をいただいたものは、とりあえずできる限りやった。
そのレポがこの記事です。
そしたら、やっぱり、度胸がついた。
画面の向こうとはいえ、人前で何かをやる回数が、人生で一番増えた。失敗しても死なないし、みんな優しい。場数って、こういうことか、って。緊張しいが治ったわけじゃない。でも、緊張したまま動けるようにはなった。
ここからが、もっと想定外のパートです。
シンギュラボで度胸がついたら、なぜかリアルの僕の評価が変わりはじめた。
冒頭の結婚式の「コミュ力上がったね」もそうだし、人が集まる場で、前より社交的に見えるようになったらしい。緊張しいで、大して喋ってないのに。なんか、私生活まで良くなってきた。
いちばん不思議だったのは、過去の人間関係まで動いたこと。
学生時代、そんなに話さなかった友達がいる。当時はなんとなく距離があった。でも最近、その友達と、めちゃくちゃ深い話をするようになった。しかも短期間で、学生時代の何倍も長く。飲みの席で、当時できなかった話を、今やってる。
そこからさらに、その友達の友達と繋がって、仕事の話まで広がって。もう「これとこれが繋がってる」みたいな細かい線の話じゃなくて、糊でべったりくっついちゃってるんじゃないか、ってくらいになってる。
これ、ちょっと考えてほしいんだけど。
オンラインのコミュニティに、緊張しながら一歩入った。それだけ。
なのに気づいたら、オンラインの自分も、リアルの今の自分も、学生時代の昔の友達との関係も、ぜんぶ動いてた。普通だったらバラバラの点のはずなんだよ。オンラインと、リアルと、現在と、過去と。それが、僕の中では一本に繋がって、全部連動してる。
最近よく聞く「ナラティブ」って、僕の場合は結局これのことだった。遠い領域を紡いで、一つの物語にする。バラバラの点を、自分の中で一本の鎖にしちゃう。
そういう生き方に、最近ようやく名前がついた気がする。
(連環ナラティビスト、とでも名乗ってみようかな〜なんて)
しかもこの鎖、横にだけ伸びてるんじゃない。
実は僕、物心ついた頃からずっと、お父さんと魚を追いかけてる。それがめぐりめぐって、今は自分で寿司を握るところまで来てる。オンラインの友達の話と、子どもの頃の沼のザリガニが、僕の中では同じ鎖の上にある。その話は、次に書きます。
オンラインの一歩が、こんなところまで繋がるなら。
ナラティブ、楽しい!
続き、家族とお魚のナラティブです🐟
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