僕のナラティブは、たぶん魚でできてる ─ザリガニ獲りから、寿司まで
前回、シンギュラボ(オンラインのコミュニティ)に一歩入っただけで、人間関係が横にぶわっと繋がっていった話を書いた。
今日はその続きで、もう一本の鎖の話。横じゃなくて、縦。時間をずーっと遡る方向の連環です。
これも、自分で気づいたとき笑っちゃったんだよね。あれ、僕、ずっと同じことやってない?って。
最近、僕は素人ながら寿司を握る。京都まで握りに行ったりもしてる。
なんで税理士事務所のスタッフが寿司なんだ、ってよく言われる。でもこれ、唐突に始まったことじゃなかった。糸をたぐると、めちゃくちゃ長いところまで繋がってた。
そもそも、魚はお父さんから始まった
僕のお父さんは、昔、親戚のおじさんと魚釣りに行くのが趣味だった。ザリガニとか、そういうのを獲りに行ってたらしい。僕が生まれるより前の話。
で、それが、僕の代に降りてきた。
うちの近くに、沼があるんだよね。子どもの頃、僕はそこでよくしゃがみこんで、ザリガニやメダカを獲ってた。お父さんと一緒に。水の中からこっちを見てるザリガニと、にらめっこするみたいに。物心ついたときには、もう魚を追いかけてた。幼稚園くらいから、ずっと。
一回、切れたように見えた
それが、中学生くらいまで続いた。
で、大学生になったあたりで、なんとなくやらなくなった。沼にも行かなくなって、ああ、子どもの頃の遊びって終わるんだな、くらいに思ってた。
繋がりが、一回切れたように見えた。
ところが。
その頃ちょうど、お父さんがお客さんと釣りに行くようになったんだよね。仕事の付き合いで。そしたら自然と、「お前も来るか」って感じで、僕も一緒に行くようになった。
沼のザリガニが、海の釣りに変わっただけだった。途切れてなかった。相手も、お父さんのまま。
ぜんぶ、魚で繋がってた
ここで、あれ、と思ったんだよね。
おじさんとお父さん。お父さんと、子どもの僕。沼のザリガニ。途切れたと思った大学時代。釣りでの再合流。そして今、自分で握る寿司。ぜんぶ、魚で繋がってる。三代にわたって、形を変えながら、ずっと魚を追いかけてた。
おじさんの釣り竿から始まった鎖が、めぐりめぐって、僕が魚をさばいて握るところまで来てる。最近は、魚の頭を落とすのもできるようになった。子どもの頃、沼でザリガニ掴んでた手で。
普通に考えたら、ザリガニと寿司なんて、関係ない。でも僕の中では、同じ一本の鎖の上にある。
最近よく聞く「ナラティブ」って、僕の場合はこういうことなんだと思う。遠く離れた点を紡いで、一つの物語にする。バラバラに見える過去を、自分の中で繋いじゃう。
そういう生き方に、最近ようやく名前がついた気がする。
連環ナラティビスト、とでも名乗ってみようか。
この鎖、まだ先がある
寿司を握るようになってから、僕の中で寿司は「ただの食べ物」じゃなくなった。税理士事務所スタッフとして電卓を叩いて損得を計算した話——いろんな方向に枝が伸びてる。そのへんは、別の記事に置いてあるので、よかったら。
子どもの頃、お父さんと沼でザリガニを獲ってたのが、こんなところまで繋がるなんてね。
いいね〜ナラティブ!
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寿司のTシャツから、盆栽へ。こっちはもっと短い寄り道の鎖。
ディズニー映画も、台湾のランタンと繋げて観てた。遠いもの同士を一本の線にする癖、こっちにも。
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