【小説】黒猫はあの子のために一億貯める #1 (文学フリマ大阪)
9/13の「文学フリマ大阪14」で頒布する小説の前半部分を順次、こちらにて公開いたします。是非読んでいただいて、ご興味を持たれましたら、当日ブースまでお越し頂けますと幸いです。会場は入場無料です。ここでしか読めないオリジナルのエッセイ・小説・評論がありますので関西近郊にお越しの方は、是非お越しください。
黒猫はあの子のために一億貯める
#1
窓ガラスに、夜とおれが映っている。
夜は引っ込み思案だから、普段は見えない。
植木鉢に溜まった泥水の中で、黄色い三角がひとつ、寂しげに揺れていた。
おれと夜は、すこし似ている。
つやのある黒い毛並み。ぴんと尖った三角の耳。薄緑の目。おれも首輪をしない。昔からだ。
背中の方で、直花の呼吸がゆっくりになった。やっと寝たらしい。
朝まで、あとどれくらいだろう?
今日はまだ、全然稼げていない。
――早く、仕事を探さないと。
本棚の上に乗って、ヒゲをピンと立てる。
こうするとWiFiの掴みがいい。目をつぶって、ネットに繋げた。
ネットというのはニャンターネットの略で、遠くの猫とも繋がれる便利な仕組みだ。
仕事募集サイトを覗く。
ミャウンワークも見るけど、最近はもっぱらニャンディードだ。
猫は寝てばっかりだ、なんて言う人がいるらしい。けど、それは誤解だ。
寝ているように見えて、こうやって真剣に仕事を探してるんだ。
もちろん、本当に寝ている猫もいるだろうし、もしかしたらそっちのほうが普通かもしれないけど。少なくとも、おれはいつも仕事を探している。
――今日募集している仕事は、と。
『重力検査員』の募集があった。やった。これは時給がいい。
いろんな場所の重力を検査する仕事だ。人間もガスや電気を点検するという。重力だって、誰かが見張らないと困るんだろう。
具体的には、テーブルからコップやペンを決められたタイミングで落とす仕事だ。落ちなかったら世界が崩れかけているらしい。時給一六〇〇ニャン円。
応募ボタンを押したら「募集は締め切られました」と出た。
あぁ、爪の先の差で間に合わなかった。……深爪されてるからかもしれない。
しょうがなく、他の仕事を探す。
……ちょっと危ないが、これはどうだろう。
『袋安全点検員』。
袋や段ボールに飛び込んで、底が抜けないか点検する仕事だ。体力仕事だから、それなりに時給はいい。ちょうど一〇〇〇ニャン円。
運動は苦手だけど、背に腹は代えられない……と迷ってる間に募集が終わっていた。
若い猫、これ好きだからな。人気なんだよな。
仕方なく、『窓辺警備』に応募した。
この仕事は、もっぱら老猫がやる仕事で、時給も低い。けれど、いつも確実に仕事がある。時給は八〇〇ニャン円だった。
応募したら、たちまち連絡が届いた。今日の担当は北北西方面だ。
本棚を駆け下り、窓辺のキャットタワーの最上段に登り、北北西の空や屋根の上を監視する。カラスや車を見かけたら、本部に報告。外で暮らす仲間たちに知らせてもらう。
見飽きた風景。だけど仕事だから、欠伸を噛み殺して真剣に窓の外を見続けた。
時間が過ぎるにつれて、少しずつ夜が年老いていく。
空のてっぺんで威張り散らしていたのに、今では地面すれすれで休み始めた。
そろそろ朝が来る時間だ。
窓に映るおれの姿も少しずつぼやけて、朝もやに溶けていく。
新聞を運ぶバイクの音が、歌が下手くそな鳥の声みたいに響く。
おれは背中越しに、直花の気配に耳を澄ませた。
寝苦しそうな声が漏れている。
振り返ると、直花が体を丸めたまま、小さな声で呻いていた。
ふとんが袋の形に膨らんでいて、その上に直花の細い指が添えられている。
直花の手が、ずっと袋を押さえていた。
憎んでいるのに、離したくないみたいに。
今日はだいたい五時間働いた。
稼ぎは四千ニャン円。口座にはそろそろ三千万貯まったはずだ。
これだけあったら、毎日鯛のお頭付きを食べたり、悠々自適の生活をするのが普通の猫だろう。
でも、おれは無駄遣いはしない。
お金で魔法が買える、と聞いたことがある。
人間を猫にする魔法は、三千万。
猫を人間にする魔法は、五千万。
そして、どんな願いでも叶える魔法が、一億。
お金さえあれば、三つの魔法のうち、ひとつだけ買えるらしい。
昔はそれで、長靴を履いて人間みたいに生きたり、百万回生きたり死んだりした猫もいたと聞く。でもおれは、自分のために魔法を使いたいわけじゃない。
ベッドの上で直花が伸びをした。
長い髪の毛を後ろ手でまとめながら、のそのそと起き上がる。
まだ窓辺警備の仕事が終わってない。だから、直花のところに行けなくて、キャットタワーからじっと視線を送った。
寝ぼけ眼で部屋を見回していた直花が、ようやくおれを見つけた。
目を細めながらそっと手を伸ばして、すべすべした手でおれの額を撫でる。
心地よさに思わずぐるりと唸りそうになるが、まだ仕事中だ。ぐっと堪えた。
「おはよ、クロ」
構わず直花が話しかけてくる。
「相変わらず愛想ないね、お前」
仕事中だからね。
「ま、いいけどね」
そう言うと、直花は欠伸をしながら窓を少しだけ開けた。
淀んでいた部屋に、外の空気がするりと流れ込む。
草、土、花、排ガス。
濃い外の匂いに、鼻の奥がつんとする。
「ん、いい天気だね」
窓の外を見ながら言うと、そのまま直花は洗面所に消えていった。
きっと、あの袋の中身を捨てているんだ。
おれは知っている。
あの袋が、直花を苦しめていることを。
直花のお腹の袋を、なくしてあげたい。
そのためにおれは、一億を貯める。
おれは、直花を愛してるから。
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