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【小説】黒猫はあの子のために一億貯める #2 (文学フリマ大阪)

あらすじ:シナリオライターと一緒に暮らす黒猫のクロは、一生懸命、窓辺警備の仕事をしてお金を貯めていた。

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#2

 昼が空に居座る頃。

 起きてからずっと、直花はパソコンに向かっている。
 テーブルに積み上げられた雑誌や本の隙間から、コップやペットボトルが雑草みたいににょきにょきと生えていた。
 テーブルの上は混み合っていて、おれの居場所はない。だから本棚の隙間に身体を滑り込ませる。おれの身体がぴったり収まるここが、おれの定位置だ。
 ここからは、直花の様子がよく見える。

 指先が踊るみたいに、トコトコとキーボードを叩く。
 じっと画面を凝視して、口元をかすかにゆるめる。
 怖い顔でボタンを連打して、急にテーブルがガタンと鳴る。

 直花の仕事は、そんなふうにしながら、お話を考えることだ。
「ライター」とか「脚本家」と呼ぶらしい。よく「ライターの井住です」「脚本を担当します」と、上ずった声で話しているから、おれもすっかり覚えてしまった。
 働いているのは、おれだけじゃない。
 直花も毎日、働いているんだ。
 毎日パソコンに向かって、たくさんのお話を考えている。
 窓辺警備ばかりのおれとは違う。直花はすごい。

「どうしてですか! そんなこと聞いてません」

 直花の声がキンと響いた。
 しばらく経って、パソコンからしょぼくれた声が返ってきた。
「……ぼくもさっき知ったわけですから、そりゃ聞いてないでしょうよ」
「最初から言ってましたよね。締めのシーンは、登場人物が揃うって」
「言ってたよ。けどスケジュール取れなかったんだもん」
「そこを何とかするのがプロデューサーでしょう」
「制作会社のプロデューサーなんて、ただの便利屋ですよ。期待する方が馬鹿ですよ」

 言い合ってるのは、魚泉だ。
 「魚泉でございます」「魚泉ですが」という、ぼやぼやした声を何度も聞いた。画面には、鳥の巣みたいなもじゃもじゃ頭と、そら豆みたいに平べったい眼が映っている。

「はいはい、またその顔……」
 直花の眉間にもう一本、しわが寄った。
「カメラ消しててもわかるんですよ。君、いま完全に僕を殺したい顔してるでしょ」
「してないです」
 していたよ。
「駄目でしょ、女優だったんだから。もうちょっと愛想良くむすっとできません?」
「ほっといて」
「そんな怒ってばっかり。せっかくの美人が台無しですよ?」
 魚泉の言い方は癪に障る。けど、おれも同じ意見だ。

 直花はひとりの時でもよく怒っている。
 お茶をこぼしたり、足の指をぶつけたり、探しものが見つからなかったり。うまく行かないことがあるたびに、眉間にしわを寄せて「もう、どうして!」と叫ぶ。

「とにかく、これで最終話は書き直しだから。時間もらいます」
「はいはい、承知してますよ」
「はい、は一回でいいです」
「はいはい。ではでは、洋ちゃんはスポンサー様との打合せに向かいますので。またまた」
「死ね」
 通話が切れた後も、「鳥の巣の分際で喋んな」「お前も顔が長いのどうにかしろ」と呟いていた。やがて「はぁぁ」と、ドライヤーが唸り死ぬみたいな大きな溜め息を吐いた。
 そのまま肩にかけていたストールをベッドに投げつけ、洗面所へ入っていった。
 ストールがふわりと着地する。
 その絶好の機会に、おれは本棚を駆け下りた。
 ストールの上に降り立ち、ぐるりと一周して場所を吟味すると、前脚を畳んで香箱座りをする。直花の匂いに包まれて、ついついヒゲがだらりと緩んでしまった。

 直花の香りを胸いっぱいに吸い込みながら、部屋を見回す。
 ベッドには、クッションが山ほど置いてある。
 海外のホテルに憧れて、直花はベッドに色とりどりのクッションを置いている。けれど、結局寝る時はクッションを床に蹴り落として、ぐちゃぐちゃの布団に潜り込んでる。
 その奥には、カサカサに乾いた観葉植物。
 たしか「緑のある丁寧な暮らし」と言っていたやつだ。
 目が覚めるような真緑の葉っぱが、今は完全な枯れ木だ。直花はぼそっと「ドライフラワーみたいなものよ」と言い訳していた。
 その下に、プロジェクターが埃をかぶって転がっている。
 映画を壁に映して、ワインを飲みながら夜を楽しむとか言っていた。けど、ケーブルの接続がわからなくて放置している。
 他にも、シルクのパジャマはベッドと壁の隙間に詰まったままだし、ワイン色のアロマボトルは空っぽのまま、中に虫の死骸が入っている。
 直花はそれを見て、よく大きなため息を吐いている。気に入らないみたいだ。
 かといって、片付けたりはしないようだった。できないのかもしれない。
 けれどおれは、この部屋はとても落ち着いて好きだ。

 天井を見上げたままのプロジェクターのレンズは、道端で見つけたビー玉みたいだ。アロマボトルの滑らかな曲線は、猫の背中みたいで。隙間に詰まったパジャマは、カチカチの古雑誌みたいにひんやりして気持ちがいい。
 どれもなんだか昔のねぐらを思い出す。

「クロ……そこ乗っちゃだめだよ」
 帰ってきた直花が、おれの隣に腰掛けた。そのまま、ごろんとベッドに横になる。
 直花の細い指がのびて、おれの顎の下をくすぐった。
 おれは顎を持ち上げた。もっとやれ、の合図だ。
 直花の指が、おれの胸元から背中へゆっくりと滑る。
「また怒っちゃったね。わたし」
 おれは小さな声でにゃあと鳴いた。大丈夫だよ、のサインだ。
 直花の指が、おれの身体を何度も行き来する。何かを確かめるみたいに。
「ね、物語の終わりは、みんなで迎えるべきよね」
 わからないけど、たぶん。
「……それってわがままだと思う?」
 直花がじっとおれの瞳を覗き込んだ。
 直花のとび色の瞳に、真っ黒なおれが映るのが見える。
「……そうだね。わがままだね」
 そうこぼして、おれの首元に抱きついた。
「でも、物語の中ぐらい、わがままは叶えられるべき」
 そう言って、おれの首元に顔を埋める。身体越しに、直花が歯を食いしばる鈍い音と、とくとくと打つ速い鼓動が響いた。
 直花はそれ以上なにも喋らず、おれに抱きついたまま目をつぶっていた。
 おれは動くこともできず、中途半端に顎と前脚を上げたまま、直花の呼吸が穏やかになるのをじっと待っていた。

 おれは知っている。
 直花も、おれを愛している。
 たぶん、おれと同じくらい。


(つづきはこちら

文学フリマ大阪14 頒布作品のごあんない

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