【小説】黒猫はあの子のために一億貯める #3 (文学フリマ大阪)
あらすじ:黒猫のクロは、ニャンディードで仕事を探しては、日々働いている。それはすべて、飼い主の直花のためだった。
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#3
昼がいそいそと、遠ざかった頃。
カラランと素敵な音が鳴って、おれの茶碗に山盛りのカリカリが盛られた。
頬張って奥歯で砕くと、ふわりと香りが広がる。それをぐいっと飲み込む。美味しい。おれはカリカリがすごく好きだ。
トイレを手早く済ませて、おれは本棚の定位置に戻った。
直花は夕飯をぱくつきながら、パソコンに向かっている。今日も朝からずっと仕事だ。
おれも仕事を探そうとWiFiに繋いだ。
すると、ころころ、と猫にだけ聞こえる音がして、ニャイン通話が届いた。
「おう、クロ」
サブちゃんだった。
鼻の下に大きな黒い模様がある、雄のサビ猫。三つも四つも餌場を持っている、立派な外暮らし猫だ。今は車の下にいるらしく、薄闇にまぎれて顔はあまり見えなかった。
「クロ、おひさしぶり」
もう一匹、まるまる顔の茶美も入ってきた。おれと同じく、東京に住む雌の飼われ猫だ。白・黒・茶のバランスが綺麗な三毛猫だ。喉を鳴らしてご機嫌そうに見える。
「おつかれ」
「その人間みたいな挨拶やめてよぉ」
茶美が緑色の瞳をひそめた。
「ごめん」
「サブちゃんも、お元気〜?」
「おう。最近はウーミャーイーツで忙しくてな。この前一日で一万稼いだぞ」
「それは商売繁盛ねぇ〜」
「えっ」
おれは思わず、声を上げてしまった。
……窓辺警備まるまる二日分だ。
「クロ、興味ありそうだな」
サブちゃんは黄色い瞳をきらりと輝かせて笑った。
「その仕事、食べ物を運ぶ仕事だよね……? そんなに稼げるの?」
「ああ。最近はいろいろあってな。もの探し、猫探し、プレゼント配達、人間へのいたずら。この前なんか犬や猿まで仕事を受けてたな。すっかり大ブームだ」
「すごい……」
サブちゃんは前脚を舐めながら「おれは金よりも、あちこち歩き回れるのが楽しくてな」と付け足した。
「茶美もよく頼むの?」
「もちろん。ウーミャーイーツでぱぁっと贅沢するのが、都会の猫のストレス発散法よ」
そう言う茶美はふくふく顔で、ストレスなんて何もなさそうに見えた。
「そうそう、奥多摩には、生のマタタビの実が成るんだって! 今度注文してみたいわね〜」
茶美はふぅ、と色っぽくため息を吐いた。
「奥多摩か……遠いから値段が凄そうだ」
「大丈夫。わたし、こう見えて結構稼いでるから」
「稼ぎがいいって……猫カフェ?」
「……違うわよ」
失礼しちゃうわ、と茶美が口を尖らせた。
「私の仕事――SWATよ」
初耳だ。そんな仕事、ニャンディードでも一度も見かけたことない。
「ま、見せたほうが早いわね」
そう言うと、茶美は尻尾を振ってしゃなり、しゃなりと優雅に歩きだした。机に飛び乗り、飼い主のパソコンの前で立ち止まる。そして、ハムみたいに太い前脚を畳み、おもむろに香箱座りをした。
キーボードの隙間に、茶美の肉がみっしり詰まった。
『っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっk』
茶美のお腹に押され、画面には延々と「っ」が表示される。
「茶美〜! そこにいたらお仕事できないでしょう〜?」
飼い主の甘ったるい叫び声が部屋に響いた。
けれど茶美は知らん顔で、明後日の方を向いている。
「これがSWAT。『すわって・わざわざ・アピール・タイム』の略」
「これでお金稼げるの?」
「これだけで十万よ。ま、わたしみたいなカリスマ猫にしかできない、インフルエンサー案件ってやつ」
「はぁ……」
くらくらする。窓辺警備の……ええと、もう指が足りなくて数えられない。
「それに――」
カンカンカン、とフォークで猫缶を鳴らす音。
「猫缶よ〜おいしい猫缶よ〜!」
飼い主が必死に茶美の気を引こうとしていた。
「稼ぎながら、美味しいオヤツもゲットできるってわけ」
飼い主に見えないようニヤリと笑うと、茶美はゆったりとした動きでキーボードからどいた。
「すげぇ……」
悠然と猫缶を食べる茶美を、おれとサブちゃんは呆然と見つめていた。
「美味しいものを食べて、遊びたい時に遊び、寝たい時に寝る。それが猫の幸せよ」
ひゃっひゃっひゃ、と鼻だけ器用に動かして茶美は笑った。
「……いいなあ」
思わず同時に呟いた。
「でもクロも、毎日働いているんでしょ。どれぐらい貯まった?」
猫缶をあっという間に平らげた茶美が、舌なめずりしながら聞く。
「この前、やっと三千万貯まった」
「え、今なんて? 三千万!? ちょっと〜大金持ちじゃない!」
茶美が大げさにひっくり返った。
「いや、大金持ちじゃないよ」
「何言ってるのよ、何だって買えるじゃない!」
「ううん、一億貯めないとだから……」
「……もしかして……魔法買おうとしてる?」
――しまった。
この話をすると、引かれるか、苦笑いされるかだ。
普通の猫は、一億貯めるなんて考えない。
おれは恐る恐る二人を見返した。
「……クロは見かけによらず野心家だな」
サブちゃんは、ヒゲを研ぎながら頷いていただけだった。
茶美も笑ってなかった。でも、さっきまでぴんぴんしていた耳が、今はぺたりと寝ていた。
「魔法で……なにしたいのよ?」
少し鋭い声だった。
「……それは、うん。また今度ね」
そう言って、おれは下手くそな作り笑いをした。
茶美がにっこりと微笑み返す。
「クロ、魔法もいいけど、三千万もあるんだから贅沢しようよ」
「贅沢かぁ……」
「ほら、ウーミャーイーツですっごく豪華なもの食べたりさぁ」
「……実はおれ、使ったことないんだ」
「一回も?」
「ない」
「Nyamazonとかも?」
「ない」
「そんだけ働いてて、自分のために使ってないの? 信じらんない!」
茶美が口をあんぐりと開けた。サブちゃんも静かに目を丸くしていた。
「なんか、使ったら目標が遠のくみたいで……怖くって」
茶美が白い目でおれを見つめる。なんだか視線が刺さるみたいだ。
おれは舌を仕舞い忘れたまま、窓の外を眺めた。
「毎日働いて、三千万も貯めてて、なのに全然使ってないなんて……」
茶美が大きなため息を吐いた。
「それって、本当に生きてるって言えるの?」
おれは、返事の代わりに前脚をひと舐めすると、そっとニャンディードを開いた。
相変わらず、時給八〇〇ニャン円の窓辺警備の仕事しかない。
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