空中ディスプレイおばあちゃん
コンピューターおばあちゃんをご存知だろうか。
「明治生まれ」、「算数、国語、社会、何でもドンと来い」で、「得意のABC」で「英語もラクラク」なおばあちゃんだ。
この歌を「みんなのうた」で初めて聞いた日。
当時小2だった私の人生のロールモデルは、コンピューターおばあちゃんになった。
「伊代はまだ16だから~」と言われてもセンチメンタル・ジャーニーの意味すら分からない8歳手前。
10代も20代も今現在の私の世代も通り越して。人生のロールモデルをおばあちゃんに据える小2の爆誕である。
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私のその憧れには原形があった。母方の祖父だ。
祖父は、博学で、文章を書くのが好きで、新しいもの好きで。酔ったらこぶしを振り下ろしながら校歌を歌う、楽しくて破天荒な人だった。晩年は着物に利久帽を被り、私には文豪そのものに見えた。
そんな祖父の家のリビングには、早くからワープロが鎮座していた。
のちに私が手にするような軽やかなラップトップ型とは似ても似つかない、いかめしく、メカメカしい「機械」。うかつに触れば、突然けむりを吐いて爆発するんじゃないかと思わせる威圧感があった。
キーボードと本体を繋ぐコードは、長電話の最中に指に巻きつけて遊んだあの受話器のコードと同じ、らせん状のくるくるだった。
祖父が英語を話すところは見たことがない。けれど、リビングの本棚には祖父が自ら書いて製本した手記が並んでいた。「家族」「孫」といった温かい背表紙に混じって、「パリ旅行記」があるのを知っていた。だから多少は話せたのではないかと思う。
ちなみにその隣にあった 「デカメロン伝説」の表紙には、リオのカーニバルのような派手な仮面衣装を纏った人々と祖父の写真が貼ってあり、子供心に「開いてはいけない大人の扉」だと察し、そっと棚に戻した。
祖父は、間違いなく「世界をまたに 百聞一見 事件を発見 Let's go おじいちゃん」だった。
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コンピューターおばあちゃんになるべく修業を始めたかった私は、家族で出かけるたびに電化製品コーナーへ走り、ワープロを探した。
3年生でローマ字を習うと、世界は一変した。キーを叩けば、画面にひらがなが現れる。それを魔法のように漢字へ変換する。親に呼ばれるまで、私はその電子の海に没頭した。
ただ。なぜかいつも、最後には不可解なフェーズに陥ってしまう。 どのキーを押しても「っ」が大量発生する、あの呪い。画面を埋め尽くす「っっっっっっっっ」。
消し方も分からず、焦れば焦るほど、やけくそになった指先がさらに「っっっっっっっっっっっ」をゾンビのように増殖させていく。
店によっては、最初から「っ」しか受け付けてくれない強情な台もあった。電子の魔法を味わう前から「っ」と顔を突き合わせるのは、修業中の身としては納得がいかない。
私は売り場のワープロを一台一台渡り歩き、「っ」以外の言葉を話してくれる機械を探し求めた。店員から見れば、なんとも迷惑極まりない存在だったに違いない。
家にラップトップ型ワープロが来たのはいつだったのだろう。
大学で情報処理論や統計学を学ぶ中で、一太郎やロータス123を使えるようになった。
デスクトップパソコンが来たのはいつだったのだろう。ダイヤルアップ回線で接続して「プップップップップップッ」「ピーーーヒョロヒョロヒョロ」というトンビみたいな電子音を響かせながらインターネットを使っていたのはいつだったのだろう。
時代は流れる。
社会人の私が使っていたのは、Microsoftのワードとエクセルだった。
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今、50代の私は、スマホの画面をフリックしたり、タップしたりして、世界と繋がっている。スマホとパソコンでCanvaやnoteを使う。iPadを買うか迷っている。
私は今、コンピューターおばあちゃんならぬ、コンピューターおばちゃんにはなれているのかもしれない。
でも。
私のロールモデルは、あくまでもおばあちゃんなのだ。孫世代にすごいと思ってもらえるハイカラおばあちゃんなのだ。
映画の中の近未来で、空中にスケルトンのディスプレイや映像が浮かび、それを手のひらを使ってオーケストラの指揮者のようにフリックしたり、タップしたりするのを何度か目にした。
それは、技術が進化した透過型アイウェアによるAR映像なのかもしれないが、私がおばあちゃんと呼ばれる歳になる頃には、そういったツールが一般的になっているかもしれない。技術と共に、憧れの解像度も高くなる。
私は、それをやすやすとやってのけたいのだ。「このおばあちゃん、只者ではないな」と若者を唸らせたいのだ。
だから、私はコンピューターおばあちゃんではなく、空中ディスプレイおばあちゃんになる。
いや。
「空中ディスプレイおばあちゃんに、私はなる!!!」
ただ。
願わくばVRはあまり一般化しないで欲しい。
VRが一般化してしまったら、私は年中画面酔いして吐き気と戦わなくてはいけなくなるだろうから。
空中ディスプレイおばあちゃんは三半規管が弱いのだ。
そこだけはご配慮願いたい。
切に。
