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レミニセンス・バンプ(思い出すのは青春時代のことばかり)とSDAM(自伝的記憶再体験の生涯的不在)

あなたが自分の人生を思い返すとき、「思い出すのは青春時代(思春期~青年期~成年初期)のことばかり」ということが多いですか?
この現象を「レミニセンス・バンプ」と呼ぶそうです。
本稿はこれに関係する軽い話です。


1. 前振り(ある論文を調べてたら)

半年ほど前(2025-12-19)、以下の論文が公開された。

Autobiographical memory, time and space into an integrated neuropsychological perspective: insights from pathological and healthy functioning
CONTI, MATILDE
2025-12-19
https://iris.uniroma1.it/handle/11573/1758671
Full text:
https://iris.uniroma1.it/retrieve/bab4416f-9de0-4354-98cf-5995452d208a/Tesi_dottorato_Conti.pdf

【論文のざっくり概要】
私たちが過去の記憶を持つとき、それは単に情報の羅列ではなく、「いつ・どこで」という時空間的な座標系に配置された地図のようなものだ、という仮説だそうだ。

2. 本題(ある知見と出会った)

この論文について AI と対話してたら、以下の知見に初めて出会った。
AI との対話ログ
⇒ Claude のログ(PDF版画像版

【知見】
人々が感じる「思い出すのは青春時代のことばかり」という統計的傾向のことを「レミニセンス・バンプ(Reminiscence bump)」と呼ぶそうで、多くの研究で確認されており、文化を超えて観察される傾向があるそうだ。

この時期(10~20 代)は人生の転機が多く、自己同一性(アイデンティティ)が形成されるため、記憶が強固に定着し、「コブ(bump)」のように想起量のピークとなる、というふう説明される。

レミニセンス・バンプの詳細についてはこちら:

レミニセンス・バンプ(Reminiscence bump)
レミニセンス・バンプ(回想の隆起)とは、40歳以上の成人が、青年期や青年期初期(10代~20代)に起こった出来事の記憶が増加または強化される傾向のことである 。

出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Reminiscence_bump

3. レミニセンス・バンプ(一般人の場合と、SDAMな私の場合)

興味深かったので「レミニセンス・バンプ(Reminiscence bump)」の図を添付しておく。

① 一般人の場合(ウィキペディア英語版より)
② アファンタジアと SDAM な私の場合(私の主観的なスケッチ)

※ SDAM とは「自伝的記憶再体験の生涯的不在」のこと。

図のオリジナル出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Reminiscence_bump

二枚目の図 ② が私のケース(主観)だが、私にはこのコブ(bump)がある感覚自体がよく分からず、「思い出すのは青春時代のことばかり」という現象もない。そもそも、今より前(つまり過去)をほとんど思い出さない。

※ 私の SDAM の詳細についてはこちら: #1#2#3
※ 本稿の出典はこちら:無像之像@x.com

※ 【追記 2026-05-06 22:20】
私は20代後半に結婚し、それ以降は他者(パートナー)との対話が日常的に激増したことで、エピソード記憶の意味記憶のほうは多少は豊かになったように思っている(それでも低水準)。なお、エピソード記憶の自伝的記憶のほうは SDAM ゆえ思い出の主観的再体験は皆無(ゼロ)である。

※【追記 2026-05-06 22:51】
自分の人生にまつわる記憶は、以下のように分類することもあるようだ(分類や用語について再整理する必要がありそうだ)。
この分類だと、私の場合は EAM は生涯的にゼロ(autonoetic consciousness を生涯で一度も発動したことがない)、SAM は極めて低水準ではあるものの、結婚後は多少豊かになった可能性あり。

  • エピソード的自伝的記憶(EAM)
    特定の時間・場所で起きた個人的出来事の記憶。
    「あの日の朝、あの場所で〜した」という再体験感を伴う。
    EAM には自己認識的意識(autonoetic consciousness)、すなわち過去に精神的にタイムスリップする主観的体験が不可欠とされている。

  • 意味的自伝的記憶(SAM)
    自己に関する抽象的な知識・事実。
    「自分は東京出身」「20 代は営業職だった」など、文脈を伴わない。