イマーム・ホセイン(a.s)の信仰的改革
一部イスラム史研究者やスンニ派研究者の著書や論文を見るとイマーム・ホセイン(a.s)がカリフの地位を奪還するために立ち上がったなどと、残念ながら事実とは異なる見解が示されたりしています。
イマーム・ホセイン(a.s)がカリフの地位や権力欲しさに行動を起こしていないと明確に表明した文書が、彼がマッカからクーファへ向かう前に弟・ムハンマド・イブン・ハナフィーヤに宛てた有名な【 وصیة 】(遺言)に記されています。
原文(アラビア語)
"إنّي لم أخرج أشِراً ولا بطِراً، ولا مُفسداً ولا ظالماً، وإنّما خرجتُ لطلب الإصلاح في أُمّة جدّي محمد (صلّى الله عليه وآله).
أريدُ أن آمرَ بالمعروف وأنهى عن المنكر، وأسير بسيرة جدّي وأبي عليّ بن أبي طالب عليهما السلام…"
ーーーーー
日本語訳
「私は、自らの地位を求めたり、奢りや高慢さから出発したのでもなく、腐敗を広めたり、圧政をするために出たのでもありません。
私が出発したのは、ただ祖父ムハンマド(祝福と平安あれ)の共同体(ウンマ)を正し、善を勧め、悪を禁じ、祖父と父(アリー)の歩んだ道を歩むためです。」
ーーーーー
【出典】
シーア・スンナ両派の古典史料に記録されています。
《تاریخ طبری》(タバリーの歴史)
《الإرشاد》 Shaykh al-Mufid
《لهوف》Sayyid Ibn Tāwūs
《بحار الأنوار》 第44巻
---
この言葉の意義
この文書は、イマーム・ホセイン(a.s)の立ち上がりが「権力闘争」や「武力反乱」ではなく、
**倫理的・信仰的改革運動(イスラーハ)**であったことを明確にしています。
つまり、
彼の行動は政治の座を奪うことが目的ではなく、 ヤズィード ※1 のような道徳と信仰の破壊者がウンマを導くことへの「沈黙」が許されなかったという立場を明確にしたものです。
【補足】
この手紙(وصية)は、イマームが出発する際に正式な形で弟に残したもので、「もし私に何かあったときはこの内容を人々に伝えてほしい」とも解釈される重要な文書です。
イマーム・ホセイン(彼に平安あれ)が立ち上がった理由について、一部の人は「権力が欲しかったから」「カリフの地位を狙っていた」「軍を起こして反乱を起こした」「政治的な革命を目指した」などと、事実をゆがめた言い方をします。
しかし、こうした表現は、ヤズィードの残酷な行いに対して「正当な理由があった」と思わせてしまう危険があります。
これは非常に大きな誤解を生む原因となるため、私たちは注意しなければなりません。
イマーム・ホセイン様を称える気持ちはとても大切ですが、もしもその称え方によってヤズィードの罪が軽く見えてしまうような言い方になってしまったら、本末転倒です。
だからこそ、イマーム・ホセイン様の立ち上がりは、権力のためではなく、「真理と正義を守るため」「圧政に屈しないため」であったことを、正しく伝えていく必要があります。
ーーーーーーーーー
※1
ヤズィードに関するウィキペディアを見るとまさに イマームホセイン(a.s)が反乱を指揮するためにクーファに向かったと事実とは異なることが書いてあります。
