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「やっぱり移住したくない」寂しさを味わい尽くす儀式

移住を前に、心を占領する「寂しさ」

移住を決めた今、楽しみや希望がある一方で、静かに「寂しさ」が襲ってきました。
それは不安というよりも、「これまで大切にしてきたものを手放すこと」への、喪失感に近い感覚です。

今日のNoteは心の弔いの儀式として書きます
blues note


自由に動けることが、当たり前だった

これまで暮らしてきた東京・世田谷では、電車もバスも数分に1本。駅や停留所も徒歩圏内で、どこへでも思い立った時にすぐ行ける生活でした。

今回の移住にあたって、私は更新せずに捨てた運転免許を取り直す必要があります。教習所へはバスで1時間に1本。免許が取れるまでは、家族の送迎や限られた公共交通に頼ることになります。

「行きたい時に、自分で動けない」ことに対して、予想以上に強い“惨めさ”のような感情が湧きました。
自分の行動を自分で決められないという感覚は、自分らしさを少し失ってしまうような寂しさにつながります。

お散歩圏内に幾つかの駅
息子の初めてのお散歩


大切にしてきた「仲間」との距離

もうひとつ、移住を考える中で大きく感じたのが、仲間との距離です。

学生時代の軽音楽部の仲間たちとは、今も年に数回ライブをしたり、同世代の子どもを一緒に遊ばせたりしています。
互いに20年以上の信頼関係があり、腹を割って語れる存在です。

ヨガの仲間たちとも、クラス後に電車で帰りながら話したり、カフェで子育てや人生観について自然に語り合ってきました。
“ヨガ”という枠を超えて、価値観を共有できる友人たちです。

こうした仲間たちは、ただ気が合うだけの友人ではありません。
価値観や感性の深い部分で通じ合える存在であり、人生のさまざまな局面を共にくぐり抜けてきた、私にとってかけがえのない人たちです。

年齢を重ねてから新たに築くのは決して簡単ではない、時間と信頼が織り重なった関係。
どこかで「この人たちとつながっていれば、自分でいられる」と思えるような、精神的な拠りどころでもあります。

今はまだ、電車に乗れば会いに行ける距離かもしれません。
でもいつか、たとえば車の運転ができなくなるような年齢になれば、「会いに行く」という行動自体が特別なことになっていくかもしれない

その未来をふと想像したとき、「この距離は、いまだけのものかもしれない」という、言葉にならない切なさがこみ上げました。

「そうなったら東京に戻っておいで」と、仲間が声をかけてくれたのが心強く、踏み出す勇気になりました。

私の学生時代の仲間に甘える子供達
ヨガ仲間は全員ママ
始発で朝練(マイソール)に行って
哲学やアーサナ(ポーズ)、育児、
人生について色々話した


保育園のお友達と沢山思い出を作った


暮らしや子育てにおける“前提”の違い

移住に向けて保育園の手続きを進める中で、いくつか戸惑いも感じました。
たとえば、

  • 保育料滞納の連帯保証人の記入欄があったこと(滞納が頻発する環境?自動振替じゃないの?3歳以上の保育料は無料では?)

  • 自動引き落としが一部の地方銀行のみだったこと(滞納の根源はこれでは?)

  • 給食があるけれど主食(ごはん)は持参であること(人手不足?)

  • 絵本バッグがキルティング推奨であること(長持ちする物を自由に選ばせてもらえないのか?手作りを求められる文化だったらどうしよう)

少し驚いてしまいました。

東京の保育園では、共働き家庭を前提とした仕組みや柔軟さがありました。先生方の中にもホワイトカラーのワーママ経験者が多く、「朝の1分1秒が死闘」だという、子育てと仕事の両立に対する理解も深く、効率面も重視してくれていたように思います。

ママ友同士の何気ない会話の中でも、教育や進路、働き方などについての情報が自然に行き交い、自分の価値観に近い選択肢やヒントが得られる環境でした。

伊那での生活では、そうした文化的な“前提の共有”が異なる場面もあるかもしれません。

そこから新しい学びや価値観との出会いも沢山あることでしょう。

たった数枚の紙切れに動揺して、空想してショックを受けてしまい、私の良くない癖です。

「正解」を探さない。「自分の答え」で生きるために

良い学校、良い会社、利便性の高い都市での生活。私はこれまで、いわゆる「正解」とされる道を選びながら生きてきました。それは、私に多くのチャンスや安心感を与えてくれました。

でも同時に、どこかで「他人が作った正解」に乗って生きていたとも感じていました。

今、伊那への移住は、“正解探し”から一歩離れて、「自分の答え」を選び直す機会だと捉えています。


とはいえ、それが簡単な選択ではないことも確かで、心のどこかで「これまでの自分の一部」を見送るような寂しさも抱えています。

移住は、何かを得ると同時に、何かを手放すことでもある。私にとっては、仲間との距離だったり、暮らしの中の細やかな前提だったり、自分らしさを支えてくれていた環境だったりします。

これからの暮らしの中で、「これは私の答えだった」と思える瞬間を、自分の手で育てていけるよう、この寂しさを味わいきって、けりをつけて、移住に向かいたいと思います。

先日、学生時代の軽音部で合宿に行きました
当時を思い出して幸せで
余計に寂しさが募ります

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