旅立ちの日・幸せへのつながり |盲導犬パピーの子育て #206
いつもお世話になっています。
「いなかのまどから」と申します。
2024年6月まで、盲導犬の候補犬を育てるボランティアとして、北海道盲導犬協会よりパピーウォーキングを受託していました。
最後の日の様子がこちら↓↓
そして昨年7月27日(日)より、北海道盲導犬協会から委託され、我が家のパピーウォーキング第2弾が始まりました!
パピーの、そして何より、盲導犬になった際のユーザーさんの個人情報を守ため、一生使われる本名は伏せて、あだ名である「グリコ」でやらせていただいております。
かわいい女の子(♀)です。
ということで、今日もグリコの様子をお届けさせていただきます。
この日は、どんな一日だったのでしょうか?
359日目(7月18日)
丸一日過ごした、最後の我が家での様子です。



最後のお散歩。




むすびに
今は、朝7時。
先ほど、いつものように起きて、いつものようにごはんを食べ、いつものようにワン・ツーで外に向かいました。
でも、9時には札幌の北海道盲導犬協会へ向かいます。
グリコには、知る由もありませんが、これから、毎日寝たお部屋をしまったりと、いつもとは違う光景を目にするとき、グリコは何かを感じるのかもしれません。
お別れの時が来ました。
今日の様子は、また明日書こうと思います。
私は、少しでも盲導犬という存在、北海道盲導犬協会という存在、パピーウォーカーという存在その他、様々な人たちが様々な形でユーザーさんをお支えする活動が展開されていることをお伝えしたくて、こうしてnoteを書き始めました。
パピコの時からご覧になってくれている方、グリコの時からご覧になってくれている方、様々ですが、こうして関心をお寄せいただくこともまた、大拙で重要な存在です。
道端で盲導犬やユーザーさんを見かけたら、どこかで偶然協会のPRブースなどを見かけたら、温かく見守っていただければと思います。
そして、お店で募金箱や専用の自販機などを見かけたら、余力がある限りにおいてお気持ちを頂戴できれば幸いです。
その気持ちは、確実にどこかの誰かの幸せへつながります。
ヒトへも、犬へも。
盲導犬は、人間のエゴだ。
犬にとって、不幸だ。
そういうご意見もあるでしょう。
しかし実際に、盲導犬の存在なくして生活することが難しい方がいます。
そしてその方々は、自分と同じくらい信頼して、愛情を注いで生活されています。
批判するのは簡単です。
誰でもできます。
盲導犬という存在・選択を否定することは簡単です。
しかし、その先にある生活を支えている人たちの思いまで否定してしまってよいのでしょうか。
「自分と違う」
を目の当たりにしたとき、自分に何ができるのか、自分はどうあるべきかを考えることが、本来の批判の意味だと私は考えます。
良いことと悪いこと吟味して判断する。
せめて、その判断材料にこの活動がなれれば最高です。
少し長くなりましたが、今の率直な気持ちです。
明日は、お別れの様子をお届けしたいと思います。
本日も、ご覧いただきありがとうございました。
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