《葬送のフリーレン》シュラハトと南の勇者の最期

ネタバレには配慮していません。

『葬送のフリーレン』の原作マンガはまだ読んだことがないという方には原作マンガを、既に読んだことのある方にはある一つの視点からの再読をお勧めしています。


シュラハトがマハトの記憶を消した理由

シュラハトには、南の勇者との戦いの中にフリーレンには見せたくないものがあります。(第10巻89話)

もしそれが単なる事実(出来事)、例えば「実は南の勇者と相討ちにはなっていない」、「実はシュラハトは生きている」といった事実なのであれば、マハトの記憶だけを消してアウラ等他の生還した七崩賢の記憶をそのままにしているのはいささか奇妙です。

他の七崩賢から秘密が漏れるかもしれませんから。

※ シュラハトは完全未来視ですから、七崩賢たちは秘密を漏らさないと読み切っていたのかもしれませんが…

黄金郷編でマハトの記憶が何に使われたかと振り返ってみると、読者にとっては過去の出来事を知るための回想シーンですが、フリーレンにとっては万物を黄金に変える魔法ディーアゴルゼの解析ための資料です。(第10巻97話、第11巻98話)

ということは、南の勇者との戦いでは、使っているところをフリーレンに見られたくない魔法が使われたのでしょう。

すぐに思いつくのは(シュラハトまたは南の勇者の)完全未来視の魔法です。が、戦いの最中に未来視の魔法を使うとはあまり思えません。

ですから、未来視とは別の魔法でしょう。人類に「魔法の革命」が起こるような。(第12巻109話)

私が思い当たるのは、フランメの「不可逆性の原理」に関する基礎研究が未来で実を結んでおり、その成果(魔法か魔導具)が使われているのでは?ということです。(第13巻122話「ティタン城塞」)

いわゆる時空転移タイムリープの魔法(ないし魔導具)です。

相討ち

南の勇者との相討ちになる覚悟ついてマハトに指摘されたシュラハトは「そんなことはやってみないとわからない」と言っています。(第10巻89話)

ちなみに、南の勇者は自らの死については予言していましたが、シュラハトを討ち取るかどうかについては一切言及していません。(第7巻63話。「道を切り開く」とは言っていますが)

完全未来視のシュラハトが本当に「やってみないとわからない」のか、それとも、マハトに対して何か誤魔化しがあるのか、ですが。

魔族であるシュラハトが自分の死後の「千年後の魔族の繁栄」について真剣に考えているのは不可解なんですよね。シュラハトは「変わり者の魔族」(第10巻88話)なのかもしれませんが。

そうすると、この「伝説」があからさまな伏線で、これにかなり近いことが起こっているのではないか。シュラハトと南の勇者はどこか別の時空間なり世界線なりに飛ばされてしまったのではないか?というふうに私は思います。

シュラハトは「変わり者の魔族」なのか(シュラハトの自己犠牲)

シュラハトや魔王が「魔族の繁栄」を真剣に考えているのは、ソリテールのように「変わり者の魔族」だからなのでしょうか? それとも物語的な仕掛けがあって、何か秘密を知っているがゆえの行動なのでしょうか?

ソリテール(やマハト、ユン)が変わり者だと言っても、「人類は不可解だが、人類とはそういうもので、なぜそうなるかの理屈などどうでもいい」というレヴォルテのような一般的な魔族の感覚から…(第8巻72話)

「人類は不可解だから面白い。もっと知りたい」という発想に至るのには、それほど距離はないように思います。あくまでも知ることが楽しいから、自分の楽しみのためだからです。「変わり者」と言っても興味関心の対象が一般的な魔族とは異なるというだけです。「空飛ぶ羽虫」を面白い、知りたいと思うか否か、ちがいはそれだけです。

けれども、千年後の魔族の繁栄のために相打ちも辞さないというシュラハトの感覚は、単に「変わり者」として理解できるものではないように感じます。自己犠牲だからです。

シュラハトが本当に自己犠牲の精神から行動しているのかに疑問はありますが、「千年後の魔族の繁栄」のために「相討ち」を選んでいるのですから、取りあえずはそのように見えます。

自己犠牲の精神は、人間の美徳の中でも最も崇高なものの一つでしょう。なぜそのような感情を魔族が持つに至ったのか。魔族には「家族」の概念すらないのです。なのに、同胞意識が目覚めたりするものなのでしょうか。

物語としても、「変わり者だから」では面白味がなくて、なにか世界観に関係する仕掛けを施したくなるところだろうと思います。

シュラハトの完全未来視

シュラハトの魔法は完全未来視です。

完全未来視の魔法は非常に強力です。大局的(マクロ)な戦略を決定する上では。

ですが、戦闘(バトル)というミクロの戦いの最中に使うようなものではありませんね。

戦闘において完全未来視の魔法が役に立つとすれば、あらかじめ相手の動きを読んでおいて、相手の一挙手一投足をあらかじめ知ることができる、ということでしょうか。

そういう活用方法も理屈としてはわかりますが、もし仮に完全未来視の能力を持っていたとして、そんな些末なことまで予知するものなのでしょうか。頭のリソースの無駄遣いな気がします。

それよりも、もっと実用的で便利な使い方があります。それは、確定した未来を知っておくことです。そして、確定した未来を、アンカー(錨)のようにして利用します。

明日死ぬことが確定した未来なら、今日は何をしようが死ぬことは絶対にないわけです。そこを利用することができます。(『シュタインズ・ゲート』のアトラクタ・フィールド理論に似ています。《確定した未来=世界線が収束する未来》です。)

「敗戦処理」

シュラハトは南の勇者との戦いについて「魔族の存亡を懸けた戦い」「敗戦処理」「千年後の魔族のための戦い」だと言っています。(これはマハトの記憶を読んでいるフリーレンに向けて語っています。不思議なことに)

「敗戦」とは魔王の敗北(ヒンメル達による魔王討伐)のことでしょう。シュラハトは、南の勇者との戦いの前から魔王の敗北を知っていて、避けられないものだと認識しています。魔王の敗北は確定した未来で、シュラハトはヒンメル達による魔王討伐を前提に千年後の未来を構想しているわけです。

ヒンメルによる魔王討伐が確定した未来で、かつ、南の勇者との戦いが「敗戦処理」だということは、この時点で南の勇者を処理しておく目的は、どちらかと言えば魔王討伐前ではなく、魔王討伐後にあるわけです。

敗戦後に南の勇者に生きていてもらっては困るわけですね。だから、ここで相討ちになってでも死んでもらった方が都合がいい。

「黄金郷」

非常に細かいことですが、マハトがヴァイゼを黄金に変える前から、シュラハトはマハトを「黄金郷のマハト」と呼んでいます。(第10巻88話)

そう呼ばれたマハトの反応は「…」です。これが、呼び名に対するものなのか協力要請に対するものなのか、その両方なのかはわかりません。

レルネンは、ヴァイゼが黄金に変えられた直後からヴァイゼを「黄金郷」と呼んでいます。(第10巻93話)

マハトが過去に黄金に変えた大都市は他にもあって、その「黄金郷」の伝承が伝わっているということでしょうか。


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