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リーニエがアイゼンを模倣する理由

リーニエがシュタルク戦でアイゼンを模倣する理由は「アイゼンが最強の戦士だから」でしょうか?そうでははありませんね。「アイゼンがシュタルクの師匠だから」です。もう少し言うなら、フランメが魔族について語っているとおり、自分の技量への自信と驕りです。

リュグナー、リーニエ、ドラートの行動はほぼ(すべて?)フランメの解説で理解できるように作られています。リーニエについて、その辺りの描写を見てみます。

リーニエはシュタルク戦で少なくとも2度、シュタルクにとどめを刺すチャンスがあったにもかかわらず殺さずに見逃しています。

ひとつは、戦闘描写が始まってすぐの「観戦でもするかな」(アニメ版ではそう言って退屈そうにしゃがみ込む)の場面です。シュタルクが立ち上がると「少しは楽しめそうだ」と言って斧を構えます。

余談ですが、リーニエはリュグナーの指示よりも「戦いを楽しみたい」という自分の嗜好を優先しています。組織として動けていません。リーニエはリュグナーと一緒にいる時は彼の指示に従うのですが、戦闘が始まってリュグナーの目が届かなくなると自分勝手で面従腹背な所が目立ちます(「なんだよ、我が儘だな」、「また怒られる」)。さらに余談ですが、ここで劇伴の”Zoltraak”が入り、ハンマーダルシマーが鳴り始めて最高です。

もうひとつは、シュタルクが倒れて回想が入る「大人しく寝てればよかったのに」の場面です。シュタルクが立ち上がると、呆れたように軽くため息をついて「寝てればよかったのに。もう負けたんだから」と言っています。リーニエとしては「もう2回も勝ったのだから、私の方が優れているのは明らかだ」というわけです。シュタルクと戦うことにも殺すことにも関心がありません。(このセリフについてはメモで後述)

リーニエは、最後の最後、「ならその真似事で引導を渡してあげよう」の所でやっと本気になったように見えます。(タイトル画像参照)

戦闘開始時、リーニエが師匠アイゼンの技を使うことを見たシュタルクは動揺してしまい、実力を発揮できません。

それもあって、彼女はシュタルクが最強の戦士・アイゼンの弟子であることを知っているにも関わらず、彼を殺すまでもない取るに足らない存在と判断しているのでしょう。(グラナト伯爵救出時にシュタルクの動きを見て彼がアイゼンの弟子であることに気付いており、その上でなお、フェルンとシュタルク両方を自分一人で対処できると判断しています。)

つまり、ここにあるのは自分の技量についての「自信と信頼」、「驕りと油断」です。(第21話「卑怯者」から、フランメの言葉)

リーニエは自分の「模倣する魔法(エアファーゼン)」に絶対の自信を持っています。

だからこそ、アイゼンの弟子に対してはアイゼンの模倣で応戦します。アイゼンが最強だからアイゼンを模倣するわけではありません。もし仮に、シュタルクがヒンメルの弟子だったら、リーニエはアイゼンを模倣しません。ヒンメルを模倣します。シュタルクの師匠がリーニエの知らない人物だったら?シュタルクの得物が剣なら最高の剣士を模倣します。槍なら槍使いです。

アイゼンの技を習っている(真似ている)弟子にアイゼンの模倣で勝つ。エアファーゼンの力を試したい、確認したい。リーニエはそれが楽しくて仕方ないのです。(だから、すぐにはとどめを刺しません。リュグナーが「リーニエ相手では碌な死に方はしない」というのは、擬似的に師匠を同じくする姉弟弟子の関係で技量の差を見せつけられ、絶望のうちに殺されるだろうということです。ただし、リーニエは殺すことより技量比べに関心があるので、そこはリュグナーの部下の性格への理解不足です(というか魔族の組織の限界)。リュグナーが部下から目を離して単独行動を許した(ドラートについては後述)ことも彼らの敗因です。)

リーニエが本気になって勝つことを考えるなら、使える武器や技の引き出しはいくらでもある彼女ですから、武器と武器、技と技の相性を考慮するのが当然です。(そもそも細身で身のこなしの軽いリーニエの得意武器が重量のある両手斧だとは思えません。)

しかし、それをしない(できない)のがリーニエです。正面から戦って、技量の差で勝ちたいのです。

途中、自分の特殊能力(動きを模倣できる)を説明しながら一時的に得物を持ち換えていますが、これは状況判断・形勢判断によるものではなく、「エアファーゼンのデモンストレーションを見せてやる」という驕りがあらわれた態度にすぎません。(剣、槍、短剣を見せて斧に戻す)

だから、シュタルクに「お前のはただの真似事だ」と言われたのはかなり気に障ったはずです。

シュタルクに対して「寝てればよかったのに」だったのが「ただの真似事」と言われて「引導を渡してやろう」に変化しています。

また、表情の変化に乏しい彼女ですが、「ならその真似事で」とシュタルクの言葉を返すところにも、エアファーゼンを「真似事」と称されたことへの怒りが表れています。

アニメ版では、シュタルクの「師匠の技はもっと重かった。やっぱりお前のはただの真似事だ」の後に彼女が魔法で斧を出し、地面に激突した斧の重さで土がえぐれるという描写があってから、「ならその真似事で…」となります。斧が激突するカットでは、リーニエの表情は隠されているのですが、この斧の重量感を示す演出は「怒り」の表現だというのが私の解釈です。また、腰を落とした「エアファーゼン」の時のリーニエの眼光はマンガに比べて明らかに鋭く、シュタルクを睨みつけているように見えます。(攻撃前に腰を落として身を屈める動作は、シュタルクがリュグナーを襲った時の動作です。ここにも「格の違いを見せてやる」という驕りが現れています。)

リーニエの肩の高さから自由落下して地面に食い込む斧

このようにリーニエはシュタルクへのとどめを2度見逃し、最後の最後に、やっと本気になってシュタルクを殺そうとするのです。

しかし、それだけ「本気」になっても、リーニエはアイゼンの模倣で勝つことへのこだわりを捨てられません。度し難いほどの自信と驕りです。

その意味で、シュタルクの「ただの真似事だ」の一言は、この戦いの心理面におけるクリティカルヒットになったと言えるかもしれませんね。仮にリーニエが「アイゼンの模倣ではこいつに勝てない」と悟って得物を換えていたら、あるいは、シュタルクの斧との相性を考慮したり、自分の最も得意な武器で戦うことを選んでいたら、勝負の帰趨はわかりません。

以上で見たように、リーニエの敗因も、フランメの魔族に関する説明を裏付けるような、いかにも魔族らしい敗因になっています。

リーニエについては、ドラートの独断専行をリュグナーにすぐ報告せずに聞かれるまで黙っていた、個人主義的で組織的に動くことが苦手なところも、リュグナー達の敗北の一つの要因になっていました。

懸念事項は早目に上司と共有しよう。

メモ

リーニエの「大人しく寝てればよかったのに。もう負けたんだから」は、ドラートの「もう決着は付いた」を想起させます。

魔族は力比べが好きなんですね。生き死にの前に勝ち負けなのです。

魔族の自分の技量への執着、自信と驕りの現れです。

しかしこれを良いように捉えるなら、技量を磨く研鑽への取り組みの熱心さ、真摯な態度の表れ、求道的な態度だとも言えます。

それに対して、人間(人類)はどうでしょうか。「勝てば官軍」のような戦い方をしますね。

魔族は「強い方が勝ち(正々堂々力比べをしたい)」と考えますが、人間は「殺した方が勝ち(手段は問わない)」と考えます。力比べに執着する魔族からすると、卑劣で卑怯な戦い方なのです。

※画像は山田鐘人・アベツカサ『葬送のフリーレン』(単行本第2,3巻)より

※リュグナー、リーニエ、ドラートについてはこちらにも書きました。