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《葬送のフリーレン》世界から魔法を無くす方法・「反知性主義」とレーヴェの思想(第139話)


世界から魔法を無くす方法

影なる戦士の指揮官・レーヴェは「ゼーリエ暗殺」の理由を「この世界から魔法を無くす」ためだと言います(第139話)

クレマティス:ゼーリエ暗殺の理由を聞いても?
レーヴェ:任務の遂行に理由が必要なのか?
クレマティス:貴方の望む結末にできるかもしれない。
レーヴェの使用人:…閣下。
レーヴェ:この世界から、魔法を無くす。

第139話「鍛冶屋のクライス」

レーヴェは「この世界から魔法を無くす」ために、大魔法使いゼーリエの暗殺を目論んでおり、そしておそらくは大魔法使いミーヌスを殺害しています。

では、「この世界から魔法を無くす」ことと「大魔法使いの殺害」の間にどういう目的・手段の関係があるのか?となると、それについて明確な説明はまだありません。

私が「もしかしてこうなんじゃないか?」と想像していることを書いてみます。

第14巻137話「撃退」、フェルンの活躍で影なる戦士の襲撃を退けたフリーレンたちがアジトに戻って来て、ゼンゼに経緯を報告する場面です。ゼンゼはゼーリエを心配していつになくナーバスになっています。それに対してフリーレンは「そんなに怖がらなくても、ゼーリエが死ぬことなんてないよ」と声を掛けて部屋を出ます。その後のゼンゼの台詞です。

第14巻137話「撃退」

ゼーリエ様と同じだな。きっと驕りですらないのだろう。20年前大魔法使いミーヌスが人間の戦士の手によって討たれた。エルフが決して不死の存在ではないというイメージが、ひっそりと世界に広がっている。そのイメージの恐ろしさを理解しているはずのゼーリエ様でさえ、自身の死というものをどこか朧げなものとして捉えている。何百年何千年と生きてきたからといって、それは明日死なない理由にはならないというのに。私達が守るしかない。命を懸けても。

第14巻137話「撃退」

問題になっているのはまたしても「イメージ」です。「魔法の世界ではイメージできないものは実現できない」の「イメージ」です。(第6巻57話「第三次試験」)

第6巻57話「第三次試験」

ただ、ここでゼンゼが懸念しているのは「イメージが、ひっそりと世界に広がっている。そのイメージの恐ろしさ」です。「影なる戦士たちがゼーリエを殺せるイメージを持っているかどうか」ではなくて、「エルフも不死の存在ではないというイメージが世界に広がっていること」を恐れています。

ゼンゼがなぜそのようなことを恐れているのかといえば、それはおそらく――魔法で実現できる・できないは、魔法使い個人の才覚としてイメージできる・できないが問題になるのですが、それと同じように、世界に広がるイメージが世界をかたち作っているからではないでしょうか。

そこで、レーヴェの「ゼーリエ暗殺」について考えてみます。

20年前に大魔法使いミーヌスが人間の戦士の手によって討たれ、今度はまた大魔法使いゼーリエが人間の戦士の手によって討たれとなれば、人々が抱くイメージは「名もない人間の戦士に討たれたのだから、大魔法使いといっても大したことはないんだな」ということになるでしょう。

その時に大きく揺らぐのは人々の魔法への信頼や「世界には魔法が存在するというイメージ」ではないでしょうか。

そして、人々が魔法の存在をイメージできなくなった時には世界から魔法が無くなってしまうでしょう。レーヴェの目的は大魔法使いの殺害によって人々の魔法に対するイメージを破壊することではないか。そのように私は考えています。

この世界観はときどき見かけるもので、決して《葬送のフリーレン》オリジナルのものではありませんが、本作もその方向に行く可能性があると思います。

「反知性主義」とレーヴェの思想

《葬送のフリーレン》における魔法は、現実の科学・技術をモチーフにしていますから、このレーヴェの動きは現実における昨今の「反知性主義」に対応しているといえるかもしれませんね。次の考察も参照ください。

※"反知性主義"という用語の(本来の)意味は調べてみてください。一応括弧でくくっておきます。

私は深入りするつもりはないのでちょっとだけ触れておきます。(以下では「魔法」を「科学」や「学問」と適宜 読み替えてください)

ゼーリエは「魔法は特別であるべき」「才ある者以外に教えるつもりはない」と考えており、つまり魔法を一部の人たちで囲い込み、独占しようという思想です。誰彼構わず魔法を使えるようになったところで、益よりも害の方が大きいというわけです。

それに対してフランメ(フラーゼ)の思想は「誰もが魔法を使える時代」を目指すものです。魔法の解放です。

レーヴェの思想は「魔法など無くなってしまえ」というのですから、フランメ(フラーゼ)とは異なる形でのゼーリエ(魔法を独占しようとする特権階級)の思想へのアンチ(対抗・反発、反エリート主義)なのです。


※《葬送のフリーレン》の感想や読解・考察はこちらにまとめています。「魔王は生きている」、「最終話から第一話へ」などいろいろありますので、読んでいただけると嬉しいです。


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