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ゼーリエと「花畑を出す魔法」

ゼーリエ、いいですよね。かなり好きなキャラクターです。

ゼーリエと他のキャラクターの関係というのは、基本的には師弟関係です。

マンガ・アニメにおいて師弟関係は鉄板のモチーフで、それはやはり師弟関係は疑似的な親子関係であり、多くの人にとって共感しやすいテーマだからだろうと思います。(その嚆矢は知りませんが、私にとっては『ドラゴンボール』です。)

ゼーリエの師弟関係も時間をかけて丁寧に描かれており、この作品を通した重要なテーマの一つになっていると感じます。

さて、読者(視聴者)がゼーリエを初めて目にするのはアニメ版ではオープニングの映像になるわけですが、いかにも敵役という雰囲気で「こいつが魔王なの??」と思った方も多かったのではないでしょうか。そして、お話の中盤で登場すると、主人公たちに立ちふさがる存在として振舞っておいて、終盤で正体が明らかになるに連れて好感度が上がってゆき、最後には「史上最大のツンデレかよ!」となるという、王道の仕掛けが施されております。

この仕掛けで重要なのは、まずはいかにして読者にゼーリエの悪印象を植え付けるかということです。

それで、読者にとってゼーリエの最も嫌なところって、「花畑を出す魔法を否定するところ」ではないでしょうか。(他にはフランメに対する「失敗作」「気まぐれで育てた」やレルネンに対する「やはり人間の弟子は取るものではない」。)

フリーレンとフランメ(と読者)が好きな「花畑を出す魔法」に対して「なんの役にも立たない」、「実にくだらない」と散々な言いようで読者の神経を逆なでしてくるわけです。

まあ、確かに「花畑を出す魔法」なんて、普通に考えたらあまり役には立つ場面はなさそうです。特に、ゼーリエは「戦いを追い求める」魔法使いですから、その観点からくだらないと言えばそのとおりです。(花弁を利用して戦うシャルフは例外として)

だから、読者としては「ゼーリエは戦いの役に立たない魔法は好まないんだな」とまずは理解することになると思います。フリーレンとゼーリエとでは魔法に求めているものが異なるのだなと。

しかし、ゼーリエの弟子に対する思いを知ると、その理解が変わります。

ゼーリエは、「花畑を出す魔法」が役に立たないから、くだらないから嫌いなのではありません。

実際、フリーレンが大好きな「くだらない魔法」をゼーリエは山のように収集しています。フェルンが希望した「くだらない魔法」も持っていました(余談ですが、これ、服の汚れで一本取られたリュグナー戦を想起です)。フリーレンの「流石は生ける魔導書ゼーリエ」という言葉は「くだらない魔法収集家」としてのリスペクトの現れです。山積みのあの魔導書が全て戦闘魔法のはずがなく、つまりゼーリエは「くだらない魔導書」に囲まれて暮らしています。そしておそらくゼーリエの頭の中は「くだらない魔法」でいっぱいです。

ゼーリエが「花畑を出す魔法」を「役に立たない」「くだらない」と評する理由は、「花畑を出す魔法」が愛弟子フランメのお気に入りの魔法で、花畑がフランメをはじめとするかつての弟子達のことを思い出させるからであり、そして、弟子達への気持ちをうまく理解・コントロールできないからです。

「弟子を取って後悔したことは一度も無い」の場面を見てみます。

ゼーリエは、庭園の花を眺めて弟子達のことを思い出しながら語ります。(ゼーリエは庭園を花でいっぱいにしているのに、花畑を眺めるだけで花畑の中に入ろうとも花に触ろうともしません。これに関しては別記事で扱いました。)

ゼーリエはしゃがみ込み、フリーレンはその側に立ってゼーリエを見下ろしています。上下関係があるのにこういう位置関係では普通は会話しません。この場面でゼーリエ(師)とフリーレン(孫弟子)の上下関係が逆転していることを象徴しています。

そして、ゼーリエの表情が「らしくない」です。孫弟子のフリーレンに対して言った「その後も沢山の弟子を取ったよ。」の文末の「よ」もそうです。普段のゼーリエなら「取った。」と言い切るはずです。声優の演技を聴いて欲しいのですが、「よ」の発声には力がありません。普段は尊大な態度のゼーリエが、ここでは自信なく、頼りない存在なのです。

「不思議なものだ」、「何故か」とも言っています。女神様に最も近い存在であるはずのゼーリエが、弟子に対する気持ちに関しては曖昧な物言いしかできません。

このように、ゼーリエは弟子に対する気持ちをうまく理解・コントロールできていないのです。

だから、その感情を否定したいのですね。

それが、「花畑を出す魔法」を「『なんの』役にも立たない」「『実に』くだらない」と強い言葉で否定しなければならない理由です。

以上で見たように、ゼーリエに対する理解がぐるっと転換されるところの気持ちよさ、というのがゼーリエというキャラクターの魅力になっていると思います。

ゼーリエの弟子たちへの想いについては、こちらでも扱いました。