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僕は旅がしたい(勇者ヒンメルはこう言った2)

僕はね、終わった後にくだらなかったって笑い飛ばせるような楽しい旅がしたいんだ。

『葬送のフリーレン』原作:山田鐘人、作画:アベツカサ
単行本第2巻第11話、アニメS1-EP6

分析

まずは、価値判断を排除して、ヒンメルのこの台詞を分析してみます。

省略できるところは省略して単純化すると

僕は旅がしたい。

となります。

どのような「旅」なのかというと

終わった後にくだらなかったって笑い飛ばせるような楽しい旅

ですね。

これを分解すると、ヒンメルの「旅」には、次の二つの要素があるとわかります。

【1】終わった後にくだらなかったって笑い飛ばせるような旅
【2】楽しい旅

作品から切り離されたこの文章を、価値判断を抜きにしていくら分析しても、これ以上のことは出てきません。

解釈

ヒンメルのこの台詞をどう解釈するか、立場は様々あるけれども、結局のところ、この二つの要素のうち「どちらをどれだけ重視するか」で整理できると思います。

そして、「どちらをどれだけ重視するか」は、もう、基本的にはその人の価値判断でしかありません。(例えば「1よりも2を重視するとこの事実と矛盾が生じる」という様な事は今の所なさそうなのです。)

ヒンメルのこの台詞をネットで検索すると、たくさんの解釈が出てくるのですが、【2】の「楽しい旅」の要素を重視したものが多いというのが私の印象です。

ただ、なぜ【1】よりも【2】を重視するのか、その理由が読み取れるような解釈論は見当たりませんでした。

終わった後にくだらなかったって笑い飛ばせるような旅

そこに不満を感じたので、自分の解釈(【1】重視)に基づいて作文しました。

ただ、これは読み物として書いたつもりなので、ここで【2】よりも【1】を重視する理由を挙げておきます。

まず、【2】を重視しない理由です。

  • 「楽しい旅がしたい」では、アイゼンの指摘(生きて帰れるかどうかわからない)に対する真摯な応答になっていない。

  • アイゼンはヒンメルの言葉に納得して受け入れている。

  • 「楽しい旅がしたい」を強調すると、ヒンメルが魔王を倒そうとする動機がますますわからなくなる。

次に、【1】を重視する理由です。

  • アイゼンの指摘に対する真摯な応答になっている。

  • ヒンメルは「後にどう評価されるか」という未来の観点から現在の行動を評価する傾向が強い。(もちろんフリーレンの存在が念頭にある)

ただ、【1】を重視する立場でも、【2】を完全に無視するわけではありません。

まずそもそも、「楽しい旅がしたい」というのは人間として当然の願いであって、「楽しい旅をしたくない(つらく苦しい旅をしたい)」ということはあり得ないからです。

そして何より、ヒンメルは「迷宮好き」で

楽しく冒険して迷宮に潜って魔物を倒して宝を探して、
気が付いたら世界を救っていたような
そんな旅がしたいんだ。

『葬送のフリーレン』原作:山田鐘人、作画:アベツカサ
単行本第6巻第48話、アニメS1-EP23

とも言っているからです。(つまり、【2】をあまりに重視すると、この「迷宮好き」発言と役割が重複してしまいます。)

楽しい旅

試みに、【2】「楽しい旅」を重視する立場で少しだけ台詞を見てみましょう。自分は【1】を重視するのが好みなので、軽くですが悪しからず。

ヒンメルの一つ前の台詞と対置します。

アイゼンは、辛く苦しい旅したいのかい?
ぼくは、(辛く苦しい旅ではなくて)楽しい旅したいんだ。

助詞の「が」を上手に使ったきれいな日本語で、スッと入ってきます。

声優の発話の間隔を「//」で入れてみます。

僕はね // 終わった後に // くだらなかったって笑い飛ばせるような  // 楽しい旅がしたいんだ。

しかもイントネーションは「楽しい(⤴)旅(⤵)」なんですよね。

アニメでヒンメルの声を聴くリアルタイムな印象では、「楽しい旅がしたいんだ。」の部分はかなり強調されていて記憶に残るのです。

「迷宮好き」発言とも整合しますから、この立場も十分成り立つと思います。

補足(ヒンメルの「迷宮好き」)

余談になりますが、ヒンメルの「迷宮好き」という特徴は、ヒンメルの人格理解をとても悩ましいものにしていると思います。

正直に言うと、ヒンメルの「迷宮好き」を私はまだうまく理解することができていませんし、そのため、ヒンメルというキャラクターを好きになれていません。

本文でも触れましたが、ヒンメルが魔王を倒そうとする理由って、具体的な説明がありませんよね。魔王が戦乱の元凶で、多くの人を不幸にしていることはわかりますが、フリーレンやアイゼンのような個人的な理由はまだ描かれていません。(ヒンメルは孤児院出身(ハイターと同じ孤児院)なので、戦争孤児なのかもしれませんが。)

それこそ、「ヒンメルは勇者だから」、「勇者は魔王を倒すものだから」という理由しかないのです。

これはこれで良い、『葬送のフリーレン』はそういうジャンルの作品なのだ、という考え方もあるでしょう。

ただ、この辺りがひっかかって、この作品を楽しめないと感じる人もそれなりにいると思います。自分もそうです。そのあたりのことはこちらに書きました。

まあ、まだ完結していませんからね。どうなるのか楽しみです。