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《葬送のフリーレン》アニメ2期予習 第77話「竜の群れ」

レヴォルテ編が終わって、黄金郷編まで残り4話となりました。

第8巻77話「竜の群れ」は第8巻68話「北部高原」と同じく、かなり「故郷」を押し出したお話になっています。

第77話では第68話とは逆に、フリーレンが「この村はもうお終いだ」と言うとシュタルクが村人の心に寄り添います。シュタルクの成長ですね。

テーマ「故郷」についてはこちらでまとめています。

シュタルクが「魔法ってすごい」「本当に便利だ」と感心しています。

ここは既視感があるのですが、思い出せません。(ヒンメルが同じように魔法に感心している場面があった気がするのですが…)

「人助け」をするときの報酬について回想があります。

これが単なる荷物運びや護衛の依頼に限定しての話だとすれば理解できるのですが、勇者一行の一般的な行動理念だとすると、わかったようでわからない理屈だと私は思います。

勇者一行が報酬を受け取っているからと言って、貸し借り無しだと考えている人々はいないと思います。貸し借り無しならただの取引、普通の冒険者パーティーの行動であって、勇者一行の行動ではありません。

それどころか、勇者一行は人々の命や故郷を救ったりして、現実的には返せないほどの貸しを作っているわけです。だから人々は「あの人は本物の勇者だ」とヒンメルのことを認めて称えるのでしょう。第一、魔王討伐の報酬はなんだったと言うのでしょう?

重箱の隅をつついているだけなのかもしれませんが、私なりに考えてみます。

「貸し借り無し」というのは、たとえば、私達が日頃お店で代金を支払って商品を買う場合です。一切の「貸し借り」は残りません。「貸し借り無し」ですから、この取引のことは当たり前の事として忘れます・・・・。日々の買い物について一々心に留めて生きている人はいません。代金を支払って商品を受け取ることは、当たり前の日常だからです。けれども、このように当たり前に買い物ができることで日々の生活が成り立つのですから、私達は「助けられている」わけです。

そうすると、「貸し借り無し」にこだわるヒンメルの理想は「いつかは皆から忘れられる勇者」なのかもしれません。

次の第78話「コリドーア湖」では、ヒンメルの「ただの日常」を記した日記(自称「自伝」)が発見されることにも留意してください。ヒンメルは「日常」を大切にしていて、その価値をよくわかっている人でした。

ヒンメルの願いは魔王討伐それ自体と言うよりは平和(日常)を取り戻すことだったわけですから、勇者ヒンメルの功績と彼の存在は忘れられてしまう運命にあるというよりは、忘れられる(当たり前の事になる)べき・・、いや、忘れられなければならない・・・・とさえ言えるのかもしれません。

はっきり言って、この「人助けの報酬」に関するエピソードは、現時点では他のエピソードとの関連性が感じられず、浮いていると思います。唐突にここで挿入された「ちょっといい話」程度の印象です。ただ、確かにフリーレンは一貫して依頼の報酬にはこだわっていて、時には交渉さえします。ですから、これは後々にもう少しわかりやすい形で活きてくるエピソードなのではないかと思います。

最後に、デンケン、レルネン、エーデルそしてマハトが登場してこのエピソードは終わります。