ハイターがフェルンに魔力制限を教えていた理由 葬送のフリーレン 考察
ハイターは幼いフェルンに魔力制限をさせていました。(第2話)

魔力制限には「人生を懸けたような」「血の滲むような努力」が必要です。(第24話)

そもそも、フリーレンは魔族を根絶やしにしたいほど憎んでいて、そのためにフランメのもとで魔力制限の修行を始めました。復讐のための魔法です。(第22話)
それに対して、フェルンは、ハイターを「救ってよかった」「もう大丈夫だ」と安心させたくて修行に打ち込んでいます。
そのフェルンに対して、ハイターは魔族を欺くための魔力制限をさせているわけです。フェルンは魔王討伐後の平和な時代に生まれた世代です。一人前の魔法使いになるためとか、「一人で生きていく術」(第2話)のために魔力制限が必要だとはとても思えません。いくら何でもやり過ぎでしょう。
フェルンは魔法が好きかと問われて「ほどほどでございます」と答えています(第2話)。これは復讐のために魔法の修行をしたフリーレンの答えと同じです(第22話)。フェルンもフリーレンも魔法を習った当初は魔法が大好きだったはずです。けれども「ほどほど」になってしまっています。フェルンには子供らしい笑顔が乏しく、精神はかなり危機的状態にあると言えるでしょう。
それでもハイターはフェルンに魔力制限を教えています。
これが何を意味するかといえば、「フリーレンとの旅がかなり過酷な魔族との戦いになる」ことをハイターは知っていたということです。

「女神の石碑編」を読むとわかりますが、フリーレンはヒンメル、ハイター、アイゼンに誘導されてキーノ峠の女神の石碑に到達しています。
ということは、『葬送のフリーレン』は「タイムリープもの」、「タイムトラベルもの」だと考えてよいでしょう。
その観点から『葬送のフリーレン』を見直した考察を読みたいと思っているのですが、なかなか見つかりません。
※『葬送のフリーレン』は「タイムリープ・タイムトラベルもの」だという理解をベースにした私なりの考察です。
※『葬送のフリーレン』に関する考察記事をたくさん(70以上)書いています。
