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《葬送のフリーレン》新しい意味を生き始める影なる戦士(第13巻124話「影なる戦士」、125話「家族」)

ネタバレには配慮していません。

『葬送のフリーレン』の原作マンガはまだ読んだことがないという方には原作マンガを、既に読んだことのある方にはある一つの視点からの再読をお勧めしています。その訳をこちらの記事で説明していますのでお読みください。


はじめに

第13巻124話「影なる戦士」と第125話「家族」は、帝国編のテーマの一つが「家族」でもあるため(影なる戦士達の疑似家族関係とラントとユーベルの家族)、これまでは家族関係に着目して読むことが多かったエピソードです。

ただ、今回クライスの今後の物語を考えながら読んでみたところ、別の読み方もあると思いました。

作者が影なる戦士を使って描こうとしていることは、おそらく二つあります。

一つは、人間関係(特に家族関係)というものの発展について。(これについては何度も書いています)

もう一つは、私はまだうまく名前をつけることができないのですが、影なる戦士達が抱えている恐怖についてです。

人間関係の発展

これについては何度か書いていますので、ここではざっと触れるにとどめます。

『フリーレン』における人間関係というものは次のような理解を前提にしています。

人間関係は偽物として始まる。始まりは偽物だった関係が時間を重ねることによって本物になる。だから、偽物か本物かは重要ではない。

影なる戦士では家族関係を例にしてこのことを描いていますね。

帝国編でも舞踏会会場でのクレマティスとガゼレの会話はまさにこれですし(第15巻141話)、まだ目立ちませんがクライス(兄)とシュリット(妹)でも描かれています。

黄金郷編では、マハトとグリュックの友人関係、マハトとデンケンの師弟関係を使って、このことを描いています。

フリーレンとフェルンの師弟関係もそうです。初期の二人の関係、特にフリーレンのフェルンへの眼差しを見て欲しいのですが、とても「師」の目ではありません。フェルンは自分たちの師弟関係はハイターとの約束から始まった偽物に過ぎないと語っています。(第4巻29話、第2巻8話)

これは、人とは人を目指す存在である、勇者とは勇者を目指す存在である、という人間理解と通底するものがあります。(第10巻90話、第3巻25話)

ラダールの日課

それでは、もう一つの影なる戦士を使って描こうとしているもの、影なる戦士達が抱えている恐怖についてです。第13巻124話と第125話を、私なりに読んでみます。(あらすじは追いません)

第124話「影なる戦士」は、朝、ラダールが郵便受けを確認している場面から始まります。これは彼の日課で、影なる戦士の指揮官からの任務終了通達を待っているのです。

第125話「家族」の最後、ラダールは郵便受けの確認を止めます。

ですから、このエピソードのポイントは、ラダールはなぜ通達を待ち続けていたのか? そしてなぜ待つことをやめたのか?です。

任務終了通達を待ち続けるラダール

ラダールは任務終了通達を待っています。そして、通達が来ないことを理由に任務を続けています。(影なる戦士が解体されていることをラダールは知りません)

何事も「通達を待て」が任務を受けた際の指揮官の命令だからです。現場で判断するな、上からの指示を待てというわけです。

けれども、30年以上音沙汰なしなのだから、自分たちの任務は忘れられているし、任務を続けることに何の意味もないとわかっています。今さら任務終了通達なんて来るわけがないのだから、この無意味な任務は自分で終わりにするしかないとわかっています。

わかってはいるのですが、任務終了通達を待って、任務を続けています。

生きてきた意味

なぜラダールは来ないとわかっている任務終了通達を待ち続けて、意味がないと知っている任務を続けるのでしょう。

それは、今まで「生きてきた意味」が否定されてしまうことが怖かったからです。

フリーレンから「お前の任務なんてもう誰も覚えていない」(任務終了通達など来るはずがない)と改めて指摘されたラダールは「俺が生きてきた意味はなんだったんだろう」とつぶやきます。

目的を知らされていない任務のためであっても命を捨てることができる「死をも恐れぬ戦士」である自分が、生きてきた意味が否定されることを恐れている。この矛盾(かっこよく言えば「認知的不協和」)が、「いつか任務終了通達が来るはずだ」という亡霊を生み出していました。

亡霊を信じていれば、生きてきた意味が否定されることを恐れている自分から目を背けて、「死をも恐れぬ戦士」として生きていけるからです。

新しい意味を生き始めたラダール

そうやってラダールは亡霊(いつか任務終了通知が来る)を信じて、「死をも恐れぬ戦士」として生きてきました。

しかし、フリーレンから「お前は死を恐れている」つまり「死をも恐れぬ戦士」なんかじゃないと指摘されます。

さらに、「お前の任務なんてもう誰も覚えていない」(任務終了通達は来ない)という否定しようのない事実を突きつけられて、ラダールが信じていた亡霊は殺されてしまいます。

ラダールはそこで目が覚めます。

「死をも恐れぬ戦士」であることを止め、亡霊を信じることを止め、任務終了通達を待つことを止め、ラダールは人生の新しい意味を生き始めます。

おわりに(影なる戦士達)

ちなみに「亡霊」とはレーヴェの台詞から採りました。彼は「大戦士の亡霊」と自称しています。(第13巻127話)

※(追記)ラントも「亡霊」と言っていました。(第15巻138話)

しかし、私が思うに、既に解体されていて存在しない組織である「影なる戦士」こそ「亡霊」だと思います。(第15巻138話)

影なる戦士達は「戦うことしか知らない」と言います。(第13巻125話、第15巻141話)

戦うことしか知らないから、影なる戦士として生きるしかない、他の生き方はできないと言うのです。

だけど、みんな立派に社会人しているじゃないですか。

「戦うことしか知らない」というのは自分を騙すための嘘です。

「戦うことしか知らない」と自分に言い聞かせて、影なる戦士としての自分を守っています。(「言い聞かせている」というのはヴァルロスも使っていた本作のキーワードでしょう。同じことを何度も言うということは、それを信じることができていないということです。第15巻146話)

影なる戦士達は、ラダールと同じで、変わることを恐れています。変わることによって今まで生きてきた意味が否定されてしまうことを恐れています。

最後に考察っぽいことを言えば、帝国編に登場する影なる戦士達の何人かは、ラダールと同じように、生きることの新しい意味を見つけるでしょう。

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