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賢者エーヴィヒの魔導具「水鏡の悪魔」


シュピーゲルの心を持たない複製体

シュピーゲル(水鏡の悪魔)が作り出す複製体には「心がない。心の働きを精密に模倣しているだけ」という特徴があります。(第51話)

疑問なのは、この「心の働きを精密に模倣している」という特徴は必要ですか?ということです。

複製体は戦うためだけに存在しています。しかも、話をすることはできないのです(第50話)。喋れないなら単に「心がない」ということで済む気がします。

実際、この特徴が二次試験中のエピソードで活かされているのは、ユーベルの複製体がラントから脱出用ゴーレムのビンを奪ったことくらいです。

そうすると、この特徴(心の働きを模倣)は一級試験編に留まらない大きな伏線であると考えられます。

シュピーゲルについて振り返ってみましょう。

シュピーゲルは賢者エーヴィヒの英雄譚に登場する神話の時代の魔物とされています。

そこで、思い当たることがあります。

賢者エーヴィヒによる「支配の石環」です。

賢者エーヴィヒの作った魔導具「支配の石環」と「水鏡の悪魔」

「支配の石環」は、賢者エーヴィヒが作った魔族の心を操る魔導具です。

そうすると、エーヴィヒは「心」について研究していたと考えられます。

ここで、もう一度、シュピーゲルを見てみましょう。

巨大な宝石か宝珠のような姿です。どう見ても魔物ではありません。まるで魔導具です。

破壊された時にも、シュピーゲル=「水鏡の悪魔」本体は魔力の粒子になりません。(他方で、複製体はまるで魔族のように魔力の粒子になって消えます。この点は覚えておいてください。)

そこで、心の研究をしていた賢者エーヴィヒが魔導具「水鏡の悪魔」を作ったのでは?という可能性が浮かび上がります。

「零落の王墓」は未踏破でしたから、この事実は当時の関係者(存命なのはゼーリエくらい?)を除けば、現代ではほとんど知られていないはずです。ですから、先に引用した画像で、ゲナウがシュピーゲルのことを「迷宮の主」、「神話の時代の魔物」と呼んでいたことも当然です。

※続きを書きました。

この後の筋書き

作文はいったんここで区切ります。この後の私の作文の筋書きです。

  • エーヴィヒは「永遠の命」についても研究していた。ドイツ語のEwig = 永遠の(第2話)

  • エーヴィヒの目的は、永遠の命を持つ人間を作ること。

  • どうやって作る?

  • 人間とエルフを「観測」して「複製」することによって。(第97話ソリテール参照)

  • 魔導具「水鏡の悪魔」はその過程で作られた試作品。

  • 「水鏡の悪魔」で作られる複製体の特徴

    • 心を持っていないという欠陥があったので、心の働きを模倣させた。(≒魔族)

    • なぜ話せない?(第50話ラント参照) → 心を持たない者が模倣で話せたら大変なことになるので制限した。(≒魔族)

    • 危険なので複製体と本物を見た目でも区別できるようにした。(第49話リヒター参照)(≒魔族の角?)

    • 複製体が破壊された時には魔力の粒子になって消える(≒魔族)

    • 複製体を使役・支配するために「支配の石環」を作った。

  • 「水鏡の悪魔」は危険なので、当時の皇帝の墓の守護者という役割を兼ねて封印した。現在この王墓は「零落の王墓」と呼ばれ、大陸魔法協会が管理している。

  • その後、魂の研究が進み、魔族が生まれた。(現時点では誰かの意図なのか事故なのかも不明)

  • しかし、魔族のコントロールは効かず、魔族は人類に伍する勢力にまで発展する。

  • 魔王はエーヴィヒの研究(魂の研究。フランメも研究していた)を利用していた。

  • そのために、エンデに城を築き、人間とエルフの魂を利用していた。

  • 魔王は人類と対等な関係を結ぶために人類に戦争を仕掛けた。(共存のための戦争)

  • 勇者一行が魔王を封印する。

  • 魔族の一部残党は魔王の復活を目論んでいる。

  • この辺りの事情を、勇者一行ではヒンメル、ハイター、アイゼンだけが知っている。フリーレンは知らないor忘れている。だから、3人はフリーレンがエンデに向かい、魔王を倒すように秘密裏に計画した。(タイムパラドックス(過去改変)を避けるために黙っていた)

  • ゼーリエは知っている。だから、できればフリーレンをエンデに行かせたくない。(←無関係なフェルンまで不合格にしようとしていた理由)

どう思われるでしょうか?コメントでご意見を頂けたら嬉しいです。

(粗筋を書き出してみたら、満足してしまいました。続きを書くかどうかわかりません。)

重要かもしれない余談

「水鏡の悪魔」で作る複製体には「心がない。心の働きを精密に模倣しているだけ」という特徴があります。

ここは、自閉傾向のある自分には身につまされるものがあります。

「自分には他人の心がわからない。自分には心がない。自分は人の心の働きを模倣しているだけ。そうやって他人の心を理解しようとしている。」

そういう疑念を未だに拭い去ることができないのです。(私は50歳に近づいたので、さすがに「でも、それでいい」と開き直ってはいます。)

ただ、(特に若い当事者の方に)勘違いしてほしくないのは、この感性は特別なものではないということです。

なぜなら、そもそも、心というものは言葉や行動にならなければ観測できないものだからです。他人の心がわからないのは当たり前のことです。

だから、この感性はほとんどの人が持っています。ただ、強弱(スペクトラム)があるだけなのです。

ですから、『葬送のフリーレン』の作者がこの感性を持っていても、何ら不思議はありません。


※『葬送のフリーレン』に関する記事はこちらにまとめています。