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幼いフェルンの危機


幼いフェルンの危機

作品と絡めて個人的な話をするのはあまり好きではないのだけど…

自分は安定した仕事に就いた年齢が30歳に近かったので、フェルンの「いずれでは駄目なのです!」のシーンは涙が出てしまう。(アニメS1-EP2「別に魔法じゃなくたって」。なお、マンガ版(第1巻第2話「僧侶の嘘」)では「駄目なのです」となっており感嘆符(!)は付いていない。)

一人前の魔法使いとして認められるために「一番岩を撃ち抜く」という課題に何年も取り組んでいたフェルンだが、育ての親ハイターが倒れたため修行を中断するよう師匠のフリーレンから伝えられる。フリーレンの「それはいずれ必ずできることだ。今は…(ハイターのそばにいてやってくれ)」という言葉を遮って、フェルンは「いずれでは駄目なのです!」と語気強く真っ向から反論する。フリーレンは目が覚めるような顔をして驚いている。

アニメ版では、フェルンのこの焦りはフリーレンと魔法の練習を始めた直後から描かれている。魚釣りをしながらの長距離魔法に関する講義の場面だ。上達には時間がかかる旨をフリーレンが諭すと、フェルンは表情を曇らせる。

「何年もかけていかなければいけないよ」と言われて俯くフェルン

ここから「いずれでは駄目なのです!」までその間実に4年である。フェルンはフリーレンと出会う前から修行を続けているのだから、文字通り「人生の大半を捧げて」魔法の研鑽に打ち込んでいる。(リュグナー戦を想起)

子供時代のフランメの描写と比較すれば明らかだが、この時期のフェルンには子供らしい快活さがほとんど見られない。この年齢にして、魔法が好きか問われて「ほどほどでございます」と答えているが、同じ年齢のフランメやフリーレンなら大好きだと答えたはずだ。

子供時代のフェルンは、なんとなく見ていると「物静かで素直な良い子」という印象だが、落ち着いて見てみればこれは抑鬱状態だろう。フェルンの精神は相当に危機的な状態だったのだと思う。(こういう事を比較してしまうのは「親の顔を見たい」のようであまり良くないが、親(師)としてのゼーリエとフリーレンを比較したくもなってしまう。フリーレンがダメだと言うつもりはない。ただ、ゼーリエのフランメに対する愛情の深さに思い至る。フランメもゼーリエの下でフェルン同様厳しい修練を積んでいたと思うのだが、ゼーリエと幼いフランメの信頼関係は眩しいほどである。ここは画像を省略するので、未見の方はぜひアニメで確認して欲しい。)

フェルンのその切実さが伝わったからこそ、フリーレンは修行の中断か継続かをフェルンの自主性に委ねた。(ここは少しわかりにくい。だからアニメ版では丁寧に追加の演出を入れたのだろう。)

ここは、育ての親が倒れたのだから通常は修行を中断するところだろう。が、フェルンは修行の継続を選ぶ。その後、一番岩を撃ち抜くことに成功したフェルンは子供らしさを幾分か取り戻してハイターと残された時間を過ごしていたから、フリーレンとフェルンの選択は結果として正しかったということになる。フリーレンがこの結果まで見通していたかはわからないが、結果がどうなろうともフェルンの自主性、自己決定を尊重する事が大切だと考えたのではないだろうか。

そしてまた、フリーレンは「なぜもっと早く気付いて声を掛けてやれなかったのか」と後悔した事だろう。フリーレンもハイターに対しては「あの子は打ち込み過ぎだ。あまりいいことじゃない」と言っていて、フェルンの状態に不安を感じていたのだから(この時ハイターの表情は俯き気味で眼鏡のせいもあってわかりにくい。ハイターも気になってはいたのだろう)。この経験はフリーレンに大きな影響を与えており、結果、フリーレンはゼーリエを超える優れた師に成長したと思う。(わかりやすいのはアニメS1最終話のゼーリエ・レルネンとフリーレン・フェルンの対比だろう)

余談だが、このフェルンの真剣さというか切羽詰まった感じは、一級試験中のゼンゼの「私が分からないのは (フリーレンではなく)君だよ、フェルン」の場面(S1-EP23「迷宮攻略」、第6巻第49話「迷宮と魔導具」)でフェルンが語る内容につながってくるところでもある。(ゼンゼについては別記事で触れた。)

フェルンとフリーレンの師弟関係を良く理解している(ここは帝国編につながる)という魅力的なポジションのゼンゼ。フリーレンよりもフェルンの方が分からない(フリーレンのことはまだわかる)というのも興味深い。

(フェルンに関する読み解きは以上です。)

個人的な話

あ、『フリーレン』の話になってしまった。自分の話に戻す。

あの頃は、自分のやりたいこととか、向き不向きなんてどうでもよくて、何でもいいから安定した仕事に就いて、両親を安心させたかった。両親はハイターほど年老いてはいなかったから死んでしまう心配はしなかったけど、「もう大丈夫だと、そう思って欲しい」、毎日そればかり考えながら、求職活動をしたり資格の勉強をしたりしていた。メンタルは相当やられていた。

似たような時期を経ている人はたくさんいるだろうし、今まさにそういう時期を過ごしている若い人もたくさんいるだろう。特別な話ではない。いろいろな親子関係があるのは勿論だが、これは典型の一つに過ぎない。

結局、自分はそれなりの仕事を見つけて、一応両親を安心させた。

ただ、フェルンにとっての魔法のようなものは見つけられず、「別にそれじゃなくたってよいこと」を仕事にして時間をお金に換え続け、最終的に仕事には何の未練もなく引退した。

ここまでは、子供としての自分のお話だ。ここからは親としての自分の話になる。

私の子どもには障害があって、「一人で生きていく術を身に付ける」なんてことは、どうやってもできない。この子にお金を残そうが家を残そうが適切に管理などできない。「もう大丈夫だ」と私が思う日は決してやって来ない。

この心をどうしたらよいのだろうか。

いや、もしかすると、親というものは皆そういうもので、これも典型の一つなのかもしれない。自分は障害のない子の親になったことがないので、わからないけれども。

楽観的かもしれないが、自分はあと20年くらいは何とか生きていられると思っている。フリーレンがハイターに言ったとおり「なるべくたくさんの思い出を作ってやる」くらいしか、できる事はないのだろう。

まあ、それをする事さえ困難な日常は、「普通の人」には想像できないと思うし、わかるように説明できるとも思えないけど…。

おわり。

お付き合いいただきありがとうございました。

付記

『葬送のフリーレン』 原作:山田鐘人、作画:アベツカサ

読者が疑問を感じるとすかさず回答を差し込んでくる、疑問→回答→疑問→回答のテンポが心地よい作品です。人物描写が丁寧なので、登場人物の心理を読み取るのが好きな人も楽しめると思います。書店で探してみてください。2025年3月に第14巻が発売予定です。https://www.amazon.co.jp/dp/4098501805/

また、アニメの制作にマンガ原作者が深く関与していることは間違いなく、視聴するとさらに作品を楽しめるものになっていますので、アニメ版もお勧めです。

『葬送のフリーレン』に関する記事

自分の考察、感想などをこちらにまとめています。主に私の「読み解き」を書いています。他人が共感できる内容かわかりませんが、「なるほどな」と感じられるところがあったらうれしいです。

ゼンゼについて

ゼンゼにはフェルンと似たような過去があるのかもしれません。