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農地に生物多様性をとりもどすと何が変わるのか?

農地の生産性を阻害するとされる害虫や雑草。
これらの生きものも含め、なぜ、生物多様性を守らなければならないのでしょうか?

生物多様性(生きものたちの豊かな個性とつながり)は自然環境や人間社会の安定にとって重要で、多くの<生態系サービス>をもたらしてくれます。
食物連鎖は生物多様性と密接に関連し、生態系の安定に重要な役割を果たしています。
多様な生きものが共存できる環境を農地に再現するには、不耕起栽培など、生きものの生活に配慮した栽培管理が求められます。


生物多様性とは

すべての生きものには個性があり、直接的・間接的に関わり合いながら暮らしています。
自然生態系を構成する動物、植物、微生物など地球上の豊かな生物種の多様性は、「遺伝子」「種」「生態系」の3つのレベルで捉えられます。

生態系のなかでは生きものが刻一刻と生まれ、死に、エネルギーが流れ、水や物質が循環しています。こうした自然界の動きは、農地と言えども例外ではありません。
害虫や雑草とされる生きものにも、私たちにはまだ評価できていない役割があるのです。

生物多様性は自然環境や人間社会の安定にとって非常に重要であり、多くの<生態系サービス>を提供しています。
生態系サービスとは、自然環境が人間に提供する恩恵や機能のことを指し、食物の供給、水の浄化、気候調節、自然災害の防止、観光やレクリエーションなどが含まれます。

食物連鎖と生物多様性

生食連鎖せいしょくれんさ腐食連鎖ふしょくれんさは、エネルギーおよび物質が生物間でどのように移動するかを示す食物連鎖の2つのタイプです。
生食連鎖は、生きた植物(生産者)や動物を直接摂取する生物(消費者)の連鎖を指し、腐食連鎖は、死んだ有機物や排泄物を分解する生物(分解者)を介したエネルギーおよび物質の移動を指します。
これら2つは互いに補完し合い、生態系全体のバランスを維持する重要な仕組みです(図1)。

図1 農地生態系の食物網
矢印はエネルギーおよび物質の流れを示す。藤田(2005)より引用。高橋(1989)に加筆

食物連鎖と生物多様性は密接に関連しており、生態系の安定に重要な役割を果たしています。
生物多様性が高い環境ほど食物連鎖は安定し、外部からの変化(たとえば、天候の変動や病害虫の発生)に対しても強い抵抗力(レジリエンス)を持つと考えられます。

生物多様性と生態系の回復

自然生態系は、ある程度破壊されても回復する力を持っています。
豪雨、突風、火災などによる森林の被害で小規模な生態系の撹乱が起こっても、新しい環境に適応できる生きものがそこに侵入し、やがて、もとの環境に似た状態に回帰していきます。その回復力の源になっているのは多様な生きものたちの力です。
持続可能な農業には、多様な生きものが織りなす回復力を発揮させる栽培管理が求められます。

生物多様性を維持できない画一的な栽培管理

生きものごとに環世界かんせかいが異なります。
環世界とは、生きものがその感覚や認識能力を通じて「知覚する世界」を指す概念です。

同じ物理的な環境(たとえば、農地)にいても、種や個体によって見えている世界や感じているものが違い、それぞれの生きものが持つ独自の生活が営まれているのです。

慣行農業(近代化農業)が勧めてきた化学肥料や農薬を多用し、大規模化、機械化を進めてきた画一的な栽培管理では、農地の生きものへの配慮はなく、作物以外の生きものは排除されてしまいます。
多様な生きものが共存できる環境を農地に再現するには、不耕起栽培をはじめとする生きものの生活に配慮した栽培管理への転換が求められます。

遺伝子レベルの多様性
同じ種類の植物でも、いろいろな遺伝子型を混ぜて植えたときに、組み合わせによっては病虫害に強くなることがあります。
植物(作物)種の<遺伝子レベルの多様性>を考慮することも、画一的な栽培の改善につながり、病害虫の発生抑制に役立つと考えられます。

農地に豊かな環境を取り戻す取り組み
農業の近代化で、農地から多くの生きものが失われました。
どのようにしたら、豊かな環境を育んでいくことができるのでしょうか?
下記『生きものマークガイドブック』には、各地で実施されている農林水産業の営みを通じて、多くの生きものが暮らせる豊かな環境を取り戻す取り組みが紹介されています。

「生物多様性」が減少する原因や理由、その喪失によって生じる問題や私たちの暮らしとの関係性について、さらに知りたい方は下記を参照ください。


目立たない種の多様性が生む生態系の安定性

多種多様な生きものが生活する生態系では、「数多くの弱い相互作用をもつ種」が、「強い相互作用を持つ種」による過剰な資源利用を相殺し、全体の安定性を高めています。
目立つ種だけでなく、影で働いている弱い種の多様性こそが、生態系機能とサービスの持続性を支える重要な要素です。
多種多様な種が維持されている環境では、今後起こりうる環境変化に適応するための選択肢を広げ、生態系サービスを確保する「種のポートフォリオ(生態系の安定性)」を守ることにつながります。

数多くの弱く相互作用する種が一緒に活動することで、生態系を安定化させる重要な力となりうることがわかってきたのだ。これは、多くの弱く相互作用する種が集団的に、少数の強く相互作用する種の影響を相殺するからである。つまり、強く相互作用する種は、生態系の機能やサービスの乱高下を引き起こしたり、生態系を崩壊させたりするような方法で資源を酷使していると考えられている。弱く相互作用する種は、資源の一部を適切に利用し、それによって強い相互作用者による「暴走」消費を相殺するため重要なのだ。
ここでの教訓は、人間は保存のために種を価値づける方法を変える必要があるかもしれないということである。通常、私たちは生態系の中の個体数が多く、強力な相互作用者を大切にする傾向があるが、それはその役割が私たちの目に見えているからだ。生態系の中で元来希少な種は、その影響が比較的弱いために無視されることが多い。しかし、それらの希少で弱い相互作用を持つ種は、それぞれが強力な種の陰で働いている間に、強い相互作用者の影響をまとめて打ち消してしまうことがある。これらの種は、生態系をつなぎ合わせる重要な糸を提供しているのだ。生態系の機能とサービスの信頼性と持続可能性を保証するためには、弱い相互作用者の多様性を保全することが、少数の支配的な種を保全するのと同じくらい重要かもしれない。

生態系の中で多様性を維持することで、環境変化に適応するための幅広い選択肢を確保することができる。そうすることで、生態系サービスを維持するために選択できる種のポートフォリオを確保することができるのである。

オズワルド・シュミッツ/著、日浦 勉/訳(2022)『人新世の科学:ニュー・エコロジーがひらく地平』岩波書店、67-68ページ