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【日常】看護学生はオムツの体験レポートを書くそうです


オムツ実習の調査研究とその限界

看護学生にはオムツ体験の実習があります。看護の現場では患者や高齢者のオムツを替えることになるので、自分で実際にオムツを使ってみて「排泄ケア」を捉え直すことが教育の目的になるようです。

調べてみると、紙おむつでの排泄体験の教育効果を調査した論文もありました。今回は個人的な趣味の記事なので引用元を示すのは控えますが、内容はオムツへの排泄体験のレポート課題を分析したものです。大学の看護学科や看護の専門学校では、しばしば受講者にオムツを配布して排泄体験のレポートを提出させています。この論文は、学生の同意を得た上でそうしたレポートの記述内容を調査し、オムツ実習の教育効果を明らかにするという趣旨でした。

とはいえ、その研究には根本的な限界も見られます。そもそも、排泄は極めてプライベートな行為であり、レポート課題が「教育現場」から課されたものである点や、提出先の「採点者」の存在を無視できない点を考慮すれば、記述内容にそれなりのバイアスがかかることは避けられません。つまり、オムツ実習の課題には、学生がある程度の「模範解答」を想定して記述するインセンティブが作用してしまうのです。

だからこそ、教育現場から課されたわけでもなく、教員に評価されるわけでもない、もっと自由で率直なオムツ実習のレポートがあってもいいのではと思いました。というのも、この頃の私は彼氏のこだわり(?)のおかげで10年ぶりにオムツを使用する機会があったからです。

先ほどの論文では、学生はオムツを使用して「つらさ」や「不快感」を訴えるのが広く見られたそうですが、全員が全員そういう感想を抱くのかというと、多少の疑問が残ります。私は小学生までおねしょしていて夜はオムツを使っていましたので、物心ついてからもオムツの感覚は思い出せますし、使用した際の「不快感」も同意できますが、かといって「不快でした」で片付けるべきものでもないと思うんです。

例えばオムツメーカーもプロですから、オムツへの排泄で不快感を覚えるくらいは百も承知のはずで。日々、改良に改良を重ねて、むしろオムツの「不快感」を低減し、なるべく「快適さ」を追求してきたのが、オムツの実態であるともいえます。

他にも「一回きり」のオムツ体験による限界も指摘できるはずです。そもそも、「オムツでの排泄は不快であるに決まっている」という先入観は一般的だと思いますが、そういう人がそのまま一度オムツに排泄してみても「やっぱり不快だった」という先入観の追認にしかなりません。実際に排泄ケアでオムツを使う人は、先入観がなくなるほど日常的にオムツを使用しますから、一回きりの学生のオムツ体験にはそうした制約は付きまとうわけです。その点でも、ここ最近何度か使っている私みたいな事例のレポートを書く意義があると思えてきます。

というわけで、今回は看護学生には書けない、正直なレポートを書いてみました。

オムツ実習レポート(by 高円寺バタイユ)

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