半分、過ぎて。|風まかせ文芸部 参加作品
彼女がこの部屋を出て行って、一ヶ月が経った。
別れ話をされたときには、既に彼女は荷物をまとめていた。
そんなことにも気が付かなかった。
そのくせ、みっともなく慌てふためいた。
いきなり言うなよと思った。
一人で生きるなんて無理だと思った。
最後まで自分のことばかりだった。
彼女との思い出と一緒に全部おしまいになるんだと思った。
きっと何も手につかないし、涙だっていつまでも出続けるはずだった。
だけど、何もおしまいにはならなかった。
夜には涙も止まるし、朝には仕事に行くし、ご飯だって食べた。
悲しくないわけじゃないけど、悲しくてもいつも通りでいられた。
時間は本当に治療薬みたいに心の痛みを少しずつ消してくれた。
傷はいつの間にかかさぶたに変わっていった。
寂しさは次第に過去のものになっていった。
それが悲しかった。
一ヶ月も経つと、平気なふりをしているのか、本当に平気なのか、わからなくなった。
ただ当たり前の生活が続いていて、いつも通りでいるだけだ。
家を出るときに行ってきますを言わないようにするのも、もう慣れた。
だけど誰もいない部屋にはまだちゃんと向き合えなかった。
靴を履いて顔を上げた時、玄関に置いた芳香剤が目に留まる。
木の棒を挿したガラス瓶。
中のオイルは、半分もなかった。
彼女が気に入っていた甘い香り。
何の香りなのか、自分は知らないままだ。
この香りも当たり前になっていた。
そしてこの当たり前も、あと少しでなくなる。
綺麗にぱったりとなくなるんじゃなくて、少しずつ薄くなっていく。
なくなったことに気付いた時には、別の当たり前がそこにある。
きっとその頃には、誰もいない部屋に向き合えているはずだ。
それが悲しい。
iさんのこちらの記事を拝見して書いてみました。
