R. I. P. Tom Stoppard
◆朝刊に,英国の脚本家・トム・ストッパードの訃報が載っていた。
彼の名前が僕の中ではそこそこ大きなものであることを知らないまま,かみさんが教えてくれたのだ。
ストッパードはチェコ出身の亡命ユダヤ人で,享年88。
第二次世界大戦中,チェコを脱出した先のシンガポールから日本軍の侵攻を逃れてインドに向かう際に父親を亡くしているというから,日本という国に抱く印象は,あまりよくなかったかもしれない。
有名なところでは,毀誉褒貶相半ばするあの「恋に落ちたシェイクスピア」の脚本で,アカデミー賞を受賞している。
本来は舞台演劇の人で,シェイクスピアの「ハムレット」の脇役に焦点を当てた「ローゼンクランツとギルダースターンは死んだ」で,トニー賞を受賞している。
◆この「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」は映画化もされており,実は僕にとっては,20代のころにDVDで観て以来,個人的にとても愛着のある映画だったりする。
主役の2人を,若き日の(というか,映画デビューしたばかりの)ゲイリー・オールドマンとティム・ロスが演じている。
アンチ・クライマックスなとぼけた映画で,ほとんどが主役2人の掛け合いで占められている。
数奇な宿命を背負う(挙動の一つ一つがやけに大仰で芝居がかった)王子のとばっちりで,理不尽な死が約束されている(が,無論そんなこととはつゆ知らない)「脇役」の2人。
オールドマン扮するローゼンクランツがコインを拾い,手すさびにコイントスを始めるが,何回やっても「表」しか出ない。
ロス扮する連れのギルデンスターンは理屈っぽい男で,不可思議な現象にあれこれ説明をつけようとするが,呑気で間抜けな相方のローゼンクランツは,ほとんど聞いていない。
掛け合いの間に,ローゼンクランツはアルキメデスの原理を再発見したり,ビッグマックを思わせるハンバーガーを発明したりしているのだが,2人は気に留めることもなく,会話を続けていく。
その裏側で,ハムレットの物語は着々と進行し,2人は訳もわからぬまま,死の運命に引き寄せられていく……
◆映画ではもう一つ,テリー・ギリアム監督ーー英国の伝説のコメディー集団・モンティパイソンの,ほぼオックスブリッジ出身者ばかりの主要メンバー中唯一のアメリカ人で,主にアニメーションを担当,数少ない出演スケッチの中では「スペインの異端審問官」が当たり役だったーーの「未来世紀ブラジル」の脚本も,ストッパードが手がけている。
ただし,これについてはギリアムが著書の中で,ストッパードが脚本に収拾をつけられず,結局彼から脚本を取り上げ,他の脚本家にバトンタッチすることで収まりをつけた旨を,苦々しげに綴っている。
ストッパードは演劇人らしい偏屈な人で(リチャード・カーティス監督の「アバウト・タイム」に登場する,気難しくて毒舌家の,主人公の居所の家主氏が,イメージにピッタリだ),ギリアム本人だって相当付き合いにくそうな,なかなかヒネクレた人なのだが,このときばかりは大変な思いをしたようだ。

日本の配給会社が勝手につけた「未来世紀」という
枕詞は,蛇足以外の何ものでもない。
ちなみに,作中では懐メロの「ブラジル」が何度か
流れるが,作品の舞台は歌詞の中のブラジルとは
真逆の,近未来の英国と思しきディストピアである。
◆何にせよ,「ローゼンクランツとギルデンクランツは死んだ」と「未来世紀ブラジル」という,大好きな英国映画2本に関わっていることで,ストッパードは僕にとって,特別な名前であり続けてきた。
黙祷……
