「EMDM」第1話
あらすじ
大学生の慎輔(しんすけ)は、高身長で肥満体型、人付き合いが苦手な草食系男子。友達はおらず、引き籠り体質で、流行にも興味が無い。そんな慎輔の唯一の楽しみは〈食べる〉事。一人暮らしを機に始めた自炊で〈美味しそうなモノ〉を作っては、自らの心を満たしていた。
ある日の昼頃、いつものようにキャンパスで一人飯を摂っていると、女子学生の朱鳥(あすか)に声を掛けられる。慎輔の弁当を分けてもらった朱鳥は、特にスイーツが好きになり、もっと食べたいとお願いする。美味しそうに食べる朱鳥に惹かれた慎輔は、朱鳥のためにスイーツを作り始める。
そして、ある〈事件〉を契機に、慎輔は〈食人願望〉を芽生えさせていく。
登場人物
慎輔:大学3年生の20歳。身長は180センチ越え、体重は100キロ近辺のメタボ体型。おかっぱ風の髪型でメガネを掛け、髭は剃るも眉毛は整えず、やや子供っぽい外見。服装は、Tシャツにパーカー、スウェット風のゴムや紐のズボンとオシャレからは程遠い。(巨漢の為、着れる服が限られている)。人付き合いが苦手で消極的、断れない性格等、所謂、草食系。
〈食べる〉事が好きで、料理(主にスイーツ作り)が得意。
朱鳥:大学1年生の18歳。身長は155センチ程、どちらかと言うと痩せ気味の体型。黒のロングヘア―、色白の肌、可愛らしい顔立ち。服装は白と黒・茶色を基調としたワンピース+ロングスカート等、露出を控えたオシャレなもの(ただし、ドクロのネックレスや赤いマニキュア等、必ず1点ホラーやゴシックを連想させるものを身に付けている)。
喋り上手で積極的、はきはきとした性格等、慎輔とは真逆の所謂、肉食系。
慎輔に並々ならない好意を抱いている様子。
補足
・ジャンルは「恋愛」「サスペンス」。「食人(カニバリズム)」も作品のテーマなので、エロやグロの描写も含まれる。(青年誌向けのレベルで)。
・全12~13話を想定。春に二人の恋愛(食人嗜好)が始まり、秋の朱鳥の誕生日に慎輔の食人が達成される。+αでサイドストーリーも。現在、大まかながら各話のイメージはあります。
・朱鳥は心理学部と言う設定なので、心理学に基づいた行動や、モテない男性をその気にさせるテクニック等が登場する。
例)
会話をしたがる…自己開示の返報性。
昼食時は常に一緒に食べる…単純接触の原理。
慎輔の良い所を見つけて褒める。決して怒らない。
・タイトルの「EMDM」は「EAT ME, DRINK ME」の頭文字を取ったもので、この言葉は『不思議の国のアリス』に登場する。
本編
〇アパート(秋頃・夜)《※物語後半への伏線》
キッチン。料理する慎輔。指先に無数の絆創膏、左手首や腕に包帯。透明な袋に肉片や骨らしき物体。快楽殺人者さながら恍惚とした笑みを浮かべ、赤い液体が付いた肉の塊を切る。
慎輔「朱鳥さん。楽しみに待っていて下さい。もっと美味しいモノ、食べさせてあげますから―――」
*****
〇都内・大学(四月上旬)
午前十時。人文学(民俗学)の講義。公開講座で学生のみならず一般人の姿も多数。スクリーンを使い講義する温厚そうな教授。
教授「と言う訳でして、昔話で語られる、若い娘を怪物に差し出す〈人身御供〉もですね、自らの身体(しんたい)、血肉を捧げると言う点では、〈食人行為〉の一つだとボクは考えております。その〈食人〉ですが、行為者によって動機が異なりまして、宗教信者なら儀式の一環、病人なら治療。これは人肉で病が治るという迷信によりますね。〈かちかち山〉のタヌキに至っては報復。おばあさんを殺してばば汁にし、おじいさんに振舞う。…と、いささか常人には理解し難い動機が…」
講義室に響く不審な音。グゥー、グゥゥゥ、と調子を変え、途切れ途切れに鳴る。後ろから二、三列目に並んで座る女子達がクスクスと笑う。気になり、振り返る学生達。
一番後ろの席、窓側に一人座る慎輔。恥ずかしそうに俯き、腹を押さえる。音の正体は空腹のサイン。
察する教授、慎輔をネタにして講義を再開。
教授「食欲を満たす、と言う動機もあるんですね。食欲は三大欲求の一つでして、常に満たされる状態で無ければいけません。故に、飢饉で食料不足に陥った時代は、やむを得ず人を食した、との記録も残されておりまして」
〇キャンパス内(昼頃)
外の庭園。楽しそうに昼食を摂る学生のグループ。
離れた場所、ベンチの真ん中に一人座る慎輔。独り言を呟きながら、昼食の準備をする。
慎輔「しょうがないだろ。デブってのは、何もしなくたってお腹が空く。研究してみろよ、デブの生態。似合う服は無い、電車やバスじゃイヤな顔される、デブってだけでイジられる…」
膝の上に乗る弁当箱、蓋を開ける。二段重ねで、一段は主食のスコーン(プレーン味)。もう一段はおかずで、卵焼きや温野菜のサラダ等二、三品。肉や魚、揚げ物など脂っこいものは無く、全体的に健康そう。ただし、量が多い。
嬉しそうに中身を見つめる。
慎輔「友達は居ない、引き籠り(インドア)派、流行には興味は無い。…でも、僕にだって楽しみはある。〈食べる〉事が、僕の幸せ」
手を合わせる。スコーンを一つ手に取り、丸ごと齧る。口を大きく開けて食べるため、一口が大きい。噛む(食べる)度に、ウン、ウンと頷き、味や食感を確かめる。
慎輔「味は良し。食感はまあまま。プレーンならベリーのジャムが欲しいな、ナッツを混ぜたシロップも合いそうだ。星四つ、初めてにしては上出来だ」
別のスコーンを齧る。
弁当箱の中に零れる欠片も、指でつまんで、口に運ぶ。
+++
おかずを食べ終わり、残るは一個のスコーン。
慎輔「もう終わりか。ゆっくり食べたつもりだけど。もっと食べたいな。量増やそうか。あ、ダイエット中だった。運動しないで食べてばかりだから、全然意味無いけど」
最後のスコーンを手に取り、大きく口を開ける。その瞬間、不意に呼びかけられる。
朱鳥「―――美味しそうね」
慎輔「!?」
ビクっとする慎輔、声のする方へ顔を向ける。
腕を後ろに組み、腰を屈めて、覗き込む朱鳥。優しそうな笑みを浮かべ、慎輔を見つめる。
緊張で固まる慎輔。
スコーンを指さす朱鳥。
朱鳥「それ、手作りだよね。貰ってもイイ?」
ぎこちなく頷く慎輔、震える手で朱鳥に渡す。
朱鳥「ありがと。―――いただきます」
その場にしゃがむ朱鳥。スコーンを半分に千切る。口を小さく開け、齧る。片方の手を受け皿にして欠片を乗せる。上品な食べ方。
見下ろす慎輔、口を半開きにして、凝視する。朱鳥の指先や口元に目が行く。
食べ終わる朱鳥。手のひらを口に当て、欠片を舐める。
朱鳥「ごちそうさま。とっても美味しかった、お店で売ってるモノみたいで。羨ましいな、料理上手で。私、全然出来無いから。もっと食べたいな。また作ってくれる?」
ぎこちなく頷く慎輔。
朱鳥「嬉しい。じゃあ明日、食べに来るね」
微笑む朱鳥、その場を立ち去る。
朱鳥の背中を見続ける慎輔、心ここにあらずと言った様子。
慎輔「……、何年振りだろう、女の子に声掛けられたの…」
〇アパート(夕方)
キッチン。一人暮らしの部屋にしては広めの造り。焦げが目立つフライパンや鍋、砂糖、塩、コショウ、油(普通の油・ゴマ油・オリーブオイル)等の調味料、電気コンロ周りのレンジガードが汚れている等、一目で毎日料理をしている(=料理好き)と分かる。
夕飯を作る慎輔。昆布で出汁を取る。見切り品の野菜を切る。卵を割り、掻き混ぜる。
リビング。一般的な男子の部屋。畳んだ布団、整頓された衣類等、真面目で清潔感が漂う。料理本専用の本棚(カラーボックス)も。部屋の隅には、シイタケやミニトマト、バジル(香草系)の栽培キットがあり、一部は食べ頃に成長している。
夕飯は、刻みネギとゴマのチャーハン、野菜炒め、溶き卵のスープ、シロップが掛ったヨーグルト。シンプルな柄のテーブルクロスに乗せ、スマホで撮影。手を合わせ、食事。チャーハンやおかずをそのまま食べたり、スープに入れて雑炊にするなど味変をして楽しむ。尚、食事に夢中でテレビの音声が耳に入っていない様子。
慎輔「今日もイケるな、でぶたきんぐのA定食」
番組『―――詐欺容疑で、新たに大学生の男女二人が逮捕されました。調べに対し二人は―――。今日十八時頃、**区のコンビニに車が突っ込み、運転手を含む五人が怪我、客の女性が意識不明の重体です。現場は**駅から東に三百メートル程の場所で―――。MM製菓の会長、宇良井莞爾(うらい・かんじ)氏が、老衰の為亡くなりました。百七歳でした。宇良井氏は昭和**年、社長に就任。オリジナリティ溢れる商品で、日本を代表する製菓会社へと―――』
夜。就寝前。布団に横になる。スマホを弄り、SNSをチェック。
アカウント名は〈でぶたきんぐ〉、プロフの紹介文に〈デブの飯メモ〉。朝昼晩三食の料理の写真とメニュー紹介を投稿。記録用のアカウントの為、フォロワーは少ない。
慎輔「あっ、ハート付いてる。コメントもある。外国人からだ、pretty、何が可愛いんだ? 素人の料理なのに、物好きも居るんだな」
記事をスクロール。初期の投稿(202*年4月。慎輔が入学した頃)。〈食パンとバター〉(文字通り食パンとバター)、〈オムレツ〉(形が崩れている)、〈ボリューム満点モヤシ炒め〉(焦げたモヤシ炒め)など、美味しく見えない料理の写真。
慎輔「今年で三年か。始めた頃に比べたら、大分上達したな。今の方が断然、美味しそうだ」
ふと昼の出来事を思い出す。
慎輔「あの人、美味しいそうに食べてたな。自分の為だけに作ったモノだけど、あんな風に喜んでくれると嬉しいな」
何かを思い付く。起き上がり、キッチンへ。
冷凍庫を漁り、冷凍のブルーベリーを取り出す。グラニュー糖やレモン汁を用意。不愛想な顔に、嬉しそうな笑みが浮かぶ。
慎輔「もっと美味しいモノ、食べさせてあげよう」
*****
〇キャンパス内(翌日・午前中)
十時頃(講義の時間)。庭園を嬉しそうに歩く慎輔、手には紙袋。
昨日と同じ場所。ベンチの端に座り、膝の上に紙袋を乗せる。紙袋を覗く。サランラップに包まれたスコーンが幾つか。ジャムの小瓶も。
慎輔「ジャム、気に入ってくれるかな。スコーンに合うように作ったけど」
昼時。庭園に集まる学生のグループ。
ドキドキし始める慎輔、頬を撫でたり、手を擦ったり、足踏みをしたりと落ち着きがない。
昼が終わる。庭園に設置された時計。一時、二時、三時と時を刻む。
夕方(十七時頃)。ちらほらと帰宅し始める学生の姿。
まだベンチに座る慎輔、膝の上には紙袋。
慎輔「……、用事でも出来たのか…」
*****
〇慎輔の行動
〈プライベート〉
ショッピングモール(慎輔のバイト先)。食品売り場でスコーンの材料を購入。薄力粉を数袋、バターや牛乳、ナッツやドライフルーツのトッピング等も。雑貨屋でラッピング用の袋を購入。
アパート。早起きしてスコーンを作る。プレーンの他に、チョコチップやナッツが入ったものも。
キャンパス。いつものベンチに座り、待つ。然し、朱鳥は現れない。
アパート(帰宅後)。テーブルにスコーンが乗る皿、〇印(出会った日)と×印(会えない日・数日)が記された卓上カレンダー。落ち込んだ様子でスコーンやカレンダーを見つめる。
〈大学内での行動〉
講義室。午前中。自習らしく、スマホを弄ったり、談笑する学生達。
学生「なぁ? 意味分かんねぇだろ」
「ハハハッ、確かに」
突然扉が開く。驚く学生達。
顔を覗かせる慎輔、キョロキョロと室内を見渡し、扉を閉める。
学生「ビビったぁ~。何だよ、急に」
「相撲部の勧誘じゃね?」
「講義の時間に? 意味分かんねぇ~」
+++
食堂。昼頃。賑やかに食事する学生達。トレーや弁当を持たず、席の合間をウロウロする慎輔。不思議そうな顔で、慎輔を見る学生達。
学生「なぁ、アイツ。さっきから何ウロウロしてんの?」
「席探してんじゃね?」
「あるだろ、座る場所」
「場所はな。でもイスが無ぇ」
「確かに! あのケツじゃムリだわ!」
+++
掲示板。サークルの案内等の貼り紙。目立たない隅に手書きの用紙、〈さがしています〉〈髪型、服装等朱鳥の特徴〉〈仲村・連絡先のメールアドレス〉と書かれている。
*****
〇キャンパス内(後日)
午後。庭園。不安そうに歩く慎輔。
慎輔「変だ。こんなに捜しても居無いって…。まさか、事件に巻き込まれて…」
ふと顔を上げる。いつものベンチに座る女性らしい人影。顔が明るくなる慎輔、小走りに向かう。息が上がり、話す度に呼吸が乱れる。
慎輔「ハァ、ハァ、すっ、すっ、スコーン、ハァ、ハァ、ジャ、ジャムも、作って、ハァ、ハァ、食べて、ハァ、ハァ、下さ…」
紙袋を女性に差し出す慎輔。女性の顔を見て、ハッとする。
ベンチに座る見知らぬ女子学生。怪訝そうな顔をする女子。
気まずい雰囲気。近付く男子学生。
男子「悪ぃ~、待った~?」
女子「全然」
その場を離れる二人。慎輔に聞こえるように会話。
男子「アイツだろ? 例のデブ」
女子「講義サボってウロついてたり、校門で待ち伏せてんでしょ。マジ、キモイよね。今だって、紙袋渡して〈食べて下さい〉だって」
男子「絶対ヤベェよな。やらかす前に逮捕しろよ」
慎輔「……」
呆然とする慎輔。力無く、ベンチに座る。
慎輔「何が、ヤバいんだよ。人捜してる、だけなのに…」
考える慎輔、何かを悟る。
慎輔「…そっか、イタズラだ。公開講座で来る一般人…。その気にさせて、笑い者にして…。面白いもんな、デブをイジるの…。…バカだな。勘違いして、一人で勝手に舞い上がって…」
グゥゥ、と腹が鳴る。膝の上に乗せた紙袋をぼんやりと見る。ラッピングされたスコーンが目に入る。
慎輔「お腹空いた…。一個ぐらい、いいよな。たくさんあるし…」
袋を手に取る。袋からスコーンを取り出し、小さい口で、ゆっくりと食べる。美味しさが顔に現れず、無表情。
慎輔「美味しいな…。そうだよ、僕が作るモノは、みんな、美味しい…」
食べ終わる。次のスコーンを食べ始める。食べ終わり、次への繰り返し。段々と食べるスピードが速くなる。袋を破り、スコーンを鷲掴みにして、口に詰め込む。紙袋が膝から落ちる。散らばるスコーンの小袋。地面に膝をつき、獣のように食べる。袋を嚙み千切る。瓶を取り、指でジャムを掬って、しゃぶる。口元がスコーンの欠片やジャムで汚くなる。慎輔にカメラを向ける学生の姿。人目を気にせず、一心不乱に食べ続ける。ふと、手を止める。美味しそうに食べる朱鳥の顔が脳裏に浮かぶ。肩が震え、鼻を啜る。様々な感情が込み上げ、涙を流す。
慎輔「……、食べて、欲しい…。…もう一度、見たい…、美味しそうに…、食べる…」
朱鳥「ごめんね、遅くなっちゃって」
慎輔「!」
ハッとする慎輔、然し俯いたまま。
申し訳なさそうな表情で慎輔を見つめる朱鳥。腰は屈めず、立ったままで話す。
朱鳥「あの日、曾御祖父(ひいおじい)ちゃんが亡くなったんだ。毎日大勢の人が集まってね、何かの式をするから、それに顔出さなきゃいけなくて。それで大学休んじゃって。心配したよね? 全然会えないから。連絡先、聞けば良かったね」
慎輔の傍で膝をつく朱鳥。俯いたままの慎輔。
朱鳥「お葬式の間ね、ずっと考えてたんだ、貴方の事。不謹慎だよね、身内が亡くなったのに。でもね、どうしても忘れられなくて。だって、嬉しかったから、貴方みたいな人に出会えて」
ハッとする慎輔、ゆっくりと顔を上げる。
慎輔を見つめる朱鳥、慎輔よりもやや目線が上。ぐずる子供をあやす母親さながら、優しい笑顔を向ける。
朱鳥「食べさせて。私、好きだから。貴方の―――」
右手を伸ばす朱鳥。ジャムが付いた食べかけのスコーンを握る慎輔の右手を取り、ゆっくりと持ち上げる。されるがままの慎輔、ぼんやりと様子を見守る。
朱鳥「今日は、とても美味しそう。―――いただきます」
慎輔の右手を自分の口元に持って行き、スコーンを食べる。慎輔の指先が微かに口の中に入る。甘噛み。ハッとする慎輔。驚きと同時に、言葉にならない〈何か〉を得る。
朱鳥「美味しい。プレーンのスコーンに甘酸っぱいベリーのジャム、とっても相性良くて。あと、ほんの少し塩気と、柔らかい感触もあった、かな」
散らばるスコーンに目を向ける朱鳥。
朱鳥「曾御祖父ちゃんが言ってたよ、食べ物を粗末にすると、バチが当たるって。汚れてるとこ取れば大丈夫」
スコーンの小袋や大きめの欠片を拾う朱鳥。
放心状態の慎輔。額から脂汗、大きく見開いた目、動悸の荒い呼吸。さながら射精後の様子。右手で腹部(ズボンのベルト辺り)を掴む。慎輔の中で〈何か〉が目覚める。
慎輔「……、何だ、今の…。すごく、〈気持ち良かった〉」
『EMDM 第1話』 終

