天然キャラの限界
こんばんは、sushiです🍣
この記事を見ていただき、ありがとうございます!
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今回の記事では、自分が人と接するときに演じている「キャラクター」について書きました。
「天然キャラ」の始まり
小さい頃から、友達や周囲の大人から共通して言われる言葉がありました。
「いつも天然で可愛い」
「天然キャラだよね笑」
家族からも「あなたはちょっと抜けてるけど愛嬌があるから大丈夫」と言われて育ったこともあり、それは自然と自己イメージの土台になっていました。
この頃から既に「嫌われたくない」「周りとうまくやらなきゃ」という思いが強かった自分にとって、天然という言葉が自分の存在を認めてくれたように感じていました。
こうして、ちょっと抜けていても笑って許される「天然キャラ」が自分のアイデンティティとして、少しづつ確立していきました。
「天然キャラ」で生きていくと決めた
成長につれ、「天然キャラ」で振る舞うほど上手くいく、と感じる場面が増えていきました。
ちょっとしたミスをしても許されやすかったり、
場の空気を和んだように感じたり…
他の人は許されないのに、自分はそういうキャラだから許される。嫌われたくない自分にとって、このような相手の反応は大きな安心に繋がりました。
このキャラはきっと、私の強みになる。
そう感じた私は、天然キャラを“演じる”ことを、周囲とうまくやっていくための武器として磨いていきました。
ただ必死で人と関わるうえでの“安全な場所”を作ろうとし、自分が最も評価してもらえる形を選んだだけでした。
アラサーで限界がきた
しかし、アラサーになった今。
その天然キャラに自分自身が限界を感じるようになりました。
・年齢に合わない“幼い人”に見られる
▶︎シンプルに痛い😂笑
・下の世代から舐められやすい
・上の世代からは「いい人だけど、重要な仕事は任せられない」という評価をされる
自分の最大の武器であった天然キャラは、年齢とともに逆効果になってしまいました。
でも、15年以上やってきた「天然キャラ」はすっかり自分の一部となり、「キャラクター」として切り離すことは難しくなっていました。
やめよう、と決めてもふとしたときに「天然キャラ」をやっている自分に気づいたとき、「またやってた🙄」となる日々。
めっちゃなんとかしたい😓
きっと、「天然キャラ」を無理に変えようとせず、今の自分に合う形にアップデートしていくことが最適解なのかな、と思います。
人に嫌われたくない。でも、そのために天然キャラである必要はない。天然キャラをやってきたことは、過去の自分が自分を守るために選んだ手段”。
だから私はそれを否定せず、今の私に似合う在り方を、これから落ち着いて見つけていこうと思います😊
おわりに
年齢とともに自分の振る舞い方を更新していかないといけない(当たり前ですが😓)難しさ、過去の自分を認めてあげたい、という自分の願望について書いてみました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました🙇♀️
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