幼稚園の先生に「クラスに友達がいません」と言われた話。
昨日、幼稚園の先生と面談でこんなことを言われた。
もっとオブラートに包んでくれていたけれど、
「クラスで仲良いお友達がいなくて……」と。
先生は新任の先生で、とても心配してくださっていた。
日々の送迎と長男の幼稚園話を聞く中で薄々は感じていたものの、
いざ言葉で聞くと、親としては、やっぱり少しドキッとする。
‘’友達がいない。’’
学生生活、社会生活をしていく中で、周りに友達がいることが生きやすさに繋がることも分かっているからこそ、ズシンと刺さる言葉ではある。
でも、家に帰って考えてみると、私はそこまで心配していないなとも思った。
なぜかというと、クラスが違うだけで長男には仲良しの友達がいるからだ。
「友達がいない」とは
長男は今年、幼稚園で進級した。
進級前のクラスには、とても仲良しの友達がいた。
毎日毎日、いつ何時も一緒にいる仲良し3人組だ。
進級後、3人別のクラスにも関わらず、お外遊びの時間になった途端に、3人で集合して遊んでいるそうだ。
先生は新しいクラスで、新しい友達がいないことをすごく心配していたけれど、本人は全く困っていない様子。
幼稚園へ行くのを嫌がるわけでもない。
寂しいと言うわけでもない。
毎日、「今日も3人で遊んだんだ!」と目を輝かせて教えてくれる。
じゃあ、別に問題ないんじゃない?と思う。
「かわいそう」のレッテルを貼る方が怖い
私はむしろ、親や周囲の大人が、
「友達ができない子」
とレッテルを貼ってしまうことの方が怖いと思っている。
本人は困っていなかったのに、
大人が心配している姿を見て、
「僕って友達がいないんだ」
「僕ってかわいそうなんだ」
と思うようになるかもしれない。
子どもは、自分自身を見る時に、大人の目を借りることがある。
だからこそ、大人の言葉は慎重でありたい。
もちろん、本当に孤立していたり、本人が苦しんでいたりするなら話は別だ。
でも今の長男は違っていて。
大好きな友達がいる。
好きな遊びがある。
毎日楽しそうに生きている。
それなら、まずはその姿を信じるだけでいいじゃないと。
私にも、大好きな友達がいた
私自身、保育園の頃にとても仲良しの友達のリエちゃんがいた。
毎日毎日、飽きることもなくリエちゃんと2人で一緒に遊んだ。
どちらかの親がお迎えに来たら、そのまま相手の家へ遊びに行く。
(今では考えられないくらい自由な時代だったなと思う。)
リエちゃんが引っ越すことになった時は、嗚咽がするほど泣いた。記憶が曖昧な保育園時代だけど、その事は鮮明に覚えている。
記憶にはないけれど、親が言うにはその後の保育園生活はケロッと他のお友達と仲良く遊んでいたらしい。
子どもって、そんなものでもある。
その当時、親にこの子はリエちゃん以外に友達ができるのかしらと心配されたら、
逆に構えてリエちゃんが引っ越した後も、お友達ができなかったかもしれない。あっけらかんとしている親でよかった。
保育園時代を振り返ると、私の記憶に残っているのは仲良しなリエちゃんとの思い出ばかりだ。
その後もきっと他の子と遊んでいたはずなのに、ほとんど覚えていない。
結局、人の記憶に残るのは友達の人数じゃない。
どれだけ夢中になったか、好きだったか、「楽しい」の熱量が高かったものだけなのだと思う。
だから私は長男にも、
今大好きな友達との時間を思い切り楽しんでほしい。
将来の社交性を考えて、無理に新しい友達を作るお膳立てをするなんて、むしろ長男に失礼だし、
そんなことよりずっと大切な時間を今長男は過ごしているのだと思う。
そんなお友達に出会えて、最高にラッキーだねと思っている。
友達の数と幸福度は関係ない
親子の認識のズレについての研究結果。
問題だと思っているのは、親だけ。というのが結構な数字で示されてる。
ベネッセ教育総合研究所の2025年調査で、保護者の54%が「子どもに友達が少ない・いないことが心配」と回答。
しかし同調査で、「友達が少ない」と保護者が心配している子どもの78%は「今の友達関係に満足している」と答え、親子間で認識のズレがあることが判明した。
こんな研究結果もある。
3-6歳で、親友が2人なんてむしろ人間関係に大変恵まれていますよ‥と一瞬でも不安になった私に伝えたい。
東京大学教育学部の調査(対象:3〜12歳 2,500人):
幼児期(3〜6歳)の「親友」の数:
0人:22%
1人:35%
2〜3人:28%
4人以上:15%
小学生(7〜12歳)の「親友」の数:
0人:12%
1〜2人:48%
3〜5人:28%
6人以上:12%
友達の「数」と「幸福度」「自己肯定感」「学力」に相関関係なし。むしろ「質の高い関係1〜2人」の方が、「浅い関係10人」より心理的安定度が高い。
大人だってそうだなと思う。
最近、孤独だなと思う事がすごく増えた。
親友って大切だなと心から思う。
子どもも大人もそれは同じだ。
モンテッソーリ教育での「社会性」
私が子育てのベースにしているモンテッソーリ教育でも、
「友達がいない=問題」とは考えない。
まず大前提として、
子どもには、一人で過ごすことを楽しむ時期がある。
好きなことに集中して、自分自身の世界を育てる時期がある。
子どもにはそれぞれのタイミングで、それぞれの敏感期がある。
もし、1人も友達がおらず満足しているなら、その子には今は1人の世界が大事な時期なのだという考え方。
その上で、社会性は、他者との関わり方の質だと。
友達の人数ではない。
【モンテッソーリ教育の社会性】
・相手を尊重すること。
・協力すること。
・待つこと。
・譲ること。
・助けること。
・助けを求めること。
・違いを認めること。
当たり前だけど、広く友達を作るという項目はない。
大好きな友達が一人いるだけでも十分育まれる力。
社会性を身につける事で、結果として友達が増えることになるかもしれない。
ただ、ゴールを履き違えてはいけないと。
長男には、本人にとって大切な人との関係の中で、心を育ててくれたら嬉しく思う。
さいごに
改めて子育てって奥が深くて、今風の言葉を借りると、とても「エモい」。
この子はどんな子なのだろう、と思いながら成長していく過程を見れるのはすごく幸せ。
それと同時に、自分の人生をもう一度見せてもらっている気持ちになる。
忘れていた景色や感情を拾い集めながら、生き直しているような感覚。
もちろん、子供の人生は子供のもの。
悩みは尽きないけれど、本当に子どもがいて人生が多層的になった。
📌自己紹介
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