「こうあるべき」をほどくと、じぶんは少し軽くなる
じぶんに還ると、毎日はもう少しやさしくなる。
この連載「じぶんに還る 0次予防」では、
じぶんの感覚を取り戻し、心地よくととのえていくための視点を綴っています。

前回は、じぶんに還ると人との関わり方もやさしく変わる、ということを書きました。
今日はその流れの中で、
「こうあるべき」という感覚に目を向けてみたいと思います。
気づかないうちに、握りしめているもの
ちゃんとしていなければいけない。
こう振る舞うべき。
こうあるのが正しい。
そんなふうに、
いつのまにか当たり前のように持っている感覚があります。
それは、誰かから教わったものかもしれないし、
これまでの経験の中で身についたものかもしれません。
でもその多くは、
無意識のまま、握りしめているもの。
「べき」が強いほど、じぶんの感覚は後ろに下がる
「こうあるべき」が強くなるほど、
じぶんの感覚は少しずつ後ろに下がっていきます。
ほんとうはどう感じているのか。
ほんとうはどうしたいのか。
それよりも、
正しさや期待のほうが優先される。
その状態が続くと、
どこかで無理が重なっていきます。
ほどくとき、力はいらない
「べき」を手放そうとすると、
がんばって変えようとしてしまうことがあります。
でも、本当はそうじゃない。
必要なのは、
気づくことだけ。
あ、いま「こうあるべき」で考えているかもしれない。
あ、本当は少し違うと感じている。
そう気づいたとき、
すでに少しほどけはじめている。
ほどくときに必要なのは、力ではなく気づき。
少しゆるむと、呼吸が変わる
「べき」が少しゆるんだとき、
呼吸が深くなる。
肩の力が抜ける。
考えすぎていたことが、少し軽くなる。
それは、
無理がひとつ外れたサイン。
ほんとうは、もっと自由に動ける
「こうあるべき」が少しずつほどけていくと、
じぶんの中に余白が生まれます。
選び方がやわらぐ。
関わり方がやさしくなる。
動き方が軽くなる。
それは、
何かを新しく手に入れたのではなく、
もともとあった自由が戻ってきた状態。
0次予防は、「無理をほどくこと」でもある
不調になる前にととのえる。
そのためには、何かを足すことだけではなく、
握りしめているものを、少しゆるめることも大切です。
「こうあるべき」を少しほどく。
その小さな変化が、
じぶんの内側を、やさしく軽くしていきます。
最後に、ひと呼吸
いまの私は、どんな「こうあるべき」を握りしめているだろう。
そして、ほんとうはどんなあり方でいたいのだろう。

今日もまた、じぶんに還る一歩を。
