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人一倍敏感な子どもの子育て #16 学校では「ひとり」でいたらいけないのか?


子供がけがをして帰ってきた。それもおでこ!

直後にかかってきた先生からの電話によると、どうやら誰かに押されて転んだ、ということではなかったらしいが、頭をけがするって、どんな転び方をしたのやら。

ランドセルという重荷を背負ったまま走って転んだことはこれまでにもありました。だから、そんなこともあるかと思ったのですが、走って帰りたい理由があったに違いないと、あれやこれや理由を探り出すことになったのです。


敏感すぎて集中できない・・・?

一年生の頃から、周囲の子にはない敏感さを発揮してきた我が子。
二年生になって落ち着いたかと、ほっとしていましたが、やはりどこかで無理をしているのでしょう。

学校という場は、どうしても一人になりづらい(むしろ、一人でいると「仲間はずれになっている」とか「みんなと一緒に」と言われて強制的に集団の中に入れられる)ところです。
ですから、どちらかというと孤独を好む人間にとって学校という場所は、なかなか心安まる暇がありません。

授業中にしても、私語が多い児童や生徒が必ずいて集中できない。しかしそれを大声で「うるさいから静かに!」と言えば「その声の方がうるさい」などと返される始末。
義務教育とは言え、学校での集団生活は、私自身も苦労というか、嫌だなぁと言う気持ちが強かった覚えがあります。


下校時に問題があった?

数時間が経ち、夕食の時間になった頃、妹と同時にしゃべろうとした際「うるさい!」と一蹴し、ちょっかいを出しました。私はこれで、ピンときた。
読者の方にはさっぱりだと思いますが、敏感な我が子はとりわけ「音」に敏感だし、集中して話を聞きたい、話したいときに割り込みされるのを非常にいやがるのです。

「あ、分かった。一人で帰りたいのに、友達に話しかけられるのが嫌で走って帰ろうとしたんでしょ」

それまで何を聞いても「×(ばってん)」を作って否定していたのに、そのときはしませんでした。おっ、ついに当たった。それからその方向で、解決策を伝えました。

「一人で帰りたいならそう伝える。それが出来ないなら、友達が帰ってから一人でゆっくり帰りなさい」

自宅までは徒歩10分ほど。同じ方向に帰宅すること大体一緒になるのですが、教室を出た子供の気持ちとしては、ようやく「ほっ」と出来るときなのだと思います。

しかし、同じクラスで帰宅方向が一緒の子たちが「一緒に帰ろう!」と気を利かせて(?)声をかけてくれるわけです。どうも、我が子はそれが嫌みたい。

もう少し大きくなれば、クラスメイトとの付き合いの必要性も分かってくるのでしょうが、まだ二年生では理解できない部分も大きいのでしょう。

また、担任の先生はベテランで、特に「クラスの輪」とか「仲間」とかを大事に考えている節があります。個性を大事にしますと言いながら、一人でいたいという「個性」は許してもらえない印象を受けました。


もっと多様性を認めてほしい

先日投稿した読書感想「雑草はなぜそこに生えているのか」でも書きましたが、同じクラスで同じ教育を受けていても、それぞれは全く別の個性や性格を持った人なのです。
そもそもそんな人間を「統率する」ことの方が難しい。
わざわざ平均値を決め、そこに当てはめて考えようとする教育が成功しているかと言えば、疑問を抱かずにはいられません。

私自身はもう、子供はそういう性格や性質を持っているという認識なので、学校からそれが原因でトラブルが起きたなどと言われても動じません。

まず学校のあり方を変える、見直すことも検討されるべきだと思います。
たとえば授業は、対面とオンラインを選べるようにする。あるいはクラス分けも年齢プラス気質や性格で編成すれば、「学校に行きたくない」「行きなさい!」という親子の喧嘩もなくなるのではないかと思います。

学校という場で「生きづらい」と感じる子供が一人でもいなくなることを祈ってやみません。

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