『ヤエル49』 第三章
◆N・D・G、ネバー・ダイ・ガールズ
スープラは銃を抜き取り、自身の頭を撃ち抜く。
眼から上の頭部が砕け散る。無数の飛沫が飛ぶ。
しかしその飛沫は本体から離れず、極細のワイヤーが細胞の飛沫それぞれについているように静止し、空中の一点に留まる。
まるでその空間だけがストップモーションしているかのように。そしてゆっくりとその飛沫は頭部に戻っていく。そして、残った口は言葉を吐き続ける。
「あなた方と違い、ご覧の通り、私は死なない。“井上ルーム”に期待するのは、救助ではなくその高い情報隠蔽能力と作戦立案の早さと正確さ、現場での対応能力です。あなた方は情報収集のみに集中すればいい。【白ウサギ】は、私が倒す」
飛沫達はゆっくりと頭部本体に戻っていく。井上はしかし動じずに言葉を返す。
「あのさ、話が違うんだけど……ヤエル本部からは【白ウサギ】をヤれとまでは言われてないし。NDGを入れるっていうのも、うん理解できなくないし心強いしわかるけど。……なんだろうな。まあそうか、情報収集のデータを送ってから討伐隊仕組んでるんじゃ遅いってことか。ねえそういうこと?」
井上は少しイラつきながら話すが、スープラの語調は変わらない。
「だから、私を上手く利用し、作戦を立てるべきです。作戦に関して私は254の提案をあなた方に示唆することができます」
ふーっと、井上はため息をつく。井上の後ろに控えていたバドは先ほどから何も言わない。バドはスーブラが撃った空中に浮かぶ真っ赤な飛沫達が気になって、頭部に戻っていくソレを興味深く見入っている。
わずかな沈黙の中、スープラの頭部の7割は元に戻っており、目も元通り修復されている。
そこへ、先ほどから話に入りたそうにしていたカナンが一歩前に出て、井上とスープラの間に割って入る。
「さすがN・D・G、ネバー・ダイ・ガールズだね。すごいよジェイソンさん。ヤエル直属の不死人間が作戦に組み込めるなんて、願ってもない事だよ。これは心強い」
カナンが緊迫した場を和らげようと、軽口を叩く。だがスープラは早口でまくしたてる。
「今回【白ウサギ】の認定に時間がかかった事と、あなた方の招集待ちのために1時間ほどのロスが生じています。このように無駄な時間でモタモタしている場合ではなく、一刻も早く移動を開始する事を提案します。ブリーフィングや情報交換などは、輸送中に」
「や、モタモタっていうか……いきなり頭を爆発させてよく言うよ」
「説明するより、感情に理解させる方が良いという判断からです」
井上はスープラの物言いと行動に、いらだちを隠さない。
井上は「ヤエル49」から「増援と教導」という呈で送られてきたこのNDG ――ネバーダイガールズ……「不死人間」を、どう作戦指揮に組みこんだものかと考えていた。少なくとも、この喋り方をどうしたらやめさせることができるか、そして、なんとかしてこの女をギャフンと言わせる事は出来るかどうか……。
スープラの顔は、まるで精巧なフィギュアのような美しさだった。この顔で、あれこれ指示されるのは、井上の性格には全く合ってはいないのだ。
◆山小屋
深夜0時――。
「あさみー、まだ仕事残ってんの?」
「あ、うん……」
森林官の宿舎でもある山小屋にて、あさみは外線電話を何回もいじっているが、つながる気配がない。上司の山岡がおらず、ほぼ初めて宿直担当として一人で山の夜を過ごすことになったあさみは、一応のチェックと山岡不在の旨を役所の留守録にでも入れておこうと電話をとったのだが、どこにかけても反応がない。
「あの浮かれ上司のヤツ、あさみに仕事全部押し付けてデート行っちゃったわけでしょ?」
「まあ、普段から上司はテキトーだからいいんだけど……」
「……どうしたの?」
「うん、なんか……外線の様子がおかしくて」
「え、深夜だからじゃない?てか、こんな夜に電話するの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど、なんか念のためって思って」
念のため本土の管轄の役所にも(あさみも深夜なので電話に出ないのは分かっていたが)かけ直したが、電話はつながらない。
「まあ、ケータイあるからいいじゃない?」
カホからふわっとした返事がかえってくる。ケータイの電波は離島のこの島では弱く、集落のある南のほうへ行ってやっと電波が入る。山小屋では、風向きや天候次第で偶然電波をキャッチでもしない限り、圏外である。
「あれ? 私、ケータイ……」
あさみは飲みに行く時、ケータイを小屋に忘れていったのだった。だが、いつもケータイを置いてある充電器の場所に、それがない。
「私のケータイ見なかった?」
「あさみのガラケーなんて使うわけないじゃん。なくしたの?」
「どっかに置き忘れてきたんじゃなーい?」
テンションの高い返事。あさみは二人のいる居間をのぞき込むと、二人は持ちこんだ酒でまた酒盛りをはじめている。
「また飲んでる……」
「だぁーい丈夫だって、てか朝ってサ、つまり昼みたいなモンでしょ? 太陽あるうちは昼も朝もおんなじょぉ」
「……」
この山小屋に戻ってきてからというもの、あさみには違和感があった。
小屋のドアの鍵が開けっ放しになっていたことや、普段置いてあるものの位置が、どうも違うのではないか、という事……。
「どうしたのあさみ」
「明日撮られるの、緊張してる?」
「いや、そうじゃないけど……。何か……」
「……?」
まだあさみは取材を受けていない。本番は明日で、朝からあさみが森で仕事をしている所を二人は撮る予定である。
「久々に東京に行って戻って、疲れたんじゃないの?」
「あさみも飲も!一杯だけ」
とはいえ、あさみもこの二人のペースにばかり合わせて行動するわけにもいかない。
「あのさ……明日ね、なるべく早く起きて、普通の業務以外に、森の山頂に行かなきゃいけなくて、……地盤が弱くなってて地滑りとかあるみたいで、工事前に応急処置しなきゃいけないのと、あと……」
あさみは明日の仕事の簡単な説明を長々としているが、いつのまにか酔っぱらっている二人は眠りこけてしまう。あさみはため息をつきながら、自分の業務デスクにもどり、上司の山岡から引き継いだ仕事を日誌にまとめはじめた。
◆停電
どこかでケータイ電話の着信音がすることに、あさみは気づいた。
「……?」
時代遅れのガラケーの音は、まぎれもなくあさみのものだ。だが、どこから鳴っているのかわからない。あさみは仕事部屋の中を彷徨うが――
その時、突然照明が落ち、部屋が真っ暗になった。
「キャッ」
あさみは小さく悲鳴を上げる。
「……大丈夫?」
とあさみは居間にいる二人に声をかけるが、返ってくるのは寝息だ。二人は酒と島での疲れもあって、熟睡している。
「停電? 台風の時でもめったにないのに……」
あさみは手探りで非常用のライトを手に取り、ブレーカーを見に行くことした。
小屋の部屋を出て、暗い廊下を壁伝いに歩いている。小屋の外にブレーカーと、自家発電に切り替えるスイッチやバッテリーがある。
ただ、バッテリーは昨年の夏に点検で使用したきり使っておらず、エンジンが上手くかかるかどうかわからない。あさみもやり方は教わっていたが、もしつけるとしたら少々不安ではある。
だが、そこであさみは信じられないものを見た。
「どうして……」
電気の配電盤は、めちゃくちゃに破壊されていた。
そのまま屋根伝いにあるケーブルにライトをあてて眺めると、電話線と共に送電ケーブルが、鋭利な刃物のようなもので切断された跡があった。
「こんなの、自然に壊れるわけ、ない……」
この森林官事務所のある山小屋は、タクシーで片道40分程度時間のかかる、集落から離れた場所にある。この山小屋から先は有人の施設はなく、島の中心にある山の山頂に簡易な神社の社があるだけだ。
「まさか、森下さん……? いや、そんなはずは……」
この付近に住んでいる人と言えば、山で自給自足の生活をする森下くらいしか思いつかない。だが、あの森下がこんな事をする理由はない。たしかに、違法な罠や禁猟時期などで口うるさくは接しているものの、基本的には良好な関係を保っているはずだ。
「誰がこんな事――」
ついさっきまで電気はついていた。つまりこれは、つい先ほど行われた犯行である。
その時、また背中にぞわっとした悪寒が、あさみに走った。
ケータイの着信音。
あさみのケータイだ。
なぜ、野外で、自分のケータイの着信音がするのか。
誰かに見られている。
誰だか分からない。わからないが、「誰か」がいる。
しかもその人物は、明らかに私たちに、敵意を持っている――。
あさみは――大きく息を吸い……勇気を振り絞って、音の鳴っている方向へ振り向いた。

