『ヤエル49』 第四章
◆ヤエル49最新鋭ヘリ
ヤエル49が手配した最新のヘリに、ジェイソン井上、カナン、バド、そしてNDGのスープラが乗っている。
決して大きくないそのヘリの中で、全員は装備品を身につけていた。パチン、パチンとストッパーが掛かる音がよく聞こえる。
「静かだな、このヘリ」
「危険物とか、あと精密機械というか、爆弾も運んだりするから、振動ほとんどゼロなんだって」
「ヤエル本部の本作戦になるといいメカ使わせてくれるんだなー」

ヘリコプターにしては振動が静かで、音もほとんどしていない。耳をすませば、コーッというバッテリーが稼働しているような音がするだけだ。
しかし通常のヘリコプターとは格段に性能が違い、最高速度は時速800キロを超える。
また、ヤエル49の影響力により、一時的に全世界の航路を独占的に通過できるため、ヤエルの航空機は現場まで最短距離で現場に向かう事が出来る。
「……で、これは肩のサスペンションワイヤー。これは反射防壁の機動部でこれは、あ、ちょっと待った冷却ゲルのパイプに干渉してる、ハハ、」「あ、順番間違えた?」
「うん多少、ちょっと待って丁寧にやるね」
カナンとバドはお互いプロテクターを一つ一つ装着している。複雑かつ強力な装備品であり、また一人一人の体格に合わせて作られている特注品のため、装着するのは手間と人手がいる。
普段無口なバドも、装備品をつけている時はテンションが高まっているのか、笑顔を見せながらカナンと一緒にプロテクターを自前のドライバーセットで一つ一つネジを締めている。いったん装着さえしてしまえば、眼鏡をかけているかのように軽く、そして自然に行動できる。
いわゆる防具とは違い、自分の体の筋肉と関節の流れに直接沿うように装着するアクチュエータースーツだ。
もっともジェイソン井上らの特殊部隊に配布されているそれは、そうした民間のモノとは比べ物にならないほど高度で、繊細で、さらに都市一つ破壊しかねないほど強力な武装が施されている
井上はスープラの方もちらりと見る。
スープラは裸を見られる事に抵抗がないのか、白い肌を惜しげもなくさらして、強化スーツに身体を埋め込んでいる。バドやカナン達のプロテクターとは、さらにもうひと世代上と言ったようなフォルムだ。乳白色の特殊硬化FRPで作られた素材は、もはやプロテクターというよりは皮膚や関節の延長を外側から接続しているような印象を井上は思った。
「……私の体が珍しいか」

スープラは井上の顔も見ず、そっけなく言葉をかける。裸を見られていた事に対しての抗議はない。井上はスープラに見とれていた事を悟られ、すこし不機嫌そうな顔をする。
「いや、……NDG専用装備ってのは便利そうだなっていうね。そのまま上着でも羽織れば、武装していないかのようにも見えるし」
「我々が纏うプロテクター設計の思想はあなた方のものとは根本から違う。理解できる素養があるのならば、この装備の詳細を解説しようか?」
気がつけばスープラは敬語を抜いている。井上に対して敬語は余計だ、と判断したのか。また「理解できる素養があるのならば」という言い回しにも井上は引っかかる。
「あ、ぜひお願いします」
気がつけばあの物静かなバドが興奮した面持ちでこちらを見ていた。装備品の解説と聞いて、黙っていられないのだろう。バドは重火器の扱いのプロフェッショナルでもあり、兵装ギークでもある。
「いいよ、それは。作戦が終わった後にやろうよ。もうすぐ現場につくし。」
このままスープラに解説を頼んでいたら、ブリーフィングの主導権すら奪われかねない。今回あくまでもスープラは「増援」であって、作戦の指揮はすべて井上に託されているはずだ。
また、井上の中ではあくまでも「先行調査」のつもりでいる。「戦闘」が前提になっているスープラの存在は、作戦遂行の邪魔にならないかどうか、懸念している。
「そういや作戦言語、日本語で……いいんですかね、スープラさん。現場も日本ですし」
カナンが何気なくスープラに話を振る。
「私は地球上どんな言語であっても対応可能だ。ミスタージェイソンの母国語のほうがコミュニケーションもしやすいだろうし」
「俺も別にイタリア語でもなんでもいいよ。あんたの得意な言語でも」
「私はこの地上のあらゆる言語を習得済だ。未知の言語であっても数時間あれば誤解なくコミュニケーションは取れる」
「あ、そ。賢いんだね。」
(今回の作戦言語は井上の母国語である日本語を主体として選択されている。スープラをはじめとしたNDGは、この地上にあるあらゆる言語を習得でき、また未知の言語でも数時間であれば要諦を知りコミュニケーションが取れ、1週間もすればストレスなく会話が可能だという。)
井上のひややかな言葉に、場がほんのわずかに空白になる。気まずい間。そこに、コックピットから断片的な音声が聞こえてくる。
『……Confirm,you'resquwaking7501.』(スコークコードは7501か?)
7501がヤエルの国際協定で割り当てられているコードだ。
『"Affirm."』(そのとおりです)
特別なコードのため、管制塔が混乱しているのか、やや間。その後、
『……VR-H, Yael" clearanceforyou, readytocopy.』(香港ヤエル機、クリアランスを出します。準備はいいですか?)
『VR-H, Yael,goahead."』(ヤエル機です。どうぞ)
パイロットは中国訛りの英語で返している。するとコックピットから副操縦士がバドに書類を渡す。
「あ、国境超えた?(黙っている井上に)国境超えたって」
バドは全員分の書類を受け取り、スープラとカナンと井上に渡す。
「……C兵器装備の解禁」
井上はふて腐れながら、国境を超えたのを確認すると、寝かせていたトランクの鍵の部分の液晶に親指をかざす。
脇についていたランプが青に変わり、トランクが開いていく。
トランクの中には武器とみられる砲塔がある。許可されている作戦地域の国境に入らないと、火器や武器類を装備できない規則だ。
封を切りながら、井上たちはバドから渡された書類にサインをしていく。国境を越えた作業をするための免責のための書類である。
五枚の紙に自分の「使える国籍がある用の」サインを書く。スープラは美しい筆記体で、実在するのかわからない人名のサインを書いていく。
「あ……一応さ。俺もさ、これまで何回か、作戦とか、俺も指揮してきてさ」
「わかっている」
書類にサインしながら、不意にスープラが遮るように呟く。何がだ、と井上は思った。
「この作戦はあなたが隊長だ、ミスタージェイソン。心配しないでほしい。私はあくまで増援であり、補給された兵器だと考えて運用するといい。ミスタージェイソンがこれまで何度も特殊作業にあたり、大きな成果を上げているのも知っている。ミスタージェイソン少人数の隠密作戦に長けていることも、ミスタージェイソンがチームワークを重んじつつ個々の隊員の能力を引きだす指揮をすることも。だが、【白ウサギ】の殲滅作戦という、戦闘が前提となる仕事はは初めてなはず。ミスタージェイソンにとって本作戦はいわば初陣」
「いやミスタージェイソンとかじゃなくて井上で呼べっての」
まるで自分の事を何でも知っている、とでも言いたげなスープラ。その言い回しにも、井上にはカチンと来るものがあった。
……いけない。努めて、冷静に。これは、仕事だ。
井上はそう心を落ち着かせようとする。
「わかったわ。井上」
「呼び捨てかよ」
井上は気がついた。単純に、こういう女がキライだという事に。

井上はこれまで何度も特殊作業にあたってきていた。少なくとも、東アジア地域では「ジェイソン井上ルーム」以上に効果的に作業成果を上げているチームはない。
なによりも井上は、徹底的な小人数による隠密作戦にこだわっている。アメリカ支部がホワイトハウスを巻き込み、エージェントや工作兵数百人単位を動員してやっと作業にあたる所を、井上は常に五名以下の小隊で、一週間以内に作業をこなしている。
井上にも、そうした指揮をしてきた意地もあるし、プライドもある。何よりも方法論がある。何より井上の仕事は「調査」であって「戦闘」ではない。そのあたりの齟齬を正そうとするも、スープラは聞く耳を持っていないのが井上にとっては腹立たしい。
NDGの力を借りるよう「ヤエル49」の本部から直接指示される事も納得はしている。
それでも、自分は自分の仕事をこなすだけである。その仕事のテンポや進め方を壊されるような事があってはならない。
NDGには、尊敬や敬意を払いこそすれ、作戦の邪魔になるようであれば、厳格な態度を示すべきだと考えている。考えて、いるのだが……。
◆井上たちも、神鳥島へ
ヘリコプターは夜の雲海を抜けると、眼下には夜の海が広がっている。
その海の中にポツンと島が見える。
その島こそ、今あさみと、ユビナガと、「6番目の白ウサギ」――”タモタン”がいる「神鳥島」だ。
◆そして、あさみの夜
あさみが振り返った視界の先には――弱い月の光が、不気味に島の山の森を照らしているばかりだ。
夜の闇のほか、あさみには何も見えない。
山小屋の外の配電盤の近くで立ち尽くすあさみ。
島から見る夜景(よく見ればヤエルチームのヘリコプターも見える)は、いつも通りに星が輝き、満月が出ている。
「そういえば……」
◆回想。あさみと森下さん
「ヌシ、ですか?」
あさみは森下に名刺交換した時のことを思い出していた。
森のけもの道の途中で、森下はあさみの二人。
森下は目線をあわさないまま、カセットテレコに声を吹き込みつつ、あさみと話している。
あさみは、特になんとも思わず、森下をじっと見ている。
「俺も、おやじも、爺さんもその姿を直接見たことはない。ただ、森の中で何者かがいて、こちらを見ている。俺はそいつを見るために、人間との関わりを絶ち、そして立ち向かわなければならない」
「え、何でですか?」
あさみは目をまっすぐ森下に向けながら話す。
「なんでって……まあ、あの。はい」
森下はあさみに不意に質問されて、困っている。カセットテレコのスイッチを止め、考える。
「そのヌシが……見てるだけだったら、いいんじゃないですかね」
「……山の、王だから」
「あ……森下さんがですか」
「はい」
「あー。……え、ダメなんですか。王だと。ヌシがいたら」
「……ダメ、でしょう……。いや、ずっとヌシはこの森に居て、こっちを見てるんです」
「不気味、ってことですか。でも森下さん、筋肉ムキムキじゃないですか」
「いや、そんな問題じゃない。俺は……立ち向かわなければいけないんです」
「そういうものなんでしょうか」
すると森下はまたカセットテレコを回し始め、マイクを自分の口に近づける。
「俺は山のヌシに、立ち向かわなくてはならない。恐怖には立ち向かわなくてはならない。」
◆夜の森の闇の向こうから
また、あさみのケータイ電話の音が聞こえる。
夜の森の闇の向こうからだ。
そしてさらに、ガサッと、何かが乱暴に投げ置かれた音。あさみの懐中電灯がそれを照らす。
「私の……?」
10メートル前方に置かれていたのは、あさみが森林官として山歩きするときに使う探索用のナップザックだ。
山小屋の中に入ったときに、荷物の場所に違和感があったのは、誰かが山小屋に入って荷物を奪ったからだったのだろう。
恐る恐る、そのナップザックを手に取るあさみ。
その時、鈍い衝撃があさみを襲う。背後から襲われたあさみは、そのまま意識を失って……闇――。

