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丸山健二著「夏の流れ」(67年芥川賞受賞作)

 「夏の流れ」  作者 丸山健二
   2012.2.4発表   石野夏実
  ※今から13年近く前に同人誌の読書会で発表した読書記録です
 
丸山健二(本名)プロフィール
 
1943年(S18年)12月23日長野県飯山市で生まれる。
1959年(S34年)国立仙台電技高専入学。
1964年(S39年)江商入社。テレックスオペレーターとして勤務。
1966年(S41年)11月「夏の流れ」を「文学界」に発表。
           同作品により第23回文学界新人賞を受賞。
1967年(S42年)1月「夏の流れ」」により第56回芥川賞受賞。
※23歳での受賞。これは綿矢りさ(19歳11か月)に破られるまで最年少記録。
           3月  江商退社。
           5月  結婚。
           7月 初の小説集「夏の流れ」(夏の流れ、雪間、その日は船で)を刊行。以後作家生活に入り、故郷長野の安曇野にて現在まで暮らす。
1992年(H4年)49歳 文芸春秋70周年記念書下ろし「千日の瑠璃」上下巻刊行。
1997年(H9年)54歳 「新潮」連載の「ぶっぽうそうの夜」を刊行。
文壇と一線を画して創作を続け、発表作品は初期の短編から中編長編へと移行し、エッセイ集を除き150編以上になる。
 
 
<ストーリー>
死刑執行の拘置所を併せ持つ刑務所(高専時代を過ごした仙台にヒントを得たのかと思うが架空であろう)に勤務する刑務官佐々木が主人公。官舎に身重の妻と就学前の息子二人と暮らしている。
主な登場人物は、佐々木、同僚の堀部、新入りの中川、佐々木の妻、反抗的な文盲の死刑囚である。季節は夏。早朝5時の佐々木(一家)の日常の描写から始まる。妻との会話。詳細な所内と勤務の様子。中川と執行間近かな死刑囚との間で起きた事件。同夜、辞職を決意した中川の佐々木宅への訪問。その中川を誘っての翌日の堀部と三人での釣り行き。釣りの翌日は死刑執行日。拘置所から50メートル離れた刑場。死刑囚と立ち会う人々の様子。それは6ページにも及ぶ。
その執行を担当したことで得た翌日の特別休暇。佐々木は、子供たちとの約束である海水浴に出かける。その海岸での妻との会話、漁船の汽笛、海鳥、妻の子供たちを呼ぶ声、走ってくる子供たちの描写でラストになる。1週間足らずの間に起こった出来事である。
 
<テーマ>
作者は「夏の流れ」という題名をこの小説につけているが、この小説のテーマは何であろう。
一刑務官の「流れゆく夏」の日常を通して、何が訴えたかったのか。
この仕事は、合法的に許された戦争以外の場での、人が人を殺すということができる唯一の職業である。いわばこの特殊な職業で生計を立てている刑務官たちは、仕事場での特殊性を除けば、妻子もいて普通のサラリーマンと同じような暮らしをしている。
ただ、職業というものは、ほぼ自分の意志で選択がなされるものであり、この特殊な職業に従事している人々の動機に一切触れられていないのが、私には残念であった。
新入り中川のこの仕事に対する否定は、酒に酔い、夜更けに佐々木の家を訪れ、やめたいと言ってきた会話に表れている。
「僕はやめます」「何を?決まっているでしょう。あの忌々しい下劣な仕事ですよ。実に下劣だ」「僕には人を殺すことなんか出来ません」
佐々木はここで「人殺しは奴らだ」と言うが、中川は「そんなこと言って佐々木さんは平気でやっているんですか?何も感じないんですか」と問いかける。
「そんなことはないが―――」と答える佐々木に「じゃあ、なぜやめないんです」と中川。
佐々木は「どんな仕事だって楽じゃないよ」と答えると、中川は「佐々木さんは平気なんだ。きっとあの仕事が好きなんです」と飛躍させた。
「好きなもんか」(以下省略)
この仕事は、誰かがやらなければならない神聖な職業だと、勤務するにあたり、所長の訓示がなされる。
新米の中川は、所長の言葉は正しいが自分にはできない、無理だと結論を出した。
 新入りでもあり、ひ弱そうな中川は囚人(数日後に死刑執行される死刑囚)の反抗の標的になっていた。
深夜の訪問の当日、二人は組んでの勤務だった。蹴られ殴られ、口から血も流れ、危うく拳銃まで奪われそうになった。佐々木は警棒でその囚人に脳震盪を負わせ、その間に中川に手錠をかけさせようとしたが、中川は、それすらも出来ず、結局佐々木が手錠をかけた。
これは事件であるが、取調室では大した事件として扱うことをせず、死刑の執行も延期されなかった。
 
佐々木は同僚の堀部に比べ、温厚である。翌日の釣り場での会話は、どうしても死刑執行の話題になる。
堀部は、中川の替りに任務を行うことを引き受けた。
佐々木は囚人に対して「奴ら、人間じゃないんだ」「形は人の形をしているけどな。どんな優秀な機械にしたって、数多く作るうちにゃ必ず不良品を出すだろう。その不良品はどうする?捨てるよりほかないんだ。人間だってこんなに多くいれば同じことさ。不良品をそのまま使うわけにはいかないんだ」と述べている。
堀部も同じ考えなのだろう。
死刑執行という職業においては、己を納得させ割り切らなければ、その任は務まらない。
 
釣りの翌日は、死刑執行の日である。
佐々木と堀部は、所長、主任、牧師その他の立会人たちと共に刑場に向かう。天候は雨。絞首刑直前の死刑囚の様子は、とてもリアルだ。
 
いくら残忍な殺人者であっても、死刑は本当に必要なのだろうか。
皆様に、死刑の是非を問いたい。
 
無事に任務を終え、詰め所に戻ってきた二人を中川が待っていた。
田舎に帰る切符まで用意し、別れを告げ部屋を後にした。
在職中は足を引きずる音のする中川であったが、部屋を出た彼の足音は引きずってはいなかった。
 
クライマックスの海辺のシーンで、佐々木は「おなかの赤ちゃんが動いたの」と言う妻に「子供たちが大きくなって俺の職業知ったらどう思うかな?」と聞く。
「どうして?あなた今までそんなこと言ったことないわ」
「そうか」と言い「ただ、思ってみただけだ」と続けた。
 
この仕事に手際の慣れはあっても、感情の慣れはあるのだろうか。
しかし誰かがしなければならない仕事ではある。
 
神聖な仕事であると自分に言い聞かせ、相手は姿は人間であっても、人間ではないと割り切る精神力がなければ務まらない仕事である
 
刑務官(看守)は、法務省で「刑務官採用試験」として募集される。総合職や一般職から配属される職種ではない。この職は自分から進んで応募する職業である。
 
したがって、何度も死刑を執行し中堅に至った佐々木の新入りの頃の心情を、夜更けの中川との会話の中で描いて欲しかった。
文学は、すべてを書かない。読み手の想像力に委ねる部分が多いのが小説であるとしても、この部分はもう少し掘り下げがあっても良かったのではないだろうか。
 
巻末解説で茂木健一郎は、こう書いている。
「重い罪を犯したとはいえ、ひとりの人間がこの世から去ることが、別の人間の人生を支える。そのような因果的脈絡を、生活の糧として計算しさえする。恐ろしい冷血のようだが、それは私たちが住むこの世界の象徴的縮図でもある」
またこのようにも書いている。
「およそ、社会で人と交わる職業(つまりはありとあらゆるすべての生業)において、他者の幸福と自分のそれが、完全に和する事態などありえない。刑務官の胸の痛みは、他者と交渉しなければ生きていけない我々全ての哀しみである。だからこそ『夏の流れ』は刑務所という特殊な場所における人間模様を活写したという以上に、私たち一人一人の存在の根幹にかかわる文学としての普遍性を持つのである」
テーマは「命「「死刑」「職業」を通して「生きるとは何か」であろうと思う。
 
<丸山健二についての私感>
 
昨年の秋から初冬にかけて、毎日ではなかったが、約3か月間を丸山健二の「ぶっぽうそうの夜」を読むことに費やした。それが丸山健二との出会いである。
これでもか、これでもかと剛速球で投げてくる難解な語句。そしてこれらの語句が積み重なった文章は、いい加減な姿勢で読み向かう読者には、安易に読む進むことを許さない気迫に満ちていた。
処女作であり、尚且つ長い間、芥川賞最年少受賞作と言われ続けたこの「夏の流れ」の文体と「ぶっぽうそうの夜」の文体は、使用されている語句の難度が違う。
 
会話もあり省略もあり、リズムもあり余韻もあり、無駄のない簡潔な文で構成されている「夏の流れ」に比べ「ぶっぽうそうの夜」は、辞書を片手に読まざるを得ない語句と、主人公の独白の執拗な繰り返しにより、同じ作者のものとは思えないほどであった。
作者の変遷を紐解くには年代順に読むのが正道であるが、彼の著作が多すぎるため、文体が変わったといわれ、実験小説ともいわれる「千日の瑠璃」上下巻をやっと手に入れて読み始めたところである。
「私は風だ」で始まり「私は闇だ」「私は棺だ」「私は鳥籠だ」「私はボールペンだ」と毎日「私は~だ」から始まるこの長編小説は、1ページ分の原稿を休むことなく1000日かけて書き続けた(ページ毎に日が付してある)ものである。
その執念は、丸山の生きる姿勢そのものなのだろう。
それは妥協を許さず、完璧を求め、さらに高みを目指す。
 
朝4時に起き剃髪をし、2時間を原稿用紙に向かう時間とする。残る時間の大半を造園にあてる。自己管理の徹底は、時間が最優先なのだろう。いろいろ検索したが、原稿用紙の量は3枚とも4枚とも書かれていた。
丸山の造園は、完璧主義者ゆえ格闘そのものだそうだ。造園はまねできないが、日に3枚の執筆を己に課した谷崎潤一郎に習い、丸山の2時間と合わせ、毎日2時間3枚を目標に机に向かう習慣を作りたいと思いながら、思うことさえも三日坊主に終わった私であった。
 
<その他>
タイムリーなことに、このレジュメを書き始めた日曜日(1/29)の日経朝刊文化面に丸山健二の「卑小な人間の偉大なる精神」という文章が掲載されていた。小説家の道を選んだのは「奴隷に過ぎない勤め人の立場を離れたい一心から」と。
そして、既成の文学への嫌悪の反動として「ならばお前はいったい何を書くつもりなのか」という自問にこたえるための作品を文壇の外に身を置いて模索し、次々と発表し続けているうちに、あっという間に時が流れ、いつしか高齢者の仲間に入ってしまった、と。
しかし彼は書く。
バレエダンサーの苦悩は、加齢と共に精神性は深まっていくものの同時に肉体の衰えが進んでしまうことだが、物書きは息を引き取る直前まで執筆を絶やさずにいられるかもしれない恵まれた芸術であり、携わっていることに感謝している、と。
だらしのない作家たち、出版界の体たらくと不振、悲惨な文学の状況に押し流され、諦めてしまうわけにもいかず、これぞ文学と思える作品を世に問い続け、この世を去る日まで精進を怠らず、感動の鉱脈を掘り続けたいと、結んでいる。
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※ 以下は、2012年2月4日の読書会当日のまとめです。            


読書会は、連日の寒さが少し緩んだ感がする立春当日に11名の参加で行われた。
 67年の芥川賞受賞作品であるが、再読された方も初読の方も色々であった。
設定の特殊性は、皆様が指摘された。
 
Sさんが、丸山の自伝エッセイ「生者へ」(2000年発刊)を持参されたので、この題材は、高校時代の友人の父親が仙台刑務所の看守であった記憶をヒントに創作されたものであることが判明した。
 
文章は押さえが効いていて、会話の運びも上手いという意見が多かったが、不気味な暗さを感じた方や、読むに値しないという意見もあった。
 
説明が少ないのは、当時流行っていた実存主義的なものであろうという意見も複数あった。
 
中川を中心に描いたら、また違ったものになっていただろうという意見と佐々木の葛藤が書かれていないという意見。
結局深さが足りないということが、この小説の物足りなさに繋がるのではないかと言う意見に集約された。
 
67年の受賞から45年が経ち、丸山も現在68歳である。許容を認めず、独断やいい切りゆえに彼の個性を嫌う人も多いが、日日原稿用紙に向かい続ける彼の文学への執念の凄まじさに、圧倒されることもまた確かではないでしょうか。

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