AI時代の広報5.5という世界の可能性― AIチーム化により、発信する仕事から意味を揃える仕事へ
はじめに
私は、もともと広報の人間ではありません。
営業、事業開発、マーケティング、COO領域を中心に、これまでずっと**「事業を前に進めること」**を仕事にしてきました。
市場を見る。
顧客を見る。
KPIを見る。
再現性を作る。
どちらかというと、**「数字」と「構造」**を追い続けてきた側の人間です。
だから正直に言うと、最初は広報という仕事に少し距離を感じていました。
もちろん重要なのは分かる。
ただ、“ブランド”や“共感”という言葉が、事業側の人間からすると、どこか掴みどころなく見えていたのも事実でした。
そんな自分が、この2年ほど、複数の組織やプロジェクトで、広報・採用・社内発信・AI活用の実務へ深く関わるようになりました。

0-1. 社外向け発信を続ける中で起きた、小さな違和感
最初は、社外向けに情報を発信することが主な目的でした。
会社が何を考えているのか。
どんな人が働いているのか。
どんな価値を目指しているのか。
それを少しでも丁寧に伝えたい。
そんな思いで、noteや社内報、インタビュー記事を書き続けていました。
0-2. 社外より先に、社内の反応が変わり始めた
ただ、続けていくうちに、少し不思議な現象が起き始めます。
社外よりも先に、社内の反応が変わり始めたのです。
「別部署の背景を初めて知った」
「なぜその判断をしていたのか、少し理解できた」
「経営の意図が、ようやく繋がった気がした」
そんな声が、少しずつ返ってくるようになりました。
0-3. 「情報不足」ではなく、「意味のズレ」
最初は、単純に「社内理解が進んだ」という話だと思っていました。
ただ、続けていくうちに、少しずつ別の感覚を持つようになったのです。
組織の中では、情報そのものが不足しているわけではない。
むしろ、多くの現場では、すでに情報は溢れている。
会議もある。
社内チャットもある。
資料もある。
発信もしている。
それでも、なぜか噛み合わなくなっていく。
0-4. 同じ言葉を使っているのに、意味だけがズレていく
顧客接点を持つ側。
プロダクトや運用を支える側。
経営に近い立場。
現場に近い立場。
同じ日本語を使っているはずなのに、少しずつ意味だけがズレていく。
その時に初めて、
「組織が止まる原因は、単純なコミュニケーション不足だけではないのかもしれない」
と思うようになりました。
そして最近は、AIによってそのズレがさらに加速しているようにも感じています。
綺麗な文章は、誰でも作れるようになった。
発信量も増えた。
でも、その一方で、
「意味を揃える仕組み」
が追いついていない。
0-5. 「広報5.5」という仮説
※なお「広報5.5」は既存の学術定義ではなく、実務経験や周辺理論をもとに整理した、私的な仮説です。
だからこそ今、必要なのは単なる発信力ではなく、
“組織内外の前提や文脈を接続すること”
なのではないか。
私は、この変化を整理するために、「広報5.5」という言葉を使っています。
私が考える「広報5.5」は、
“情報を増やす仕事”ではなく、
“組織内外の意味を接続し、前提を整流する仕事”
です。
従来の広報、組織開発、ナレッジマネジメント、AI時代の情報設計。
その境界領域で生まれ始めている、新しい実務仮説です。
これは決して、従来の広報を「古い」と言いたい話ではありません。
むしろ、
インターナルコミュニケーション
コーポレートコミュニケーション
ブランド設計
など、広報が長年担ってきた役割が、AI時代にさらに重要性を増している、という感覚に近いです。
本稿は、その現場観測の記録です。


第1章
「広報」は、これまで何を求められてきたのか
1-1. 広報は、長く「社外との接点」を担ってきた
広報という仕事は、時代によって少しずつ役割を変えてきました。
日本企業において長く広報は、
「社外との接続」
を担う役割として認識されてきたように思います。
例えば、
メディア対応
プレスリリース
記者との関係構築
認知形成
SNS発信
コーポレートサイト運営
こうした領域です。
もちろん、それらは今でも極めて重要です。
企業と社会を繋ぐという意味で、広報は企業にとって欠かせない存在でした。
1-2. ただ、“発信するだけ”では届かなくなってきた
SNS時代に入り、広報の役割は少しずつ変化していきます。
単なる「告知」だけではなく、
共感形成
採用広報
インナーブランディング
MVV浸透
カルチャー発信
など、
“社内外の空気”を扱う役割
へ広がり始めました。
1-3. 人事でも、総務でも、マーケでもない「間の仕事」
ただ一方で、この辺りの領域は、
人事
総務
組織開発
ブランディング
マーケティング
などと重なりやすく、
「誰がどこまで担うのか」
が曖昧になっていった側面もあります。
例えば、
社内報は総務なのか、広報なのか
採用記事は人事なのか、広報なのか
ブランド設計は経営なのか、マーケなのか
カルチャー浸透は人事なのか、広報なのか
こうした境界線は、実務の現場ではかなり曖昧です。
1-4. 組織が大きくなるほど、“翻訳役”が必要になる
そして、組織が急拡大するほど、この“間の領域”が増えていく。
私は、この「間の領域」にこそ、
これからの広報5.5的な役割
が存在するのではないかと感じています。

第2章
KPIと再現性を追ってきた自分が、なぜ広報に違和感を持ったのか
2-1. 広報畑の人間ではなかった
私は、広報や組織開発の専門家としてキャリアをスタートした人間ではありません。
元々は、
営業
事業開発
マーケティング
COO領域
を中心に、複数の事業立ち上げや組織推進に携わってきました。
市場ニーズを読み、売上構造を作り、工程管理を設計し、再現性を整える。
常に、
「どうすれば組織が前に進むか」
を、数字と現場の両方から考え続けてきました。
2-2. 「ブランド」という言葉が、少し掴みづらかった
特にマーケティング領域では、
“マーケットイン”
を徹底してきました。
顧客は何を求めているのか。
市場はどこへ向かっているのか。
どんな価値なら再現性を持って届けられるのか。
そうした視点で、KPIや事業構造を見続けてきました。
だからこそ、最初に広報の現場へ入った時、正直かなり戸惑いました。
世の中で語られる広報論やブランディング論が、どこか“ふわっと”して見えたからです。
2-3. “売上と直結しない部署”という空気
もちろん、ブランドや共感形成が重要ではないと言いたいわけではありません。
ただ、事業畑の人間からすると、どうしても売上や再現性との距離を感じてしまう。
実際、組織によっては、
「直接売上を作る部署ではない」
という見え方をされることもありました。
2-4. それでも、続けてみて初めて見えたこと
ただ、実際に広報を任され、地道に運用を続ける中で、少しずつ見える景色が変わっていきました。
第3章
週1のnoteと社内報を、1年以上続けて見えてきたこと
3-1. 派手ではない、小さな積み重ね
私はこの1年以上、毎週のように、
公式note
インタビュー記事
調査記事
実践記事
クライアントストーリー
理念やカルチャーに関する記事
を書き続けてきました。
同時に、紙の社内報のような取り組みも継続していました。
派手な施策ではありません。
どちらかというと、かなり地味な積み重ねです。
3-2. 社外向けの記事が、なぜか社内を変え始めた
ただ、この継続の中で、一つ大きな変化が起き始めました。
社外向けに作ったはずの記事が、社内を繋ぎ始めたのです。
「別チームが、そんな背景で動いていたとは知らなかった」
「現場側が慎重になる理由が、少し理解できた」
「経営がなぜその方向を目指していたのか、ようやく腹落ちした」
そんな声が、少しずつ返ってくるようになりました。
3-3. 「あの記事、読みました」が増えた日
最初は、小さな変化でした。
ただ、少しずつ社内で、
「あの記事、読みました」
という会話が増え始めました。
単なる情報共有ではなく、
“別部署への理解”
が生まれ始めていた。
その時、私は初めて、広報の役割を少し違う角度から考えるようになりました。
3-4. 広報は、“意味を繋ぐ仕事”なのかもしれない
広報とは、単なる「外向け発信」ではなく、
組織に散らばった意味を接続する“翻訳機能”
なのではないか。
特に、社内広報の重要性を強く感じるようになりました。
なぜなら、多くの組織では、部署ごとに情報が閉じやすいからです。
本当に、自分の業務だけで毎日が終わっていく。
経営の意図も、他部署の苦労も、意外なほど見えなくなる。
だからこそ、広報的な役割が、
「意味を繋ぐ」こと
に変わり始めているのではないか。
私は、そう感じるようになりました。

第4章
なぜ組織は「善意」でサイロ化するのか
4-1. 会議を増やすほど、現場が疲弊していく
多くの企業で、組織課題は
「コミュニケーション不足」
として語られます。
だから、
会議を増やす
1on1を増やす
社内チャットを活性化する
理念浸透を強化する
といった施策が行われます。
もちろん、これらは決して間違いではありません。
しかし現場では、別の現象が起きています。
会議を増やすほど、現場が疲弊する。
社内チャットを活性化するほど、情報が流れすぎて追えなくなる。
AI議事録を導入するほど、要約だけが増え、誰も原文を読まなくなる。
つまり、
情報量だけが増え、意味の同期が起きていない
のです。
4-2. 社内チャットも議事録もあるのに、なぜ噛み合わないのか
組織の中では、情報共有ツールそのものは増え続けています。
それでも、なぜか噛み合わない。
その理由は、
「情報量」と「前提共有」が別問題だから
なのかもしれません。
人は、それぞれ違う責任と立場を持っている。
だから同じ言葉でも、意味の受け取り方が変わっていく。
4-3. サイロ化は、「悪意」ではなく「善意」で起きる
そして厄介なのは、このサイロ化が
「悪意」ではなく、「善意」から起きる
ことです。
顧客接点を持つ側には、その立場の責任がある。
品質や運用を担う側には、その立場の責任がある。
経営には、全体最適を見る責任がある。
全員が、それぞれの役割の中で正しいことをしている。
だからこそ、ズレた時に厄介なのです。
4-4. AI要約が、“前提のズレ”を増幅する瞬間
ある成長フェーズの現場では、顧客接点を持つ側と、実装責任を持つ側の間で、
「検討中」と「確定」
の認識にズレが生まれたことがありました。
顧客との対話を重視する現場では、
「期待値を前向きに伝えること」
が重要になる。
一方で、運用や品質を担う側では、
「正式決定されるまでは確定情報として扱わない」
という前提が強い。
どちらも間違っていたわけではありません。
ただ、その“前提の違い”が共有されないまま、AI要約によって情報だけが高速共有されてしまった。
結果として、組織全体に小さな混乱が広がったことがありました。
4-5. 問題は「情報不足」ではなく、「情報設計」だった
この経験から、私は強く思うようになりました。
問題は、情報量ではない。
「どの情報を、どの文脈で、誰に、どのタイミングで渡すか」
という、
“情報設計”
こそが重要なのではないか。

ここまでは、組織の中で起きる「意味のズレ」を、主に現場側の感覚から整理してきました。
ただ最近は、生成AIによって、このズレがさらに複雑化し始めているようにも感じています。
AIによって、“綺麗な文章”そのものは誰でも作れるようになった。
でもその一方で、「何を、なぜ、どう伝えるべきか」は、むしろ難しくなっている。
この先では、
AI時代に「広報」がどう変わっていくのか
なぜ“情報発信”だけでは役割が足りなくなるのか
「広報5.5」という考え方に至った実体験
AI時代に必要になる“意味編集”という仕事
これからの組織で、人にしかできない役割
について、もう少し具体的に整理していきます。
ノウハウ集というより、
AI時代の組織と人の役割について、
実務と現場感覚をもとに考えた「思考メモ」に近い内容です。
第5章
AI時代に起きた「言葉のインフレ」
5-1. AIで、“綺麗な文章”は誰でも作れるようになった
生成AIの登場によって、組織における情報生成コストは劇的に下がりました。
ChatGPTを開けば、数秒で文章が出てくる。
Claudeを使えば、長文の整理や文脈編集まで高精度で行える。
GeminiやNotebookLMを使えば、大量の情報横断も容易になりました。
これは間違いなく、大きな変化です。
5-2. でも、現場の違和感は消えていない
その一方で、現場では別の問題も起き始めています。
採用記事も、カルチャー記事も、プレスリリースも、驚くほど高品質になった。
ただ、その裏側で、
社内運用が追いついていない
部署間認識がズレている
現場が疲弊している
情報だけが流れていく
という状態も生まれている。
つまり、AIによって
「発信力」
は増幅されたが、
「意味同期」
の仕組みが追いついていないのです。
5-3. 実際にAIをこう使い分けている
実務では、
AI議事録
自動文字起こし
ChatGPT
Claude
Gemini
NotebookLM
などを、用途ごとに使い分ける場面も増えてきました。
例えば、ある現場では、
Claudeは構成整理や正式文書
ChatGPTは設計や壁打ち
Geminiはセカンドオピニオン
のように役割を分けて運用していました。
また、AIレコーダーや会議要約ツールを活用することで、情報共有速度そのものは大きく向上しています。
5-4. 「AI導入」より先に必要だったこと
ただ、ここで重要なのは、
「AIを入れたこと」
ではありません。
むしろ、
何を共有するのか
どこまでを全社公開するのか
未確定情報をどう扱うのか
保存期間をどうするのか
セキュリティをどう担保するのか
といった、
“運用設計”
の方が、はるかに重要になります。
もちろん、AIによる情報共有の高速化には、強いガバナンスも必要になります。
未確定情報の扱い
権限設計
個人情報保護
AI要約の誤変換リスク
“共有できること”と、
“共有してよいこと”は、必ずしも一致しません。
だからこそ、これからの広報や情報設計には、
「発信力」
だけではなく、
情報統制や運用設計への理解
も、同時に求められていくのだと思います。
つまり、AI導入そのものではなく、
「意味をどう整流するか」
が問われ始めているのです。

第6章
これからの広報は、どんな人が強くなるのか
6-1. AI時代に、逆に価値が上がる人
AIによって、文章そのものは誰でも作れるようになります。
整った言葉も、綺麗な構成も、ある程度は自動化されていく。
だからこそ逆に、
どこに違和感があるのか
なぜ噛み合っていないのか
どの前提がズレているのか
を察知できる人の価値は、むしろ上がっていくように感じています。
6-2. 「問い」と「違和感」を持ち続けられる人
組織の中で起きる問題は、必ずしも誰か一人の悪意から起きるわけではありません。
むしろ、多くは善意のまま進行していく。
だからこそ必要なのは、
「誰が悪いか」
を探すことではなく、
「どの前提がズレているのか」
を問い続けられることなのかもしれません。
私は、これからの広報には、
“答えを出す力”以上に、“問いを持ち続ける力”
が重要になっていくように感じています。
6-3. 「言葉」ではなく、「前提」を整えられる人
これから必要なのは、単純な発信力だけではないのかもしれません。
むしろ、
構造を見る力
文脈を翻訳する力
散らばった情報を整理する力
人と人の間にある前提を接続する力
そういった能力の価値が、静かに上がっていくように感じています。
6-4. この役割を「組織翻訳者」と呼んでいる
そして今後、
広報
PMO
人事
組織開発
ナレッジマネジメント
の境界線も、少しずつ曖昧になっていくのかもしれません。
私は、その役割を
「組織翻訳者」
と呼んでいます。
経営と現場。
社内と社外。
思想と実務。
その間にある、
“意味のズレ”
を整流する役割です。
6-5. “発信が強い会社”より、“誤解で消耗しない会社”へ
AIによって、情報はこれからさらに増えていくでしょう。
会議
チャット
発信
要約
も、さらに高速化していく。
だからこそ必要なのは、
「もっと発信すること」
だけではなく、
「誤解で消耗しない状態」をどう作るか
なのかもしれません。
目指したいのは、
“発信が強い会社”
だけではないのかもしれません。
6-6. 家族に、「いい会社だよ」と言える状態を目指して
私は、社内広報や情報設計を通じて、最終的に目指したい状態があります。
それは、
社員が家族に、「いい会社だよ」と自然に言える状態
です。
無理に理念を浸透させることではない。
監視や統制を強めることでもない。
お互いの背景や意図が少しずつ見えるようになり、不要な誤解や摩擦が減っていく。
その結果として、
「この会社で働いていてよかった」
と思える瞬間が増えていく。
広報という仕事は、これから静かに、そんな役割へ進化していくのかもしれません。
6-7. なぜ、それを「広報5.5」と呼んでいるのか
もちろん、「広報5.5」という言葉に、明確な業界定義があるわけではありません。
これは、私自身が現場で感じてきた違和感や、AI時代の組織変化を観測する中で、仮説的に置いている名前です。
従来の広報が担ってきた、
社会との接続
ブランド形成
信頼構築
インターナルコミュニケーション
そうした役割は、これからさらに重要になっていくと思います。
ただ同時に、AIによって情報生成コストが極端に下がった今、
「何を発信するか」
だけではなく、
「どう意味を揃えるか」
の重要性が、静かに上がり始めているようにも感じています。
だから私は、この変化を便宜上、
「広報5.5」
と呼んでいます。
それは、
広報
組織開発
ナレッジマネジメント
AI時代の情報設計
その境界線上で生まれ始めている、
まだ名前のついていない実務
なのかもしれません。
そして、もしこれからの広報が、単なる“発信”ではなく、
「組織と社会の意味を接続する仕事」
へ進んでいくのだとしたら。
広報という仕事は、これまで以上に、企業の中で重要な役割を担っていくのではないか。
私は、そんな可能性を感じています。

※本稿は、現在も実務観測を続けているテーマです。
今後、AI運用設計、社内情報設計、組織間の意味同期など、実務ベースの内容を追記する可能性があります。
