ヒドイ政府も怒る人々も関係ない
増える一方の国民負担・・・さすがに厳しいですよね。
「国民負担率」は国際的に比較する指標の一つで、「47.5%」とは所得の半分近くが公的負担を占めているということ。大雑把に言えば、稼いだ収入の半分程度が公的負担となる。
歴史の教科書では、江戸時代などの農民が領主などに納める年貢の割合が3割を示す「三公七民」でも生活はカツカツで、それが4割の「四公六民」や5割の「五公五民」となると一揆が起きたされる。現代の日本で「五公五民」に近い数値になっていることで、ネット上でも怒りの声が上がる。
「国民負担率47.5%! あなたの稼ぎの約5割が公的負担…江戸時代なら一揆確実 衝撃の数字」
2023年2月23日より引用
この記事を読んで、ネット上でも怒りの声があがっているといいます。怒りたくなる気持ち、よく分かります。
でもこの記事、私はちょっと「よかったかな」などと思って眺めていました。
ここ2~3年、政府のメチャメチャな病気対策で、税金は湯水のように使われてしまいました。大部分の国民が、無料のワクチン接種や怪しげな検査を受け入れ、そんな大盤振る舞いをした政府を許容してきました。大金をせしめた医療関係者もいれば、小遣い稼ぎに走る国民もいたようです。
一方で、かなり早い段階から、こんな病気騒動は茶番だと声をあげていた人々もいます。私もその一人です。そんな人々は変人扱いされて、政府や多くの国民から「陰謀論者」と疎まれてきました。当然、そんな立場の人たちからしてみたら、(国民の命や健康を奪いつつ)私たちの血税を、そんな茶番に注ぎ込む政府なんて許せるわけがありません。
私なんかは、もうこんな政府は要らないから、自分たちで新しく国を作るくらいがちょうどいいと思うようになりました。
私は、日本人ではありますが、そんな政府は認めないし、そこが管理している日本なんて国も認めんです。(なけなしの)財産は没収され、収容所に送られるとしても、私が生き抜くために必要な行動の自由を奪うというのなら、こちらも命がけにならざるをえません。
不服従と非暴力を貫いた、小さな戦争をするしかなくなると思います。
もはや私たちの生活や命を預ける機関としての政府は、一切、信用していません。隙さえあれば、日本国民をやめたいと思っているくらいです。
そんな私の立場からすると、「ネット上で怒りの声?いいじゃーん。そうだよね?やっぱり、許せなくなるよね?」と思ってしまいます。
むしろ、こうした国民負担の問題を通じて、ようやく「こんな政府、要らない!」という気持ちを、多くの人々と共有できると思ったら、怒るどころか、喜びの感情すら湧いてきてしまいます。
しかも、それらはすべて自分たち自身の問題です。
政府の言うことを鵜呑みにして、言われるがままに誘導されて、小遣い稼ぎに走って・・・それらが全部、自分たちが払ってきた税金から出ていることを考えたら、国民負担率が上がるだなんて話は、自業自得以外の何物でもありません。したがって、怒っている人たちに対しても、一切、同情する余地がないのです。
だからこそ、純粋に「嬉しい」という感情で、この記事を眺めることができるわけです。
うん?私たちも重税に苦しめられる?
まぁ、そうですけど、私の場合、そこはもう手切れ金と割り切っているので、そこは気持ちよく出してやろうかと思っています。
手切れ金なんだから、ウジウジしたってしょうがないです。払える限り、気持ちよく払ってやればいいでしょう。
それにしても、この国は本当にメチャメチャです。一例ではありますが、ガソリン税に関する正当性なんかも、ほぼ破綻しています。
このように、ガソリン税については、もともと、正当性・存在意義、税率について様々な問題が指摘されています。昨今のガソリン価格高騰により、その問題がより浮き彫りになっているといえます。
政府・国会には、小手先の物価対策ではなく、今こそ、高額なガソリン価格のかなりの割合を占めているガソリン税の存在意義自体の見直しに着手することが求められているのです。
「「ふざけるなガソリン税!」1リットル53.8円! 消費税が「二重課税」も…価格高騰で露わになった「ガソリン税のデタラメさ」が想像のナナメ上をいくワケ」
2023年2月24日より引用
法治国家???
うーん、なんかですね・・・この国は、法治国家でもなさそうですよ?権力者によって、都合よく法律が使われているだけで、それを許してしまっている国民と相まって、もうメチャメチャです。まともな法治国家としては、もう全然機能していないとみることができます。
ただ、だからと言って、国家を打倒しようとか、そういうことを考えたいわけではありません。国家を打倒したら、また別の(本質的には何も変わらない)新しい仕組みが、組まれるだけになるでしょう。
今、目の前で起こっているワクチンの問題は、大変悲劇的であり、多くの人にとっての重大な問題です。だから、そんなヒドイことがされていたなんてことが分かってしまったら、それを指揮していた人間を攻撃し、それを否定し、また別の何かを求めるようになるというのも分かります。その先にあるのが、世界統一政府という仕組みです。
それを世界統一政府と呼ぶべきかどうかは、議論が分かれるところでしょう。しかしいずれにしても、私たちが、今の仕組みを打倒したところで、怒りに任せて行動した人間たちは、ただ別の新しい仕組みに巻き取られるだけです。
そんなのには、付き合ってられません。
重税を課す政府なんて放っておきましょう。それが進むほど、「政府なんて要らない!」と思ってくれる人々が増えてくれるのなら、まずはそのことを喜びたいと思います。
同時に、そこで怒りに任せて「政府、ふざけるな!」なんて騒いじゃうような人たちも、放っておきましょう。そんな自業自得、いちいち付き合ってるのも、バカバカしいです。
そして、いくら運動を展開しても、そうした重大な問題に対して、一向に政府が向き合おうとしないとなったら、徐々に嫌気がさしてくることでしょう。やがて、そんな政府を相手にすること自体が、無駄に思えてくるかもしれません。いくところまでいけば、にっこり微笑んで「国?もう、当てにしないことにしました」といって、静かに政府の仕組みから離脱していく国民が多くなることが、十分に考えられます。
私が期待したいのは、国がメチャメチャになればなるほど、その仕組みに頼ることを諦め、そこから静かに離脱してくる人々が増えることです。そして、そういう人たち同士が、繋がることができれば、それはまたひとつの大きな力になると思います。
国民負担率が重くなるという話は、そういうシナリオに向けて、必ずしも悪いことではありません。むしろ、着実によい方向に進んでいるとも言えます。
ヒドイ政府も、怒りに任せて騒ぎ立てる人たちも横目にみながら、私たちは私たちのペースで、一歩一歩、前に進んでいけばいいのではないでしょうかね。
