なぜ『辺境の老騎士』は「なろう系」と呼ぶには異質で失礼なのか:言語と伏線から読む、巧緻な人物&舞台設計
筆者はいわゆる典型的「なろう系」が全く好みではないのだが、サイト『小説家になろう』掲載作品でほぼ唯一、好きと呼べるコンテンツがある。
『辺境の老騎士』。
とある政治的事情から引退した元名騎士、バルド・ローエンが放浪の旅に出て、各地の美味いものを食べ、人と出会い、やがて歴史の大きな渦に巻き込まれていく。その過程で、過去の戦いや選択を反芻し、「老いるとは何か」「強さとは何か」を見つめ直していく物語だ。
多くの魅力的なキャラクター、抑制された筆致、盛り上がるクライマックスはあれど基本的には淡々とした進行。紹介したい点は多々あるが、今回語りたいのは主にふたつ。
ひとつは、この作品を「なろう系」と一括りにすることの乱暴さ。
もうひとつは、作品の奥底に仕込まれた、きわめて巧妙なSF手法的伏線・言語学的舞台構築についてである。
それは、王道なろう系ファンタジーの「お約束」を逆手にとった構造。
布教も兼ねて以下にまとめさせていただきたい。
※なお本記事では、物語の結末や主要な展開には触れませんが、#4・#5にて世界観の構造や伏線の存在(ある程度のネタバレ)について言及しています。「まっさらな状態で読みたい」方は読後に戻ってきていただければ幸いです。
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#1. 「なろう系」という文法と、最適化された快楽
いわゆる「なろう系」と呼ばれる作品群には、ある程度世間に共有された文法がある。
異世界転生(またはコミュニティからの追放)、制限のないチート能力、序盤からの揺るぎない優位性、ハーレム的恋愛描写、周囲の評価の反転。
それらは単なる流行ではなく、「読者が求める即効性の快楽」のために最適化された結果だ。
現実で評価されにくい個人が、異世界においては説明不要で肯定される。努力や過程を省略し、「最初から上にいる」という設定によって、読者は素早くカタルシスに到達できる。
この構造自体を否定するつもりはない。それはそれで、現代的な需要へ正確に応答したジャンルだ。個人の好みは置いておいて。
だが『辺境の老騎士』は、この文法をかなり裏切っている。
穿って読めば「なろう的な要素」を見出せなくもないが、それらはあまり前面には出てこない。
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#2. 強いが「最強」ではない。老いた主人公という、なろう系の異物
主人公バルド・ローエンは確かに強い。
作中でも明確に上澄みだ。
だが「最強」ではない。彼の剣技はどちらかと言うと力押しを旨とし、彼が「勝てない」とされるキャラクターも敵味方両方に登場する(ヴェン・ウリルなど)。
また「理由なき強さ」でもない。
彼の強さは、長年の努力、軍歴、経験、判断力、そして老いと不可分に描かれる。
若さも、肉体的栄達の未来もない。
あるのは衰えつつある身体と、積み重ねてきた人生経験だけ。とあるアイテムの効果によって往年の力をある程度取り戻しはするが、それも所詮は一過性のもの。
なろう系に多い「若くて、納得できるバックボーンもなく強い主人公」とは根本的に向きが違う。
老騎士が強いことには説明が要らない。ここがまず巧妙。同時に、老いることで失われるものと得られるものが、常に視野に入っている。
この時点で、物語の軸は「勝つか負けるか」から、既にズレ始めている。
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#3. 勝つために戦わない物語:承認欲求からの距離
『辺境の老騎士』において、戦闘の勝利は最終的な目的ではない。
もちろん騎士物語/軍記物のジャンルなので、カタルシスや格好良さを覚える戦闘シーンは多々描かれている。それぞれの特技を用いて戦場を駆ける登場人物たちの個性ももちろん魅力的だ。
が、勝つこと自体はバルドの報酬になっていない。彼は評価を求めていない。称賛されるために剣を振るわない。
彼の頭の大半を占めるのは「美味いものを食う」こと。茶目っ気もある可愛い爺さん。実際、数々の美味そうな食事シーンもたっぷり描かれている。そして、むしろ「評価されることの虚像」に食傷気味な描写のほうが多い。
だからこそ彼の行動は一貫している。そこにあるのは、承認欲求を満たす物語ではなく、「どう振る舞うか」「どう引き受けるか」、騎士道という名の職業倫理と人生観の物語だ。
また「食べるという行為の重要性」や「老いてなお学ぶこともある」という教訓の主張も、鼻につかない程度にさりげなく忍ばせてある。
この点だけでも本作は異世界転生系とは別系統、なろう系の特異点に属していると言っていい。
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※ #4・#5では、作品世界および本記事の根幹となる「違和感」に踏み込みます。
作品未読で初読時の感覚を大切にしたい方は、これらの章は読み飛ばしていただければ。
とはいえこの記事の最重要部分なので、読んではいただきたいですが……(ワガママ)。
#4. 説明されない違和感:「ふたつの月」というファンタジー描写
特筆すべきは世界設定の扱い方である。
『辺境の老騎士』には、序盤から明確な違和感がいくつか配置されている。
その代表例が「ふたつの月」だ。作者はそれについて説明しない。ただ風景描写として、またはそれに付随した神話・お伽噺というフレーバーとして文中に置いている。
世界の謎として前面に押し出すこともない。
読者に「現実の描写として提示する」だけ。
この態度は、ファンタジーというよりミステリやSFの作法に近いかもしれない。
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#5. 言語が語る世界:「コルコルドゥル」の異物感
さらに巧妙なのが言語の扱い。
この作品世界では人名・地名・宗教・その他文化に至るまで、独自の言語体系がフィーチャーされる。恐らく作者の中では、ある程度体系立った言語設定がなされていると思われる。
よって作中では、架空語として既存の日本語にルビが振られる場面も数多い。
●騎士=ガルガデース
●人民の騎士=ガルガデーシ・グエラ
●暴風=パンザール
●米=プラン
●魔剣=エルグォードラ
などなど。響きも格好良く、声に出して読んでも引っかからない。日常語である食物の名前が短く発音しやすいのも言語学的にリアル。作品世界への没入感を高めるにあたり、やはり人工言語は有効なツールだ。
その中にひとつ異物が混じる。食用の鶏に振られた「コルコルドゥル」という名称である。
恐らくだが、これは完全な造語ではない。
英語圏における鶏の鳴き声(cock-a-doodle-doo)を想起させる。
つまりこの作品の舞台における、「とある可能性」がさりげなく示唆されている。
重要なのは、この単語の扱いが一切説明されない点だ。気付かなくても物語は成立する。
だが勘の良い読者視点だと、世界の輪郭が静かに書き換わる。
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#6. ファンタジーで語るミステリ・SF的文脈という設計思想
この「説明しない違和感」の積み重ねによって、『辺境の老騎士』の「ファンタジー世界をミステリやSF的な伏線設置で語る」という作品の構造は立ち上がる。
世界をあからさまな謎解きの対象にしない。
設定を消費させない。
ただ読者の知性を信頼して、痕跡だけを残す。
この姿勢は、他のなろう系の主流とは明確に異なる。「池波正太郎 meets ファンタジー&SF」とでも評せるだろうか。
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#7. なろう系の中に紛れ込んだ「特異点」としての『辺境の老騎士』
ではなぜ、この作品が「なろう」という場で評価されたのか。
おそらく理由は単純で、「理由なき俺TUEEE」に疲れた読者層が一定数存在しており、かつ作者が「なろう系」に慣れた読者への配慮も適度に施していたからだろう。
即効性はないが、読後に残る。
勝利もするが、それよりも人生を描く。
説明しすぎず、余韻を残す。
そうした異物が、例外的に受け入れられてしまった。それが『辺境の老騎士』という特異点だ。
だからこそ、この作品を一括りに「なろう系」と呼ぶのはやはり乱暴だし、少し失礼だとも思う。
そこにあるのは、異世界で無双する快楽ではなく、老いと経験を引き受けた人間の物語であり、静かに仕込まれた伏線・言語的世界設計の妙なのだから。
……と、結構なネタバレをしてしまった気もするが(加減が本当に難しい……)、少しでも興味を惹かれた方はぜひ御一読いただきたい。コミカライズのマンガ版も連載中で、作画も含めて素晴らしいのでそちらも合わせて。
「なろう」と言っても異世界転生一辺倒ではないことを実感いただけるはずだ。
ちなみに、同作品での筆者の推しキャラはジュルチャガ。「斥候特化型」という性能設計がよいです。ほんのちょっとだけチート気味ですが笑
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