見出し画像

「綺麗な空箱」どうしてこんなに捨てにくいんだろう

押入れを開けると、また会ってしまった。

iPhoneの箱。

その隣に、子どもに買ったおもちゃの空き箱。
さらに奥には、いつ届いたか記憶も曖昧な通販の外箱。

「いつか使うかもしれないから」と思って取っておいたのが、もう何年も経っている気がする。

年末のタイミングで部屋の整理をしようとするたびに、この子たちと目が合う。

捨てればいいだけ。

なのに、なぜか手が止まる。


「もったいない」だけじゃない気がする

「捨てられないのは、もったいないから」——そう自己分析するのは簡単です。

でも、よくよく考えてみると、これって不思議だと思いませんか?

中身はもう十分に堪能しています。
iPhoneはとっくに手元にあるし、おもちゃはとっくに子供の手元だ。

箱だけが取り残されている。

つまり、私の手元にあるのは 空っぽのただの箱。冷静に見れば、実用的な価値はゼロですよね……。

それなのに、どうしても捨てられない。

「もったいない」という言葉だけでは片付かないような気がして、ちょっと理由を探しに行ってみました。


捨てることへの「痛み」は2.5倍?

すると、こんな言葉に出会いました。「保有効果(エンダウメント効果)」

行動経済学という分野で研究されているそうで、簡単に言うと「一度『自分のもの』になってしまうと、手放すときに実際の価値よりも高く評価してしまう」という、ちょっと困った脳のクセみたいです。

iPhoneの箱をお金を出して買ったわけじゃないのに。
家に届いて自分のものになった瞬間から、捨てることに「何かを失いそう」という見えない痛みが生まれていたんですね。

さらに驚いたのが 「損失回避」 という仕組みです。

人は何かを「得る喜び」よりも、何かを「失う痛み」のほうを 約2.5倍も強く感じてしまう らしいのです。

押入れが狭くなるだけだと分かっていても、「いつか必要になったらどうしよう」という未来の痛みへの恐れが、どうしても勝ってしまいますよね。

「また捨てられなかった……」と落ち込む必要はなかったんです。

ただ私たちの脳の仕組みが、そういう風にできているだけなんですね。


綺麗な箱が仕掛けるマジック

そして、もう一つ思い当たることがありました。

捨てにくい箱って、だいたいデザインが素敵なんですよね。

iPhoneの箱は、あのスベスベした感触でシュッと開く。

百貨店のお菓子の缶は、色使いとか模様が凝っていて、雑貨屋に並んでいてもおかしくないような顔をしている。

こういう箱を眺めているとしだいに「この箱自体に価値がある」 みたいな変な錯覚が生まれてきませんか?

製品そのものの値段や、誰かからもらったときの嬉しい記憶みたいなものが、箱の中にそっくりそのまま乗り移っているような……。

数万円のスマホの箱と、100円のお菓子の箱だと、捨てにくさが全然違いますものね。

中身はどちらも同じ「空っぽ」だというのに。

試しに押入れから「綺麗な箱」だけを取り出して、何が入っていたか言えるか試してみました。

すると、ほぼ全部答えられたんです。

記憶はちゃーんと頭の中に残っている。箱がなくなっても思い出は消えない。

うーん、頭では分かっているんですけどね。
やっぱり手はゴミ箱へと動きませんでした。


捨てられない自分も、悪くない

正直な話、今日もその箱たちは押入れで眠っています。

捨てる決断は、もう少しだけ先になりそうです。

でも、「意志が弱いから片付けられないんだ」と考えるのはやめました。

「脳がそういう風に反応してるんだなあ」と知っただけで、なんだか少し心がスッと軽くなったからです。

捨てられない自分も、長年一緒に場所をとっている箱も、悪くない。人間ってそういう生き物なんだなとクスッと笑えたら、いつもの押入れの景色がちょっとだけ違って見えた気がします。

我が家の空箱たちは、今日も元気です。


▼もう少し「ふしぎ」を眺めたい方へ

2.5倍の「失う痛み」を感じる私たちの脳。その仕組みは、サブスクが解約できない理由とも密かに繋がっているようです。

箱の美しさに惑わされる私たちですが、実はパッケージの「絵の位置」だけで、脳は重さを勘違いしてしまうこともあるのです。

いいなと思ったら応援しよう!

いたち|ふしぎを眺める時間 記事を読んで、何か少しでも心に残るものがあったなら嬉しいです。いただいた応援は、次の「ふしぎ」を探しに行く力になります。