ロボット掃除機が迷子になる理由は?崖センサーの真面目すぎる正体と、キッドナップ問題。
人類は今や、数億光年先の星の動きさえ正確に予測できると言います。
138億年という途方もない時間をかけて広がり続ける宇宙の果てまで、テクノロジーの目は届こうとしている。
そんな世界のすべてが解明されつつあるような、壮大な時代の片隅で。
我が家のリビングでは、AIを積んだロボット掃除機がさっきからずっと同じ椅子の足に喧嘩を売っています。
「コツ、コツ」というその音は、まるでオフィスで誰かが定規で机を叩いているような無機質さで、それでいてひどく真面目な響きがします。
少し角度を変えてはまた挑戦し、再び木の足に突き当たる。
まるで「ここ、さっきは通れたはずなんですけどね」と、透明な壁を相手に何度も計算をやり直しているかのようです。
最新のテクノロジーが、木の棒という現実を前にして、ひたすら再計算の迷路を彷徨っている。
このスケール感のギャップを神様はどう説明してくれるつもりなんでしょうか。
平地であえて「崖」と戦う、真面目すぎるセンサーの正体
我が家のロボット掃除機には、マッピーという名前をつけています。
メーカーの調査によれば、多くのユーザーがロボット掃除機に名前を付けて呼んでいるのだとか。
それは彼が単なる家電を超えて、どこか意志を持った同居人のように見えるからかもしれません。
でも、その同居人は驚くほど真面目で、驚くほど融通が利きません。
例えば、昨日彼が遭難していたのはリビングの隅にある黒いラグの上でした。
実はロボット掃除機の底面には、 落下防止センサー という赤外線の仕組みが搭載されています。
赤外線を床に飛ばしてその跳ね返りを見て、「あ、この先は崖だ」と判断するとても賢い機能です。
ところが、黒い色は赤外線を吸い込んでしまう。
掃除機にとっては、単なるラグの模様が、一歩踏み出せば奈落の底、に見えてしまうのです。
安全第一。
彼は主人のために何もない平地で崖の恐怖と戦い、一歩も動けなくなっていました。
真面目すぎるがゆえに、論理の正答が迷子を生んでしまう。
なんだか、デジタル界のひたむきな正義感を見ているような気分になります。
キッドナップ問題——持ち上げられた瞬間に、AIは宇宙の迷子になる
さらに、彼らには キッドナップ問題(Kidnapped Robot Problem) という変わったた名前の弱点もあります。
掃除中に、「あ、そこは危ないよ」と親切心で抱き上げて移動させてあげると、彼らの脳内地図は一気にパニックに陥ります。
さっきまでリビングのソファにいたはずなのに、なぜ一瞬でキッチンのゴミ箱の前に?
自分がどこにいるのか、参照地点を見失って宇宙の迷子になってしまうのです。
まさに、誘拐(キッドナップ)されたかのような絶望感。
私たちは良かれと思って助けたつもりが、機械にとっては世界の連続性を断ち切られる根源的な恐怖だったのかもしれません。
優秀な新人が、コピー機の紙詰まりを直せない瞬間
これって、なんだか身に覚えがあるな、と思うのです。
職場にやってきた、履歴書がまぶしいくらいに優秀な新人さん。
最新のツールを使いこなし、どんな難しい課題も論理的に整理してみせる。
なのに、なぜかコピー機の紙詰まりを直すときだけ、機械の前で石のようにフリーズしてしまう。
あるいは、給湯室でのちょっとした世間話のタイミングが分からず、借りてきた猫のように固まっている。
そんな一点の不自由さを見つけると、なんだかホッとしてしまう。
ああ、この人も自分と同じ思い通りにいかない世界を生きているんだな、と。
完璧なAIよりも、黒いラグに怯えて、「助けてください」とスマホに通知を送ってくるマッピーの方が、ずっと長く付き合っていけそうな気がしてくるのです。
不意に足が当たったとき、高精度のセンサーに謝っているのか、それとも彼という人格に謝っているのか自分でも分からないまま、つい 「あ、ごめん」 と口走ってしまう。
そんな自分側の感じも含めて、愛着というものなのかもしれません。
さて、充電器に戻された彼は、今ごろ静かにエネルギーを蓄えているはず。
明日もまた、彼は数センチの段差に絶望し、私はそれを救い出すのでしょう。
娘によって機体のど真ん中に貼られた、お気に入りのキャラクターシールを剥がすべきか迷うような何一つとしてスマートには進まない日常の中。
賢すぎる同居人との暮らしは思ったよりも不器用で、そして少しだけふしぎな主従関係で成り立っています。
生活は続いていく。
とりあえず、床に散らばったブロックの地雷原を片付ける前に、剥がれかけたキャラクターシールの、少しだけネチャッとする感触を指先で確かめようと思います。
▼もう少し「ふしぎ」を眺めたい方へ
蓋の合わないタッパーを前に、途方に暮れたことはありませんか。家の中に潜む道具たちの小さな反乱は、他にもまたあるようです。
今回はセンサーの誤認でしたが、逆に排気が自ら埃を吹き飛ばしてしまうという、別の物理的な皮肉もまた味わい深いものです。
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