タッパーのフタ探しという名の「不毛な神経衰弱」。シンデレラの靴を諦め、15センチの白旗を振る朝
進級したばかりの子供の服に、指先を痛めながら新しい名札を付け替える4月の朝。
私の戦場は、何よりも先にキッチンで幕を開けます。
昨夜、鍋ごと冷蔵庫へ放り込んでおいた残り物――少しだけ残った肉じゃがを、手慣れた動作でプラスチックの容器に移し替える。
そこまでは順調でした。
問題は、その後にやってくる慣習としての 「儀式」 です。
引き出しから、いかにも「私こそがあなたのパートナーです」という顔をしたフタを取り出す。角を合わせて、親指に力を込める。
期待通りの「カチッ」という音が響くはずでした。
ですが、指を離した瞬間。対角線上の角が、あざ笑うかのように 「ピョコン」 と浮き上がるのです。
さっきまであんなに仲睦まじく重なっていたはずなのに、なぜ指を離した途端、まるで磁石の同極同士のように激しく反発し合うのか。
この「1ミリの拒絶」に、一体どんな不思議が隠されているというのでしょうか?
舞踏会の終わりと、ガラスのフタ
それはまるで、シンデレラの靴を探す王子の心境に近いものがあるかもしれません。
私の目の前には、白っぽく半透明なフタたちが、まるで舞踏会の参加者のようにずらりと並んでいます。形は同じ。
サイズも、パッと見は双子のようにそっくりです。
なのに、はめてみると入らない。
右を抑えれば左が浮き、左をなだめれば右が反り返る。
かつてはあんなに完璧なフィット感で私を安心させてくれたはずの彼らが、今や見ず知らずの他人のような 「1ミリの拒絶」 を突きつけてくるのです。
「昨日まで、普通に閉まってたじゃない」
独り言が、冷めたコーヒーの香りに混じって空しく響きます。
この、自分の管理能力を真っ向から否定されるような、小さくて鋭い敗北感。
1ミリの「性格不一致」という名の物理
実はこれ、私のズボラのせいだけではないようです。
調べてみると、プラスチック容器たちは、食洗機やレンジでの加熱という名の試練をくぐり抜けるたびに、目に見えないレベルで歪んでいくのだとか。
その差、わずか1ミリ足らず。
でも、密閉という使命を背負った彼らにとって、その1ミリは「性格の不一致」による決別を意味します。
朝のキッチンで私が格闘していたのは、熱烈な加熱を経て、すっかり性格が変わってしまったかつての相棒だったのでした。
もしかして、私が知らない間に、このタッパー本体だけが夜中に少しずつ成長しているのではないか……。
自分のうっかりや老化を棚に上げ、無機物の成長を本気で疑い始める。
そんな、早朝特有の「正常ではない思考」に逃げ込みたくなるほどの、1ミリの拒絶・・・。
さらに、シンデレラの物語には「いじわるな義理の姉」たちが欠かせません。
私たちのキッチンの引き出しにも、彼女たちは潜んでいます。
100円ショップ、スーパーの特設コーナー、数年前に実家からもらった正体不明の容器。
これらは、見た目が驚くほど似ています。並べてみれば、それこそ99.9%の相似形。
ですが、それぞれのメーカーが誇る 「独自規格」 という名の壁が、0.5ミリの誤差となって立ちはだかります。この「他人の空似」こそが、朝のキッチンを不条理なミステリーへと変貌させる真犯人だったのです。
引き出しを占拠する「独身のフタ」たち
さらに追い打ちをかけるのが、引き出しを占拠する 「独身のフタ」 たちの存在です。
本体はどこへ行ったのか。
ひび割れて捨ててしまったのか、あるいは別の次元にワープしたのか。
主を失ったフタたちだけが、いつまでも「私を試してみて」と手招きをしている。
朝の清々しいはずの時間に、この「無意味な神経衰弱」を繰り返すのは、想像以上にエネルギーを消耗します。
「これは違う、これも違う」と選択を繰り返すたびに、今日一日のために蓄えたはずの 「認知リソース(脳の体力)」 が、タッパーのフタという極めて矮小な対象によって削り取られていく。
この不毛な 「マッチングアプリ(物理版)」 を繰り返しているうちに、時計の針は無情にも進んでいきます。
降伏のラップと、朝の現実
結局、私は探し続けた「ガラスのフタ」を諦め、白い旗を振るように棚の奥からラップを取り出します。
透明な膜でぐるぐると縛り上げられた容器。
昨日の時点であれほど輝いていた肉じゃがが、今は急患の怪我人のような……いや、ただの「フタを失った残り物」という哀愁漂う姿に変わりましたが、背に腹は代えられません。
「愛していたよ、かつての君を……」
心の中で一編のドラマを完結させようとしたその時、廊下から 「ママー! 靴下片方なーい!」 という現実の怒号が響きます。
本物のシンデレラなら、ここで魔法使いが現れて「ピッタリのセット」を授けてくれるのでしょうけど、私のキッチンに現れるのは、冷めたコーヒーと、保育園の連絡帳を書き忘れたことに今さら気づいた焦燥感だけです。
ああ、すべてのフタが本体と寸分の狂いもなく一体化した、迷いのない平穏な世界へ行きたい。
そう願いながら、今日も不揃いなタッパーたちを引き出しの奥へ、無理やり押し込むのでした。
例え、明日にはまた同じフタを手に取ってしまう、そんな「ふしぎ」な未来が見えたとしても。
▼もう少し「ふしぎ」を眺めたい方へ
引き出しの奥で眠る「いつか使う」という可能性の正体。身近な道具と、なかなかお別れできない私たちの不器用な心理についての記録です。
キッチンという名の実験室。パンが硬くなり、クラッカーが湿気る「逆転の物理」は、今回のフタの歪みと同様、私たちの直感を超えた世界を見せてくれます。
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