くしゃみ3回で両想いを確信する春。現実に引き戻す4回目と、空になった箱ティッシュ
静かな会議室で、必死に鼻のムズムズを堪えている時の情けなさ。
春の気配と共にやってくる花粉の季節は、いつだって油断できないもの。
どうにかやり過ごそうと息を潜めるのだけれど、結局耐えきれずに「ハクション!」と大きなくしゃみをしてしまいます。
花粉の辛さを感じつつも、心の中でふと、こんな考えがよぎることがあります。
「あっ、もしかして誰か私の噂してるな?」
「1回は褒められ、2回は憎まれ、3回は惚れられ、4回はただの風邪(もしくは本気の花粉症)」。
実はこれ、地域や時代によって「一誹り(そしり)、二笑い、三惚れ…」など、回数と意味の組み合わせにはまったく違う様々なローカル・バリエーションが存在するそうです。
それにもかかわらず、学校で習ったわけでもない私たちは、なぜか自分の中にある「謎の回数ルール」を、いい大人になっても呪いのように信じ込んでしまっています。
「くっ……! 花粉のせいじゃなくて、もう1回出れば両思いのジンクスだったのに!」
なんて、こっそりティッシュで鼻をかみながら一喜一憂してしまう。
自分の体なのに、くしゃみ一つ思い通りにならないもどかしさ。
こんな風に不合理なジンクスに振り回されるのは、昔も今も変わらない私たち人間の、少し不器用で憎めないところなのかもしれません。
「魂が抜ける!」と大真面目にパニックになる先人たち
そもそも、なぜ「くしゃみ」がこんなにもスピリチュアルな扱いを受けているのでしょうか。
時代をずっと遡ると、昔の人々はくしゃみを 「鼻から魂が抜け出る危険な現象」 だと、本気で恐れていたそうです。
魂が抜けて寿命が縮むのを防ぐために、必死に唱えた「くさめ(嚔)」という呪文。
実はこれが、そのまま「くしゃみ」という言葉の語源になったと言われています。
面白いことに、これは日本だけの話ではありません。
英語圏でくしゃみをした人に「Bless you(神のご加護を)」と声をかけるのも、元々は「魂が抜けないように」という同じ由来からきているそうです。
さらに少し気が利いているのがフランス語圏の風習で、1回目のくしゃみには「À tes souhaits!(あなたの願いが叶いますように)」と声をかけ、なんと2回続くと「À tes amours!(あなたの愛のために)」とロマンチックな言葉に変わるのだとか。
ただの生理現象に対して、ここまで手の込んだ返しを用意しているなんて、なんだか驚いてしまいます。
とはいえ、英語圏の「神のご加護」も、日本の「魂が抜けない呪文」も、根底にあるのは「これは何か見えない力が働いているに違いない!」という人類共通の大パニックというわけです。
科学がない時代に、必死に世界のふしぎに意味を与えようとしていた先人たちの姿は、意図とは違う方向へ滑り出してしまう、等身大の人間らしさを感じさせます。
そして、「魂が抜ける!」と騒ぐほどの重厚なスピリチュアル現象なのに、なぜか「4回連続で出たら、それはただの風邪」と、急に現代医学のシビアな現実に引き戻されるあの雑なルール設計。
あの都合の良さも、手に負えないけれど、どこか憎めない愛嬌があります。
万葉集が教えてくれる、ロマンチックな誤解
では、いつから「くしゃみ=魂の危機」から「くしゃみ=誰かの噂」に変わっていったのでしょうか。
実は、そのルーツは日本最古の歌集である『万葉集』の時代にまで遡るそうです。
当時の人々は、くしゃみが出た時「誰かが私の悪口を言っている!」と疑うのではなく、なんと 「あの子が私のことを強く想っている証拠だ!」 とロマンチックに解釈していたのです。
現代の私たちが、くしゃみを2回連続でした瞬間に「チッ、絶対部長が私の悪口言ってるわ……」と疑心暗鬼に陥っているのに対し、昔の人は「ふふっ、なんて私は愛されているのかしら」とピュアに信じていたことになります。
なんでも疑ってかかってしまう現代の目線からすると、かつてのその素直で底抜けにポジティブな感性が、少しだけ眩しくも思えます。
3回目のくしゃみを待つ、ささやかな時間
現代社会に生きる私たちは、スマホで検索すれば「くしゃみが出るメカニズム」という味気ない正解が、たった数秒で分かってしまいます。
でも、たまには「ただの生理現象」という事実を脇に置いて、万葉集の人々のように「いま、誰かが会いたいと想ってくれたのかもしれない」と、都合よくロマンチックに解釈してみるのも悪くないと思うんです。
不合理なジンクスに振り回されて一喜一憂できるのは、私たちの心にまだ少しだけ「遊び」や「余裕」が残っている証拠なのかもしれません。
次に鼻がムズムズした時は、どうか悪口(2回)で止まらずに、両思い(3回)のハッピーなくしゃみが出ることを、少しだけ期待して待ってみるのもいいかもしれませんね。
……なんて書きつつ、結局私から出るのは、4回目のただの風邪(もしくは花粉症)のサインばかり。
ロマンチックな妄想は手元のティッシュペーパーと一緒に丸めてゴミ箱へ。とりあえず今日は帰りに、新しく箱ティッシュを買って帰らないといけません。
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