寝なきゃと思うほど、眠れない...不眠と安眠の境界線にあるふしぎ
加湿器の「コポッ」という音。それから、さっきまで気づかなかった冷蔵庫の唸り。
そんな 静かな深夜2時 。
明日からまた一週間が始まるというのに、私の脳はさっきから 「 羊 」 を数えるのに飽きてしまったみたいです。
74匹目あたりまでは順調だったんですよ。モコモコの集団が柵を越えていく姿を想像し、あとは意識が遠のくのを待つだけ。それなのに、ふと 「 今寝れば、まだ5時間は確保できる 」 という邪念がよぎった瞬間、すべてが台無しになってしまいました。
あ、今の考えがいけなかったな、早く寝なきゃ……。
そう思えば思うほど、なぜか脳の奥の方でパチッとスイッチが入ってしまう。
窓の外を走る深夜便のトラックの震動や、冷蔵庫が時折発する小さな唸り。
普段は無視できているはずの雑音が、真昼には気づかなかった妙な生々しさを持って耳に届く、あの なんとも言えない焦燥感 です。
「いつもの慎重な私(自称)」なら、こんな時はさっさと諦めてリラックスするはずなのに、今夜の私はどうしても 意志の力 で眠りをこじ開けようと必死になっていました。
私たちの脳には、時々こういう 「 お節介な不思議な現象 」 が発生するみたいですね。
シロクマを召喚してしまう、脳の皮肉な仕組み
これ、心理学だと 「 皮肉なプロセス理論(Ironic Process Theory) 」 なんて大層な名前がついているらしいです。
1980年代、心理学者のダニエル・ウェグナーが行った有名な実験があります。参加者に 「 シロクマのことだけは、絶対に考えないでください 」 と念を押したそうです。
結果はどうだったか。
「考えないで」と必死に我慢している最中はもちろんですが、さらに皮肉なのはその後。ようやく「もう自由に考えていいですよ」と許可が出た瞬間に、最初から自由に考えていた人たちよりも、シロクマのことが頭に浮かびやすくなる傾向が見られたそうなんです
脳は禁止を解かれた瞬間、まるで溜め込んでいたダムが決壊するように、一気にイメージが溢れ出してしまうのだとか。これを 「 リバウンド効果 」 と呼ぶのだそうです。
眠れない夜にも、これとよく似たことが起きていると考えられています。
「寝なきゃ」と命じる 「 実行過程 」 の裏側で、「まだ起きてないか?」とパトロールする 「 監視過程 」 がフル稼働しているというわけです。
皮肉なことに、このパトロール隊が懐中電灯をぶん回して脳内を照らし回すせいで、本来なら静かに眠りにつくはずだった意識が、ギラギラと照らし出されてしまう⋯。
「リラックスしなきゃ」という執着の罠
最近では、この「皮肉なプロセス」を回避するために、深呼吸や筋弛緩法といったリラックス法を試す人も多いですよね。
でも、ここにも 巧妙な罠 が潜んでいます。
「深く息を吸って、リラックスしなきゃ」と意識した瞬間、例のパトロール隊はすぐに新しい任務に就いてしまいます。
今度は「ちゃんとリラックスできているか?」を監視し始めてしまうのです。
「さっきよりリラックスできたかな?」
「まだ肩に力が入っているかも……」
そうやって自分の状態を細かくチェックすればするほど、脳は「覚醒モード」を維持することになります。
本来は役に立つはずのリラックス法でも、「ちゃんとできているか?」と気にしすぎると、かえって脳は覚醒モードを保ってしまうことがある⋯。
なんというか、真面目すぎて融通の利かない部下に、「いいから休め」と言い聞かせて、さらに緊張させてしまう上司のような……そんな、どうしようもなくままならない不器用さを感じてしまいます。
もしかしたら私たちの脳は、高性能な精密機械というよりは、時として一生懸命になりすぎて空回りしてしまう、どこか 不器用な隣人 のような存在なのかもしれません。
意志の力は、時としてブーメランになる
これ、実は睡眠だけじゃないですよね。
大事なプレゼンで「緊張しちゃダメだ」と思うほど手足が止まらなくなったり、ダイエット中に「甘いものは敵だ」と決意した瞬間にコンビニのスイーツコーナーが脳内の特等席を占拠したり。
私たちの 「 意志の力 」 は、時として自分自身を裏切るブーメランになってしまうのかもしれません。
人間の脳というのは、高性能なようでいて、どこまでも抜けていて、どこか愛嬌があるような気がします。
というか、正直言って、もう少し空気を読んでほしいな……なんて思ってしまいます。
結局、3時を回ったあたりで私は諦めることにしました。
「もう一睡もできなくてもいい。明日仕事中に白目を剥いても、それはそれでネタになる」と居直って、温めた牛乳を用意してみたんです。
すると不思議なことに、一口飲んで布団に戻った瞬間、あんなにギラついていたパトロール隊が、ようやくその懐中電灯をしまってくれました。
……いや、正確に言うと、一瞬だけ 「 逆のリバウンド 」 が起きたのかもしれません。
「もう寝なくていい」と許可を出した瞬間、それまで必死に抑え込んでいた「明日の仕事の不安」や「あの時の言い訳」が、ダムの決壊みたいに一気に押し寄せてきて。でも、その濁流に身を任せて「もうどうにでもなれ」と投げ出した瞬間に、ようやく本当の安らぎが滑り込んできたような……。
なんとも、最後までままならない設計ですよね。
猫のような「安眠」との付き合い方
「寝なきゃ、寝なきゃ」と自分を檻に閉じ込めるのをやめたとき、ようやく安眠の扉は静かに開く。
安眠は追いかけると逃げ、放っておくと寄ってくる、まるで 猫のような存在 なのです。
もし今夜、同じように羊の数を数えるのに絶望している人がいたら。
いっそのこと、シロクマを部屋に招き入れて、一緒に白夜を楽しむくらいの気持ちでいたほうが、案外スンナリと夢の世界へ行けるかもしれません。
……でも現実は、明日の朝の重たいまぶたと、冷めた牛乳のコップが待っているだけ。
それでも、この「不自由なふしぎ」を面白がりながら、そろそろ、布団の重みだけを信じて目を閉じることにしましょう。
明日の自分への申し訳なさを、少しだけ棚に上げて。
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