目標を達成した翌日、なぜ私たちは「迷子」になるのか
窓の外をぼんやり眺めていると、沈丁花の香りがふわりと鼻先をかすめていきました。
三寒四温の言葉通り、暖かい光と冷え込む空気が交互にやってくる。季節が大きな一歩を踏み出そうとしている3月の風景を眺めながら、ふと思ったんです。
あの情熱は、一体どこへ消えてしまったんだろうと。
たとえば、子どものお遊戯会のために夜なべして衣装を縫い上げた翌日。
あるいは、数ヶ月前から準備していた、会社の大きなプレゼンが終わった翌日の朝。
目覚まし時計をかけずにたっぷり寝て、スッキリ起きるぞ!と思っていたはず。なのに、いざ目覚めると、「あれ、今日から私、何を楽しみに生きていけばいいんだっけ?」と、心にぽっかり穴が開いたような感覚になることがあります。
ゴールテープを切った瞬間は、「終わったー!」「最高!」とガッツポーズをしていたはずなのに。
その翌日は、まるで風船の空気が抜けたようにシュンとなってしまう。あんなに熱かった期待の火が消えて、代わりにしんとした冷たい空気が心に流れ込んでくるような。理屈ではわかっていても、なんだか不思議なものです。
「祭りのあと」の寂しさの正体
この、心が迷子になってしまう感覚。実は私たちの性格のせいではなくて、脳のちょっとした「いたずら」が原因のようです。
心理学では「到着の誤謬(ごびゅう)」なんて少し難しい言葉で呼ばれるこの現象。
窓の外を眺めながらその仕組みを辿ってみると、 人間の脳は「目標を達成した瞬間」よりも、「目標に向かって走っている途中」の方が好き、という意外な事実に行き着きます。
「あと3日でこのプロジェクトが終わる!」
「よし、衣装の袖が縫えたぞ!」
そんな風に、ゴールを指折り数えて頑張っている最中、私たちの脳内では「もうすぐご褒美がもらえる!」という期待で、期待担当の脳内物質(ドーパミン)があふれ出ているのだとか。
それはまるで、旅行の計画を立てている時が一番楽しくて、いざ出発当日になると「ああ、もう帰る日が近づいてきちゃった」と少し寂しくなるあの感覚に似ているかもしれません。
私たちは無意識に、「待っている時間」そのものをエンジョイしているんですね。
でも、いざ目標を達成してしまうと、その「強烈な火種」が役目を終えてスッと消えてしまいます。
すると、あふれていたご褒美の成分が急に品切れになり、心には冷たい余韻だけが残ります。
つまり、あの「祭りのあとの寂しさ」の正体は、心が折れたわけではなく、ただ単に脳内の期待成分が燃え尽きて、一時的なガス欠を起こしただけだったんです。
「なんだ、ただの物理現象か」と思うと、少しだけ心が軽くなる気がします。
期待ホルモンと戦う「365日バッジ」の勇者たち
この不思議な仕組みを知ってから、私はある人たちのことが気になって仕方なくなりました。
それは、このnoteの世界にいる「365日連続投稿」のバッジを持っている猛者たちのことです。
私も最近noteを書き始めたばかりで、なんとか15日連続で投稿できたところです。
昨日より一歩進めた、というささやかな期待の報酬(ドーパミン)のおかげか、意外にも毎朝のパソコン前が「自分だけの秘密の冒険」のように楽しくなってきました。
そんな中、ふと画面上の「365日連続投稿バッジ」が目に入りました。
気になって調べてみたら、noteの海には数え切れないほどの人がいるのに、過去にこのバッジを手にした人はほんの一握りだそうです。
「1週間、毎日お弁当を作って持っていく」というささやかな目標ですら、達成した翌週の月曜日はカップ麺をすすりたくなるのが人間です。
「今日はもういいかな」「誰も怒らないしな」という悪魔の囁きは、毎日どこかで聞こえてきます。
それなのに、365日ですよ。
1年という途方もない期間、毎日あの「脳内のご褒美と締め切りのシーソーゲーム」を自分ひとりで戦い抜いたということですよね。
はたまた、終わりの見えない「一生終わらない夏休み最終日の夜」を1年間やり続けるような、とんでもない精神修行なのかもしれません。
そして迎える「366日目」の朝
彼らがついに「365日」という果てしないゴールテープを切った翌日、366日目の朝。彼らの心には、一体どんな「祭りのあと」が訪れるのでしょうか。
「今日からは休める!」とパソコンの前で嬉し泣きをするのか。
「よし、次は1000日だ」と真顔でタイピングを始めるのか。
それとも、かつてないほどの巨大な静寂に襲われて、布団から出られなくなってしまうのか。
今の私には、想像するだけでちょっと知恵熱が出そうな、果てしなく高い山です。
いつかそんな朝を迎える日を密かな楽しみ(?)にしつつ、とりあえず今日は、温かいお茶でも淹れて、どこかにいる「366日目の朝」を迎えたかもしれない誰かのnoteを、ゆっくり読ませてもらおうと思います。
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目標達成後のぽっかり感と同じように、春先の「なんだか何もしたくない」も、実は脳や体が無理やりかけた「強制終了」ブレーキなのかもしれません。
次の行動を見失うといえば、冷蔵庫を開けた瞬間に「あれ、何を取るんだっけ?」と記憶が消去されるあの現象も、実は脳の不器用な切り替えが原因みたいです。
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